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君の名前をもう一度。





「……うーん…いい提案だとは思うがこれにはさすがに他の生徒の意見も聞かないと」


『はい、だからみんなに説明をする時間が欲しいんです』


「うーん…まぁ、文化祭準備に使う時間は設けられてるから全然かまわないが準備期間も1か月ほどしかないからそんなにゆっくりと取れる時間はないからな」



あわよくば担任が全面協力してくれるんじゃないかと淡い期待をしていたがさすが担任と言ったところか。
だが、逆に反対をされなかっただけマシな方だと思うことにした。
これからどう動くか考えこんでいると、担任が肘をついて手のひらに顎を乗せてこちらを見つめていることに気づいた。



「うーん、私が口をはさむのもあれなんだが…」


『え?なに?』


「原田って戸叶姉と付き合ってるんだよな?」


『う…そうだけど…』



自分が誰と付き合っているかが担任にも認知されているのが妙に恥ずかしい。この学校でどれくらいの人に知れ渡っているのだろうか、と思うくらいだ。
そんなことを思って頬を赤らめている大輝と反して表情変わらずに担任は続ける。



「この件で戸叶に意識が向きすぎじゃないか?」


『…え?』


「いや、別に戸叶を心配して行動に起こすことは良いことだと思う。だが、私から見た原田の今の戸叶に対する感情に特別感のようなものが感じられてな…」


『特別感って…』


「うーん。オブラートに包むのってどうも苦手だな。原田、戸叶にも恋してないか?」



言いにくそうにしていた担任のあまりに唐突な言葉に心臓がわしづかみにされたような苦しさをかかんじた。
まぶたを何回かまばたきをして一瞬忘れていた呼吸をする。
言われた言葉の頭の中で繰り返して意味を解読するかのように思考を巡らせる。



『…お、俺が、そんな風に見えます?』


「いや、事故の前のふたりの様子を見てたから急な態度の変化にそう思っただけかと前は思ったんだがな」


『…それじゃ、なかったんですかね』


「感覚的なものだから、言うなれば女の勘、ってやつかね」



男にはわからないようなことを言われていまいち飲み込めていないが、最近の自分の思考や梨子と璃子に対する感情の違いなどを思い返す。
その時初めて音信不通になった彼女よりもなぜか梨子のことを優先している自分に気づいた。
なぜ自分は一番優先しなくてはならないことよりも他のことを心配しているのか、冷や汗が止まらなかった。
璃子のことがあんなにも大好きだったはずなのにそんな自分を疑い始めている自分もいる。
担任はこのことを知らないが、きっとこういうことを担任は言いたかったのだろうか。



『……は、はは。クラスメイトで、彼女の妹が…事故に遭えば…そりゃあ心配しますよ』


「…余計なことを言ったかもな。そうであればいいんだが…後悔する選択肢だけは取ってはいけないよ」


『…はい』




もはやもう担任の顔など見れなかった。これ以上自分のことを見透かされたくなったからかもしれない。
俯いてぐるぐる回る視界とぐちゃぐちゃな思考に荒い息遣い。
担任は立ち上がって大輝の頭をぽんぽん、と優しくたたく。
大輝にとって酷なことを指摘してしまったのかもしれない、と後悔の心も少しだけあった。
だが、気づかずに大輝の大切なものを失ってほしくもなかった。自分のエゴでもあるが間違えた道は正すのが教師の教えでもあると信じた。



「…気づいてしまったのかもしれないけれど、感情の整理はちゃんとつけなさい。誰も傷つかないものもあれば、簡単に全員が傷つくこともあるんだぞ」


『…は、い…』



そう担任に言われたが、もうすでに大輝にはわかっていた。
少なからずひとりは自分が傷つけてしまったことに。
そのせいで今の状況になっていることにひどい恐怖感を覚えた。
大輝が落ち着くまで、担任はそばで声をかけ続けた。
若いうちは人から指摘をされなければ気づけないことが多い。大人になってもそんなことは多いが、若いうちにたくさんのことに気づいてほしい。そうすれば視野はきっと広くなる。担任はそれを意識するようにしていた。
だからたくさんの生徒と話をするときには指摘をすることが多い。それに反感を買ったりすることもあるが、ちゃんと説明をすれば腑に落ちない顔でも納得する生徒もいる。
そんなことをして疲れないのか、とほかの教員から言われることもあるが自分の行動一つで数人でも生徒の人生の役に立つのなら今この時の苦労など安いものじゃないか、と返すようにしている。
自分の思考だけでは視野は広がらない。他者からの視点も見れるようになることで見えなかった部分が見えるようになる。




「原田も、彼女から見た自分を想像してほしい。わからなくたって考えて考えればきっと今何をすべきかわかるんじゃないか?わからなくて不安ならまた私のところに来てもいいし、ほかのだれかに相談してもいいだろう」


『俺、どうしたらいいんすかね…』


「考えたってわからなければいつも通り本能に従って行動してみたらどうだ?その場になれば何か見えることもあるだろう」


『…いつも通りって…俺をなんだと思ってるんすか…』


「そーんなしょげんなよ若者よ!!今はたくさん失敗して学んでこれからにつなげられるんだ!ただ、後悔だけはしないようにしろって話だ!」



豪快にガハハと笑って背中をバシバシと力強くたたく担任。
叩かれた背中がひりひりするものの踏み出せなかった一歩に背中を押されたような気持になるのは担任パワーなのだろうか。



「そろそろ戻ってたまった仕事を終わらせないとな」


『あ、すんません。ありがとう山ちゃんせんせー』


「ったく、これからちゃんと敬語使うようになったらまた相談にのってやるよ」


『おうわかった!』



呆れて笑う担任が校舎へと戻っていった。
佐藤と鈴木から先に帰ると連絡が入っており大輝もそのまま帰ることにした。その間もたくさん璃子のことを考えて。
信号待ちの間に携帯のトークで璃子との会話を見返す。
梨子の意識が戻ったあたりから璃子とのトークがみるみる減っていってるのに今更気づいた。前までは会えない間は話したくてたくさんトークを送っていたのに。
最低な男だな、と唇を噛みしめて今日はまっすぐ家に帰ることにした。
玄関の扉を開いて靴もそろえずにまっすぐリビングへと入る。




「ん、おかえり大輝」


「おかえり」


『ただいま、母さん。話があるんだけど』



「どうしたどうした」



苦しそうに顔をゆがめる大輝の顔を見た大輝の両親は顔を見合わせてリビングテーブルに腰かけた。
母親がコップに水をそそいで大輝の前に差し出すと、大輝はそれを一口口に含んで飲み込んだ。
父親が話を促す。
大輝は今までの経緯を最初から話した。
梨子の事故から意識を取り戻すまで。璃子のこと。それからの自分の行動、今日担任から指摘をされて気づいたことなど。
今までかいつまんで話していたがなんでも感じたことはすべて話した。



『……こんなことがあって…』


「…我が息子ながらだらしないわ…」


「ははは、男の子らしくて僕はうれしいけどね」


『ちょ、俺は真剣に…』


「うん、僕たちもバカにしているわけじゃないぞ。ただ、それは誰しも通ることだと思うし誰しもが悩むこと。大輝の成長がうれしいだけだよ」


「でも、あんなに璃子さん一筋だったのに…ちょろいと言うか、誰に似たんだか…」


「母さんんん…」



父とは対照的に呆れてものが言えなさそうな母親に父親は眉を下げてあたふたしている。
自分が受けたショックが大きかったこともあり大きな過ちを犯してしまったかのように思っていたが、二人の様子を見てまだ軌道修正ができるのだろうか、と少し心が軽くなった気がする。
ふぅ、と肩を撫でおろすとニコニコと笑って父親がこちらを見た。



「でも、その先生の言うことも正しいな。大輝の行動で誰かを傷つけることは極力しないに限るし、璃子さんを幸せにすると決めたのは大輝なはずだろう?」


『…っうん』


「その意思だけは忘れちゃいけないよ」


「それにしても璃子さんが心配ね。誰かさんのせいで辛い思いしてるだろうし。また体調崩してなきゃ良いけど…」



ズバッと母親の言葉に心を痛める。なかなかの右ストレートを食らった気分だ。
父親も眉を下げて苦笑いしている。
その後は璃子に対する接し方や梨子へのお見舞いは続けるべき、など親からのアドバイスをいろいろともらいながら家族会議は夕食へと移った。
自分の頭の中ではごちゃごちゃだったものが両親のおかげでだいぶ整理された気がする。
夕食とお風呂を終えて自室に戻った大輝は椅子に腰かけて机と向き合いいつか使うだろうとずっとしまってあった小さなメモ帳を取り出してペンを握った。
真っ白な紙にこれまでのことやこれから気を付けることなどできる限りのことを書き出していく。
こうして書き出していくことで後から見返せることもできるし頭の中で整理ができたとしても文字にして書き出すことでより鮮明に整理をすることができる。



「璃子…」



時間はかかったがメモ帳を何枚か使って書き出すことができた。
ペンを置き一息ついて身体を伸ばす。だいぶ集中していたようで体の節々が痛い。
ある程度伸びをしたら身体が楽になったのでベッド横に置いてあった携帯を手に取った。通知を確認するもクラスメイトからのグループトークやゲームの通知が並んでいるだけだった。
以前から社会人と学生で時間が合わずに連絡を待ちぼうけすることはあったがいつも絶対に返信は来るのがわかっていたため不安に思うことはなかった。だが、もう今の状況になると返信がこないことに不安や焦り、後悔の念に苛まれた。
頭を抱えてただ返信が来ることを祈ってもう一度璃子にトークを送った。
その日はそのままベッドにもぐりこんで無理矢理眠りにつくことにした。






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