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君の名前をもう一度。





『おまたせ、ハンバーグあったよ』


「え!本当?!」



大輝の言葉に目を輝かせて置かれたおぼんを覗き込む梨子。
おぼんの上にはお茶碗に盛られたごはんと野菜がたくさん入ったスープ、平皿にきれいに盛られたハンバーグと野菜があった。
梨子の手前にそのおぼんを置くと大輝は踵を返してもう一度注文口の方へと歩いて行った。大輝の分と2回に分けて運んできたのだろう。
目のまえにおいしそうな料理があるが大輝を待つためお箸は持たない。


『見ろよ、オムライスもあったぞ』


笑顔で帰ってきた大輝は自分側のほうにおぼんを置くとこんもりと盛られたオムライスが視界に見えた。
シンプルにケチャップがかけられたオムライスはしっかりと火が通った卵で作られていた。
思わず梨子のお腹が鳴る。


『ははは、じゃあたべようか』


「うぅ…い、いただきます!」



照れ隠しのためか大きめにそう言うとさっと箸を持ってハンバーグを一口サイズに分けて口へと運ぶ。大輝は梨子の反応を見ている。
これまでの病院食では出てこなかったハンバーグだが、あの肉々しい感じはせずあっさりとしたハンバーグだった。
もぐもぐと吟味して飲み込む。



「これ、ハンバーグ?」



思いがけない梨子の言葉に大輝は目を丸くしてハンバーグを見た。
そういえば、と注文口のほうを見る。梨子もそれに合わせて注文口のほうを見るとかろうじておおまかなメニュー一覧が見えた。
そこにはハンバーグと書いてあるが頭に豆腐とかいてあった。
つまりこれはお肉が主ではなく豆腐で代用された豆腐ハンバーグである。栄養面などが精密に考えられたレシピらしいメニューではあったが、梨子は想像していたハンバーグではないことに少し残念な気分になってしまった。



『あー豆腐ハンバーグだったな。味薄いか?』


「ううん。いつものハンバーグと違う味だったからびっくりしました」


梨子のいう「いつもの」、というのは梨子の母親の作るハンバーグのことだろうか、と頭の片隅で考えながら大輝もオムライスを口に運ぶ。
家庭の味に慣れた舌にはやはり薄味に感じるが、素材の味を生かしたような優しい味わいだと思えばおいしく感じる。
豆腐ハンバーグとは違ってこっちはちゃんとしたオムライスだと言うことを確認してからスプーンに一口分すくって梨子の方に差し出してみる。



『こっちのオムライスも美味いぞ』



差し出されたスプーンを見つめてからあーん、と小さな口を開いてオムライスが口に入る。スプーンを引き抜くと梨子はもぐもぐとオムライスを吟味する。
引き抜いたスプーンを見てようやく大輝はこれが間接キスになっていることに気が付いた。
邪心を消すように頭を振ってスプーンをオムライス突き刺す。


「うん!オムライスおいしい!」


満面の笑みでそう言う梨子は本当に子供のように可愛く無邪気だった。
そのまま食べ終えるまで梨子は幸せそうに食事をした。
食べ終えた食器を返却口へと返して梨子の車椅子に手をかける。
ゆっくりと進み始めてきた道を戻る。
すると、ナースステーションのある受付広場で梨子が口を開いた。



「お兄さん、お外には行けないのかな」


『え?うーん…どうだろ、病院内なら安全だと思うけど…』


「少しだけ行きましょ!お腹いっぱいでお布団に入りたくない!」





目一杯こちらを見上げならはしゃぐ梨子に、大輝は折れて院内の地図を見にいく。病院内に中庭に出れる場所を見つけてそこに向かって車椅子を押す。その間も梨子は楽しみなのか楽しそうにおしゃべりをしていた。



『今日はいい天気だったから中庭も気持ちいいだろうな』


「窓からしか見てなかったから楽しみです!」


『風邪ひくと俺が怒られるからそんなに長居はしないぞ』


「うん!」



中庭の扉を押し開けて車椅子を通すと梨子が感動したように声をあげた。
きれいに手入れのされた中庭は外なのに清潔感を覚える景色だった。色とりどりに植えられた花、きれいに形作られた木々。雑草のない道。
備え付けられたベンチには子供連れの母親やご老人方が腰かけて各々の時間を過ごしていた。
そんな中庭をゆっくりと進む。梨子は目を閉じて深呼吸をしている。久しぶりの外の世界を堪能するかのように。



「すー…はー……本当に良いお天気ですね!」


『だな、なんか平和だなぁ』



10月というのもあって暑くもなく寒くもなく、心地の良い風が吹いている。
すれ違うおばあさんと笑顔で会釈をする梨子の姿を見ながらなんとなく学校で過ごしていた梨子の姿と重ねる。こんな風に楽しそうに女子と会話していたような気もする。
今度は自分とも笑顔で話してほしいな、と考えた自分に動揺が走る。



『り、りこはさ』


「なぁに?」


『お姉さんのどこが好き?』



咄嗟に梨子に話しかけ、何も話題が見つからず璃子のことを聞いてみる。
梨子は大輝の方を振り返りながら笑顔になる。きっと璃子のことを思い出しているのであろうその表情は病室の時よりも日光のせいかもっと輝いて見える。



「ねぇねの好きなところなんてたくさんありますよ!ねぇねは可愛いし、優しいし、お勉強も運動もなんでもできて…それでそれで」



両手の指を折りながら自分のことのように話続ける梨子の姿を愛おしそうに眺めている。
するとそこにおじいさんの車椅子を押すおばあさんとすれ違う。



「おやまぁ、恋人さんかしら。幸せそうに笑うのねぇ」


『え?あ、いや…』


「ふふ、良いお兄さんでしょう?」


「あら、お兄さんだったのねぇ、仲良しさんに見えて思わず話しかけちゃったわ」



おばあさんは元気に答える梨子を見ては目を細めて笑った。
車椅子に座っているおじいさんも静かに微笑んでいる。
楽しそうにおばあさんと話した梨子はふぅ、と一息ついた。



『一旦戻るか。経過観察みたいなのあるんじゃない?』


「はい、お昼過ぎくらいにいつも看護師さん来てる気がします」


『じゃあ戻ろう』



中庭を一周しながら病院内に戻る。
そのまままっすぐに病室へと行き、肩を貸しながら梨子をベッドへと移動させて布団をかける。
散歩をした余韻からかぼーっとしながら微笑んでいる。



「楽しかったなぁ」


『そかそか、ならよかったよ』


「お兄さんは優しくて一緒にいると楽しいです、もっと一緒にいたいくらい」



先ほどまで微笑んでいたのにまっすぐと真剣な目で大輝を見つめる梨子。
そんな梨子の様子の変化に少し戸惑う大輝だが、それを隠して逆に微笑んで梨子の頭を撫でる。



『退院したら一緒に遊べるし、買い物だって付き合うし、大丈夫だ』


「うん…それまでお見舞いにも来てね?」


『当たり前だろ、今度はお姉さんも一緒に来るよ』



そういいながらわっしわっしと頭を撫でまわしても梨子の表情は柔らかくなることはなかった。
梨子を必死になだめていると、看護師さんが来てそのまま看護師さんを交えて世間話をしていると、体力の限界が来たのか梨子は眠りにおちた。
看護師さんが経過観察を終えたのと一緒に大輝も病室を出て病院を出た。








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