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君の名前をもう一度。





「おい原田」



『ん、佐藤どうした』




就活も落ち着いた学校生活。
次に待つのは学校生活の思い出のひとつになるであろう文化祭だ。
最近では少しずつ文化祭の話題も出てきてクラス中は浮いた雰囲気を醸し出している。
そんな中クラスメイトでよくつるんでいる友人のひとりの佐藤が授業の合間の休憩時間に話しかけてきた。



「山ちゃんせんせから聞いたんだけど、お前戸叶さんの見舞いにいってるんだって?」



話題が話題だからか、佐藤は名前を呼んだ時よりも声のボリュームを下げてそう聞いてきた。
クラスには事故で入院をしているとだけ担任は説明しており、見舞いに行くとクラスの女子が言い出した時には意識が戻ったときにまた連絡をするからと病院に押し掛けることは止めていた。



『ぁあ…行ってるけど…』


「あのお前が?本当かよ」


『梨子の姉と付き合ってるから、まぁその手伝いくらいでだよ』



璃子と付き合っていることは友達には知れ渡っていた。
佐藤は大輝の答えに特に驚くこともなく、意外そうにこっちを見ては何か思いついたかのようにとある女子を呼んだ。
呼ばれた女子は談笑していた輪から抜けて不思議そうにこちらへ駆け寄ってくる。



「なになにどうしたの佐藤君?」


「鈴木ちゃん、確か戸叶さんと仲良かったよね?」


「梨子?うんうん1年から一緒にいるけど梨子、意識戻ったの?」


「大輝がさ、梨子の見舞いにいったことあるんだと。だからみんなでなにか作って持ってってもらおうと思って」


『おいおい俺も初耳なんだが』


「えー--!原田君お見舞いに行ってたの?」



佐藤と鈴木と呼ばれた女子の会話をハラハラしながら聞いていると佐藤から唐突な提案が飛んできた。
話を聞いた鈴木も食いついて大輝のほうを見る。
いくら梨子の姉と付き合っているといえどそりゃ犬猿の仲だった大輝が梨子の見舞いに行っているなんて想像もしなかっただろう。
大輝を見る鈴木の瞳はきらきらと輝いている。
その輝きからにげるように目をそらすも話はどんどん進んでいく。



「見舞いと言えば定番は色紙か千羽鶴とかか?」


「色紙は良さそう!みんなにメッセージ書いてもらおうか。千羽鶴は時間がかかりそうだし、男子はやらなさそう」


「確かに。じゃあ色紙でいいか」


「文化祭までには梨子元気になりそうかな原田君?」


『え、んー……梨子次第じゃない?』



梨子の様子を心配するように大輝に疑問を投げかける。その質問で梨子の様子を思い出し、顔をそらしながら曖昧に答えた。
意識が戻っているもののクラスメイトにはまだ会わせられない。
記憶がないうえに中身は小学生なのだから。
大輝の答えにしょんぼりと相槌をうつ鈴木に佐藤が励ましの声をかけながら見舞い品についてまた話し出した。
そのタイミングで予鈴が鳴り、ふたりとも自分の席へと戻っていった。
ふたりがいなくなったあとも大輝は梨子のことを思い出していた。
やはり見舞いに行くべきだろうか。璃子と一緒に行きたいから、とまだ足を運べていないが、ひとりで心細いだろうか。
記憶は、戻っているだろうか。
そこでふと大輝は思った。



『梨子は……記憶が戻ったらまた笑わなくなるのか』



今までの記憶を思い出すということはつらいこともそうだが、大輝に対しての感情も思い出すのだろうか。
見舞いをしている間の記憶はどうなるのだろうか。
今の梨子にいい感情を持っていてもらえても高校生としての梨子の感情に上書きされるのだろうか。
大輝は、梨子の魅力に気づきいい感情を持てているのに。
そのことに気づいてからはそればかりが気になって授業内容が頭に入らなかった。









放課後ー…


学校を終え、帰宅途中の大輝は自転車を自宅ではなく病院のほうへと漕ぎ出していた。
いろいろと悩んだ末の行動だった。
テスト勉強でもこんなにも頭使わなかったと思う。だから今は何も考えずに少し乱暴にペダルを前へ前へと回転させる。
大通りを前に赤信号に引っかかる。
ここでは璃子や、璃子の母親とタクシーを拾ったりしたなぁとボーッと記憶を思い起こした。
何台もの車が前を通り過ぎると赤から青に信号が変わった。
ペダルをまた漕ぎ出す。





病院ー…


『こんにちは、戸叶梨子さんのお見舞いにきました』


「こんにちは、こちらの用紙にご記入お願いします」



渡された用紙を記入して渡す。そのままエレベーターへと乗り込んで5階で降りる。
まっすぐに梨子の部屋へと向かって歩く。病室の前で歩みを止める。
トン、トン
一応ノックをすると中から小さな返事が聞こえた。
ゆっくりと扉を開いて中を覗き込むと梨子と目が合った。
大輝に気づいた梨子は途端に笑顔になって「こんにちは!」と大きな声で言った。
女子に微笑みかけられてドキッとしない男子はいないだろう。少し頬が赤くなるのを隠しながら室内に足を踏み入れると梨子が身を乗り出して手招きをしている。



「お兄さん!なんできてくれなかったの?」



ベットの隣に腰をかけると梨子が寂しそうに目をそらしてそういった。本当の子供だったら可愛いなぁくらいであやしていただろうに、見た目が大人びているせいでそのしぐさにどこか色っぽささえ感じる。
大輝は高鳴る鼓動を抑えながらきゅっとシーツを握っている梨子の手に自分の手を重ねて謝る。



『ごめんな、俺も学校で頑張ってるんだ。この間なんか先生と友達がー…』



大輝が最近あった話をし始めると楽しそうにきゃっきゃ笑う梨子。
梨子も知っているはずの人物の話をしているのに初めて聞くような反応に本当に記憶がないんだ、と再認識させられる。
話の区切りがついたところで梨子もふうと一息をついた。
ずっとベッドに横になっている生活のせいで体力も筋力も衰えているだろう。
足の骨折も治りかけているようだが、今の筋力ではまだリハビリもできないとのこと。
日常生活に戻るのはまだ先だな、と包帯で巻かれている足を見る。



「明日にはね、このぶらーんてなってるのとれるんだって」


『え、あ、そうなんだ』


「これのせいで動けなかったけど、少しは体が動かせれるようになるの」



憂いた顔で足を見る梨子。
よほど辛かったんだろうな、とその表情から読み取った。
その表情も一変、こちらを向いてにっこりと梨子は微笑んだ。大輝の顔を見るとそのまま口を開く。




「今日はお見舞いありがとうございます!たくさんお話ししてくれますか?」


『う、うん今日はたくさんお話ししに来たんだ』



時刻はまだ17時前。面会時間終了までまだ時間はある。
大輝の答えに梨子はまた嬉しそうに笑った。その表情を写真に残したいと思うほどに美しく思えた。
思わず見惚れていると梨子は笑顔から不思議そうにきょとんとこちらを見ていることに気づき、表情を戻して今度は大輝から口を開く。



『俺が来なかった間、何してたの?』


「看護師さん達とお話ししたり、先生とお話ししたり、お絵かきしたり…」



梨子の口が止まった。
この状況でできることは限られている、何か言いたくてももうでてこないのだろう。
一気に顔の表情が曇ってしまった梨子。



『明日からきっとできることが増えるから、俺となにがしたい?』


「え?お兄さんと…梨子、お兄さんとお買い物したりごはんがたべたいな」


『それは楽しそうだな、お買い物はまだできないけどご飯は一緒に食べれるか先生に聞いてみるね』


「やった!絶対絶対約束だよ!」



梨子が小指だけ立てて大輝のほうへと向けてくる。
子供のころ以来のこの光景に懐かしささえ感じる。同じように小指を立てて梨子の指と絡める。
それを確認した梨子はぎゅっと指に力を込めて歌いながら大きく腕を振る。


「指切りげんまん嘘ついたらはりせんぼんのーますっ指きった!」


満足そうに微笑む梨子は指切りが終わった後も大輝の手を握ったまま話しだす。
そのあとは暗い顔を見せずに常に大輝のことを聞いては楽しそうに笑っていた。
気づけば病室から見える景色は暗くなり、時間を確認すると18時を回っていた。
そろそろ帰らなくてはならない。その様子を察した梨子は途端に悲しそうに顔をゆがめて大輝の服の裾を握る。
すがるようなそのしぐさに同情してしまう。



『ごめんな、明日も必ず来るから』


「やだ…っ!もういなくならないで、寂しいよお兄さん!」



梨子の瞳が涙で潤む。
手に力が込められて離そうとしない意思が感じられる。
大輝が戸惑っていると、病室の扉がノックされた。
それに反応をしてふたりで扉を見やると扉が開いた。



「失礼します。梨子ちゃん調子はど……あ、こんばんは…」



看護師がバインダーを抱えて梨子に声をかけながら入ってきた。
そして大輝の姿に気づくと、一瞬固まって笑顔で会釈をした。
裾を掴む梨子、立ち上がろうとしている大輝、その光景を見て少し疑問に思いつつ梨子に駆け寄る看護師。



『あ、すいません俺帰りま「やだ!!!!やだやだ!梨子と一緒にいて!!」…っ、梨子…』


看護師がいても気にせずに、今度は両手で大輝の服を力いっぱいつかむ。制服のシャツが中に入れていたズボンから引っ張り出される。
無理やり体を動かしてるために吊るしてある足が動き、器具がギシギシと音を立てる。慌てた看護師が梨子を抑える。
大輝も梨子の手を掴んではがそうとするものの泣きながら抱き着く姿に抵抗もできずに必死に声をかけることしかできなかった。



『梨子、明日なにするかたくさん考えて待ってて?な?』


「じゃ、じゃあっお兄さんもぐずっ、考えて!」


「梨子ちゃん、困ってるから一旦離れよう?」




このやり取りに終わりが来たのは、体力切れを起こした梨子が弱弱しく大輝から離れた時だった。
顔は涙でぐしゃぐしゃになっていて、璃子と同じような表情でうつむいていた。
思わず頭を撫でてぎゅっと包むように抱きしめていた。



『また明日、今日よりもっと話そう』


「…うん。約束だよ」



その返事を聞いて鞄を持って病室を出た。
看護師が梨子に寄り添って頭を撫でているのが扉を閉めるときに見えた。
面会時間をとうに過ぎてしまったためか、廊下を歩く人は看護師と部屋に戻るであろう入院患者しかいなかった。
足早にエレベーターに乗り込んで受付を通り過ぎようとした。



「大輝君!!」



病院から出ようとした、その時後ろから名前を呼ばれ足を止めて振り返る。
するとナースステーションから木嶋が身を乗り出しているのが見えた。木嶋が呼んでいることに気づいて駆け寄る。



「ごめんなさい、帰ろうとしているところを」


『い、いえ。時間を過ぎてしまってすみません』


「梨子ちゃん、心待ちにしていたから仕方ないと思います。璃子さんはどうしました?」


『あ…璃子は繁忙期頑張りすぎて体調を崩してしまって…今は休んでいます』


「…そう、お大事にと伝えてください。璃子さんのお母様は一応少しずつ快復しているとは思います」


『少し前に、璃子の様子を見に行った時に少しだけ話しました。私の分まで璃子のことをよろしく頼むって言われました』


「自分の意思をコントロールできている証だと思います。梨子さんと会わせてももう大丈夫そうですね」




大輝の話を聞きながら、紙の切れ端に何かメモをしている木嶋。
誰も見舞いに来ないから母親の対処を考えあぐねていたのだろうか。
そのあとは世間話もそこそこに業務に戻らなくてはならなくなった木嶋と別れ、大輝は病院を後にした。






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