君の名前をもう一度。
スパーッン
『ッッッッッいった!!』
「病人になんてことしてるの、あんたは」
璃心を宥めていると突然後頭部に衝撃が走った。その後上から低くドスの効いた聞き慣れた声が降ってくる。
後頭部を押さえながら振り返ると、これでもかと上から見下している母親が仁王立ちで立っていた。見えるはずがない黒いオーラも見える気がする。
『璃心が寂しいって言うから一緒にいるよって言ってただけだよ』
「…げほっ…大輝くんのお母さん…!すみません…」
「璃心さんは良いのよ。あんたよ大輝、璃心さんの負担になるようなことはしないでちょうだい」
首根っこを掴まれてベットから引きずり降ろされる。
おそらくさっきまで覆い被さってたように見えたのだろう。
あらぬ誤解を招いた結果、大輝が悪いと判断されたのである。
頭をさすりながらせっかくの良い雰囲気を台無しにされてむすっとしていると母親が璃心の元へ近づいた。
「璃心さん、具合はどう?」
「あ、はい。おかげさまで大分良くなりました」
「食欲が出てきたら遠慮なく大輝に言ってね。家事もできる範囲でしといたし、お母様も今は寝てらしてるわ」
「けほっ…何から何までありがとうございます」
璃心に笑いかける母親の表情はなかなか家では見ない表情だった。
緊張しているのか璃心が大輝の方をチラチラと見るが大輝には母親を止めることはできなかった。
布団をかぶせて新しい冷えぴたに交換し終えた母親は新しく作ったであろう土鍋をのせたおぼんを置いた。
最後に大輝の方を見て呆れたようにため息をついた。
「璃心さんにこんな息子を付き合わせちゃって母親として恥ずかしいわ…。いくら高校生だからって盛りすぎよ大輝」
『さかっ……?!うるせぇよ!俺だって弁えるところは弁えるわ!』
「全く誰に似たんだか…私はもう帰るわね、お父さんのご飯も作らなきゃだし。あんたも気が済んだら帰ってきなさい」
『え、ぁあ、わかった』
そのまま璃心の部屋を出た母親の背中を見送って、改めて璃心へと駆け寄る。
だいぶ楽になったのか穏やかな表情で大輝を見つめる璃心。もそもそと布団から手を出して大輝の手に触れる。大輝もそれを見て握り返すと璃心はゆっくりと目を閉じて眠りについた。
しばらく璃心の寝顔を眺めていると、部屋の外からパタパタと歩く音が聞こえる。
おそらく母親が片付けを終えて玄関から外へ出ようとするところだろう。
今日1日で人生の大半を一緒に過ごした母親の知らない一面をたくさん見た気がする。いつもは口うるさくたまに嫌になることもあったが、その行動も相手や周りを思ってのことなんだ、と気付いた。
今回も母親のそんな性格があったからこそ璃心の看病が効率良くできたし、璃心がこうして穏やかに眠ることもできた。自分ひとりではできなかったことだ。
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