このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

君の名前をもう一度。







『……っふぅ』




タオルで頭をガシガシ雑に拭きながら自室へと入る。後ろから父親のいびきが聞こえてくるのを扉を閉めてシャットアウトする。
ふと机の上に置いていた携帯に通知画面が光っているのに気付いて手に取る。確認すると相変わらずの友達のグループと璃心からの返信。
璃心の文字を見てなんだか久しぶりに感じる璃心のトーク。
湧き上がった衝動で親の許可を貰って璃心に会いに行くか悩んだが母親はまだ帰ってきてない上に父親はあんな状態である。
それに父親からああ言われた直後に無断で出ていくのも気が引ける。
今回は諦めることにして璃心へ返信を送る。



ー璃心からの返信見て会いに行こうと思ったけどタイミング悪くて今日は行けそうにないや。また時間ができたら会いに行ってもいい?



あえて質問することで次の返信を期待する。
優しい璃心だから返信をくれるのはわかっていたがこうしてお互い忙しくて会えないと少し不安にはなるのでトークは続けていたかった。
まだまだ子供な自分だが、子供だからこそ少しはわがままでいたかった。
枕に顔を埋める。
少しだけ瞑想をしてからグループのトーク画面を開いて適当に返信する。すると立て続けに友達からのレスポンスがテンポよく返ってくる。




『………梨心、大丈夫かな』




ふと脳裏に梨心の姿が思い浮かんだ。
あれから見舞いに行けていない。就活のことと見舞いに行けないことは璃心に話してあったが、意識を取り戻していることはまだ話せていない。璃心の方も繁忙期に入って病院に行けないことを聞いたから。仕事に支障をきたすと思い、返信に思いとどまってしまったと同時に梨心のことを伝えるのを先延ばしにできると思ってしまった。




『小学生か…』




無邪気に笑う見た目は同い年の少女。
自然体だからか動きや表情ひとつで美しくきれいに見えてしまう。
人生で1番嫌っていたはずの女の子。そんな印象が一瞬で無くなってしまうくらいに梨心のことを可愛く思ってしまった。
病院で見た梨心の姿を思い出して顔が赤くなる。
もう一度枕に顔を埋めてジタバタとベットの上で暴れる。
梨心の見舞いに行こうかな、と考えて頭を振る。




『次に病院に行くのは璃心と一緒だ』



と自分に言い聞かせて明日の学校の準備をし始めた。
面接は間近に迫っている。先生と考えた一問一答を復唱し、一刻も早く就活を終わらそうと気合を入れ直した。










それから数週間後。

ついに応募した就職先へと面接を受けることになった。
制服を着崩すことなくピシッと着る。髪もいつも無造作にしているが少しでもまともに見えるように母親にセットしてもらった。
カバンを持って靴を履くと玄関先で母親が激励してくれた。




『んじゃ、いってきます』


「落ちたらタダじゃおかないわよ」


『……善処します』




苦笑いをしながら外へ出る。
外はすっかり暑さがなくなりブレザーを着ていてちょうどいいくらいの温度だった。
自転車に跨って携帯のマップ案内を頼りに面接会場へ向かう。
電車を乗り継いでたどり着いた先。
大きな建物に圧巻されながら中へ入ると受付の人が案内をしてくれた。
緊張をしながら椅子へ座って待機をする。目の前に広げた資料たちに目を通しながら一問一答を今一度復唱し直す。




コンコン



「お待たせしました。面接を始めましょう」


『はいっ!よろしくお願いします!』


.
.
.



「では、志望理由を短くてもいいのでお願いします。」


『はい。僕は今、将来支えたいと思える女性がいます。その人の負担を少しでも僕が代わりに背負えるよう進学ではなく就職を選びました。そして僕は御社で実績を残せるよう努力を惜しみません。入社した際には厳しく指導していただきより早く戦力になれるように頑張ります。以上です』



「……ほう。いや、なんか最近では見ないような高校生だね君は」



『え、あ、ありがとうございます?』


「若いっていいなぁ。彼女さんのために働くなんて…幸せにしてやれよ」


『…はい!もちろんです!』




面接官の男の人が釣り上げていた目を垂らして笑った。
急に和やかになった空気に追いついていないが、少し緊張がほぐれてそのあとの面接も順調に答えていった。
少しは手応えを感じた気がする。
最後まで気は抜かずに部屋を退室し、帰宅の許可を得て家路についた。
家に帰るまでは緊張が尾を引いていたが玄関をくぐるとどっとその糸が切れた。
大きく息を吐きながら廊下に倒れ込む。その音を聞きつけて母親が怪訝そうに部屋から顔を覗かせた。




「……あんた、何やらかしたのよ。恥かいてないでしょうね」


『……びっくりするほど手応えあったよ…』


「……不安だわぁ、あんたの自信はアテにならないわよ」


『っさいなぁ。結果は神のみぞ知るってやつだろ』


「はいはい、朝ごはんあまり食べてなかったでしょ、用意してあるからつまみなさい」


『…ん。飯食ったら出かけてくる』



大輝のその言葉に母親の眉がぴくりと動いた。
キッチンに向かおうとしてた踵を返してこちらへとズンズン近付いてくる。
靴を脱いで下駄箱に直していた大輝が不思議に思って振り返ると、視界の目の前に母親が顔を近づけて口を開いた。




「聞いたわよ、酔っ払ったあの人から」



『ちっか…んだよだから?』



「…はぁ。あんたはいっつも私達を頼らないわよねぇ」




母親が顔を離してやれやれと首を横に振った。
怪訝そうに顔をしかめて母親の横を通り過ぎてリビングへと入った。
椅子に鞄を置いてブレザーをかける。テーブルの上にはラップがかけられたご飯とおかずが置かれている。
鞄の置いていない椅子へ腰掛けてラップを剥がす。
その様子を見て母親も向かいの席に腰を掛けた。




「お見舞いなら私でも行けるわよ」



『…は?』

 
「だから、あんたも就活と学校があるし、璃心さんも今忙しい上に大輝は璃心さんにまだ言えてないんでしょう?でもお見舞いに行きたい気持ちがあるなら私もお買い物に行く途中で寄れるわよ」



『ぃゃ、知り合いでもないのに何が見舞いだよ』



「そうかもしれないけど……。今まで誰もお見舞いに行ってないなら寂しがってるんじゃない?」


『そ、そうかもしれないけど………』





なかなか無茶苦茶を言う母親だが今までこんなことを言ったことはなかった。いつもなら常識的でダメなことはダメだと指摘する人だ。それを父親がやんわりと説得をするのがいつもの光景なのだが、今は立場が逆になって大輝がダメだと言っている状況。
戸惑いながらも母親の説得をどう切り返すか考えていると母親が立ち上がって両親の寝室の方へ去ってしまった。
とりあえず嵐が去ったことに一息ついてご飯を食べ始めた。すっかり冷めきっているご飯となぜか温かいおかずに母親らしさを感じながら箸をすすめる。
あと一口ほどまで食べ進めたところで寝室の扉がまた開いた。
視線を向けるとそこには先程までの部屋着の母親ではなく余所行き用のきれいな服を纏っていた。





『…ごふっ………げほっ、ごほっ…なに、し、てんの…』


「璃心さんのところへ行くんでしょ?私もついていくわ。夜ご飯までには帰ってくるわよ」


『はあ?!』





今日何度目かわからない母親の突拍子もない行動にただただ驚くことしかできなかった。
これはもうおせっかいどころではない。
むせて変な器官に入り慌てて水を飲む。
母親は姿見鏡を見ながら身だしなみを整え始めた。
頑固な母親をどう説得するか、父親の気持ちがわかった気がする。




『どうしろって言うんだよ……』




.
24/60ページ