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君の名前をもう一度。








『………ん。』




目を開ける。
もう見慣れてしまった白い天井。
動きたくてもひとりでは動ける範囲が限られており、昨日あたりから身体中がすごく痛い。
梨心は右側にあるナースコールを手に取り長めに押す。両手を使って半身だけでも起こそうとするが上手く手に力が入らない。
諦めて比較的痛くならない姿勢を模索して数分してから看護師が3人ほど来た。


 
「梨心ちゃん、おはよう。気分はどう?」



『おはようございます…いろんなところが痛い…』



「このままの姿勢はつらいもんね…」




看護師が3人で相談していつもと変わらずにストレッチ程度のマッサージをし始めた。
最初はほぐしてもらえて楽になっていたが日に日に効果は薄れていった。
足の骨折はまだ吊したままでないとダメだと言われて看護師のマッサージでどうにかしてもらっている。




『梨心の身体、治るのかな…』


「…治るのに時間はかかるだろうけど、いつかは治るよ大丈夫だよ」


「うん、梨心ちゃんがこうして起きているのも治ってる証拠なんだよ」




看護師が笑顔でそう言う。
毎日顔を見せてくれる看護師。話していて楽しいし優しくしてくれるからいい人だとは思う。けれど初日に姉の璃心の彼氏だという大輝と会ってから璃心とも両親とも会えていない。
そのことが頭にこびり付いて不安を植え付けてくる。




『……ねぇねはお見舞いに来ないのかな?』


「璃心さん…お姉さんは梨心ちゃんが早く元気になれるように頑張ってるから…きっとそのうち来てくれるよ」


「その時のために梨心ちゃんも元気になって迎えてあげようね」


『…うん』




励ましてくれる看護師とは裏腹に梨心の表情は暗い。
中身は小学生なのだから寂しがって不思議はない。
看護師達も顔を見合わせて眉を下げる。これ以上どうしたらいいのかがわからなかった。
とりあえず与えられた仕事をこなすためにマッサージを終えて、梨心の身体を拭き始めた。
その間も梨心は黙ったままでいつもの活気は感じられなかった。
梨心の身の回りの仕事を終えた看護師達は病室を出て顔を合わせる。




「木嶋さんに言うべきかな…」


「多分…梨心ちゃんのこと1番わかってるの木嶋さんだと思うし…」


「私達じゃ力不足な気がしちゃう…」




意見が一致して足早にナースステーションへと歩みを進めた。






『……。いててて…』




看護師達が去ったあと梨心は溜め息をつく。
寝てばかりの身体は悲鳴を上げて、吊るされてる足を少し動かして無理矢理身体を起こす。
伸びをしてみたり、左右にひねってみたり軽く動かす。
今まで感じたことのないくらい身体が重くてだるい。
もちろん、今の梨心には成長した身体ということがわからないので入院している原因だからだと思っていた。
寒くもないのに身体が震えて自分の中で何かが音を立てた。





『ねぇねーーーーっっうわああああああん』




ダムが決壊するように、炭酸で破裂するペットボトルのように感情が昂ぶった梨心は涙を流してわんわんと泣き始めた。
大声を出しても涙を流しても感情は収まらず、頭の中は璃心や家族、起きてから感じる不安や悲しさでぐちゃぐちゃに絡み合っていた。
いつからか抑えきれないほどに膨れていた感情は行き場を失い、笑うことさえできなくなっていた。
どうして入院しているの?
どうして家族は顔を見せてくれないの?
いつ身体は治るの?
身体が痛い。
心が痛い。
頭がズキズキする。
何もないのになぜか辛い。
寂しい。
悲しい。
苦しい。
泣きたい。
押し寄せてくる感情が津波のように襲い掛かってくる。
呼吸ができなくてすべての神経が機能しない。
泣き声を聞いたからか勢い良く扉が開いて木嶋が飛び込んできた。部屋の外には他の患者たちが集まって何事かと顔を覗かせている。
梨心の悲痛な泣き声は病院中に響いた。
木嶋が宥めようとしても梨心には何も届かずにただただ泣いているだけ。
騒ぎを聞きつけた世良も病室に駆けつけ即座に木嶋と協力をして鎮静剤と睡眠剤を投与した。
ボロボロと涙を溢していた梨心が次第に力を失って、眠りへと誘われた。




「……ふぅ、女の子は繊細だねぇ」



「やはり私達だけでは力不足かもしれません」



「木嶋くんでもダメなのならやはり母親と合わせたほうがいいだろうか」



「………それは難しいかと…」




脈が正常に戻るまでの間木嶋と世良は相談をし合う。
難しい家庭だからこそ安易に判断ができない。本当ならばすぐに会わせてお互いに安心させるべきではあると思う。医者にはその義務がある。
だが例外が何事にも付きものであり、会わせることによってお互い、または片方の精神状態に過度な負担が生じたり不安定になる可能性がある場合はすぐには会わせずに距離を置かせるのだ。
木嶋が梨心の頭を撫でる。眠りについてもなお、目尻には涙が溜まり頬を伝っている。
しばらくの沈黙が続き、梨心の脈が落ち着いたことを確認した後病室を後にした。
木嶋の足取りは重かった。
大輝のことが頭によぎり、頭を振った。








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