君の名前をもう一度。
『あっちぃな。早く向かおう』
カンカンと照りつける太陽を恨めしそうに睨んで大輝は自転車に跨ると勢い良く走り出した。
部活の朝練が終わって駐輪場から梨心のいる病院へと向かうところだ。
部活は3年になった今、就活の方を優先すべきだが気分転換も兼ねて後輩たちの底上げも兼ねて試合をしている程度。今日は早めに切り上げて梨心のところへ行くことにした。
真夏の炎天下が大輝に襲いかかる。自転車で風を切っているといえど自転車も良い運動だ。汗が顎や髪を伝って落ちていく。暑さに部活で培った体力も奪われ息切れをしながら大通りへと出た。今まで建物が日陰を作っていたが大通りはそんなものは無く容赦なく日光がコンクリートを照らしていた。
胸元のシャツをパタパタとするも気休めにもならない。部活終わりに水をかぶっていたのがもう恋しい。
そうこうしていると信号が青に変わってペダルに足をかける。
梨心の病院までひと踏ん張りだ、と喝を入れて立ち漕ぎをする。
『さっさと目ぇ覚ませよなぁ、本当璃心に迷惑かける奴だよ』
文句の1つでも言いたくなる。いつも梨心とは常日頃から言い合いをする関係だから本人にいくらでも言えるものだ。だがそれも相手が意識無くては伝わらないもの。
大輝と梨心は初めからこうではなかった。最初はもちろんお互いに遠慮はあった。
高校に入って青春に少し期待をしながらクラスメイトを見回していた1年生。
友達と入学したであろうペアや、早速周りの人に声をかけて仲良くなってるグループなど皆浮かれていた。
大輝も勇気をだして声をかけようと近くにいる女子や男子に声をかける。
『なぁ、俺、原田大輝っていうんだ、名前教えて?』
「あ、初めまして、私は戸叶梨心です」
「ぉお、原田な、俺はー」
それが梨心との初対面だった。大人しそうに男子の話を聞きながら微笑む梨心は印象が良かった。
他の女子は高校デビューだからか賑やかだったり化粧や髪をいじったりしていた。
数日間、他のクラスメイトの男子や女子と話しているうちに打ち解けたグループでよく過ごすようになった。
梨心は別の女子グループで談笑に花を咲かせていた。
そんなある日のこと。
「ねえ、あんた」
『ぁあ?』
「私、毎回言ってるよね?ノートを集めるときノートとノートを挟み込まないでって。おかげで私のノートがボロボロになってるのよ。どうしてくれんの?」
最初の頃とは比べ物にならないくらいに口調が荒く、暴言を吐かないだけマシだろうけど、完全に喧嘩腰の梨心。
最初の絡みから何回か話すことがあったが大体お互い思うことがあった時に言い合うくらいだった。
梨心自身がモノをはっきりと言える性格で女子の中でも支持を得てる方、それに対して大輝は売られた喧嘩は買う性格。悪く交わったために険悪になってしまった。
周りのクラスメイトは最初こそは止めに入ってたものの次第に口を出せなくなり、先生を呼んだり授業が始まるのを待ったり流れができていた。
『先生が見やすいようにノートは開いて提出って言ってただろ。それにあわせて俺も持っていきやすいように挟んで職員室持ってってんだろ。いい加減分かれよめんどくせぇな』
「ならもっと丁寧にしなさいよ。何人かのノートがボロボロになってんのよ。どうせ弁償もできないんだから本人のこと考えて扱ってよ」
『なら自分で提出しろよ、それなら文句ねぇだろ。現代文の雑用担当に任せてんのが悪いってことだろ』
「雑用担当になったんだから責任持てってことを言ってんでしょ。責任転換も甚だしいわ」
言い合いがエスカレートしていくふたりに周りのクラスメイトが気付きはじめ、ざわつき始める。そのことにも気付かずにお互いの主張を押し付け合い、終わりのない口論は続いた。
結局この口論が終わったのは授業が始まり、先生が教室に入ったときだった。
お互いににらみ合って席につく。クラスメイトも口論が終わったことで安堵したが、授業中もピリピリしているふたりに心の中でため息をついていた。
その次の日、大輝が舌打ちをしながら梨心の元へとズカズカと近づいた。
『おい、ふざけんなよ』
「次は何?あんたも暇ね」
『後ろのロッカーの上、運動部の荷物置きになってんの知ってんだろうが。なに図々しく自分の教科書置き場にしてんだよ』
「クラスのものは共有物でしょ?そんな我が物のように言わないでくれる?」
『じゃあ俺の荷物を上に置いても文句ねぇよな?共有して置かせてもらうからな』
「そんなことして人の迷惑になるのもわからないの?ダメに決まってるじゃん。なんであんたの汚いリュックを上に乗せられなきゃいけないのよ」
『もうすでに俺が迷惑してんだよ、教科書くらい自分のロッカーに入れろよ。それとも教科書入れられないくらい整理整頓もできてねぇのかよ』
「あんたと一緒にしないでよ。私にも荷物くらいあるんだからあんたも他の場所に置きなさいよ」
『なんで俺が他の場所探すんだよ?!教科書くらい机とか鞄の中に入れられるだろうが!』
「いちいち怒鳴らないでよ!うるさいな!別にあそこにしか置けないわけでもないでしょ?!」
梨心の言い分に大輝が言い返す。大輝の言い分に梨心が言い返す。それを繰り返しているうちにヒートアップしていき怒鳴り合いが始まる。
その様子にクラス中が察してざわつきはじめる。授業が始まるにもまだ時間がある。
大輝といつも一緒に男子に止めに入るように言う人。
梨心と一緒にいる女子はおろおろとうろたえている。
そんなクラスの雰囲気に見向きもせずにふたりは言い合いを続けている。
「おい女子、せんせー呼んでこい、その間どうにか止めるぞ…」
「でも今までで1番やばくない?」
「原田くん、いつもより怒ってるし…」
「だから先生呼ぶしかないだろ、早めに頼むぞ」
クラスが団結して解決策を練る。指示された女子は教室を飛び出して職員室へ向かう。
廊下で話していた他クラスの生徒もその様子と教室から聞こえてくる怒鳴り声に野次馬が集まってくる。
男子がふたりの間に割って入ろうと試みるも激怒してる大輝に怒鳴られて萎縮する。
今までは舌打ちをして喧嘩をやめるものの今回は本当に頭にきているのかやめる様子がない。
梨心もそんな大輝の様子に煽りながら言い返すものだから喧嘩が終わるわけがない。
「おい!いい加減にしろ原田!!」
『うるせえ!!!今日はもうこいつを許せねぇ!』
「自分が悪いのになにが許すよ!?本当にいい加減にしてよ!!こんなんがお姉ちゃんの彼氏なんて絶対に認めないんだから!!!」
大輝が男子に押さえつけられ、梨心も言い返そうとするのを他の女子に引っ張られて場は収まった。
はずだったが、距離を離されてもなおふたりの言い合いは収まらず大輝の怒鳴り声はクラス中に響いた。
入学して以来1番に言い争ったふたりはクラスメイトが連れてきた担任に叱られ、大きな罰は与えられなかったがそれ以降喧嘩をするたびに放課後居残りで校舎中を掃除することとなった。
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