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犬夜叉





 かごめが帰ってきた日は、皆地に足が着かないような……。賑やかで、落ち着かないが、今まで以上に空気が明るく澄んでいく感じがして。
 時間がすぐに過ぎていった。

 それでも、夜が更ける頃には皆それぞれの家路に着く。
 双子が寝てしまった弥勒一家がまず抜けて。
 話の途中でうたた寝し出したりんと一緒に、「わしも休むぞ」と楓が寝床についた。
 それから暫くして、かごめにずっとくっついていた七宝も、名残り惜しそうに眠気眼を擦り出す。

「明日も明後日もあるから。またたくさん話そうね、七宝ちゃん」
 かごめが頭を撫でて宥めると。

「絶対じゃぞ」
「うん」
 指切りしてから安心したように寝息を立て始めた。

 いつの間にか楓の家で起きているのは、おれとかごめの二人になっていた。

「お前も休むか?」
「ううん。まだ起きてる」
 かごめが、足を抱えるように座り直しながら言う。
 春とはいえ、戦国の夜はまだ冷える。以前と同じ緑色ではないが、丈の短い着物は寒そうだ。

「掛けとけ」
 火鼠の衣を脱いで、投げやるように膝に掛ければ。
 かごめはマジマジとおれを見つめてきた。

「何だよ?」
「何でもない」
 ふふふと楽しそうに笑う。

「ねぇ、犬夜叉。骨喰いの井戸と御神木に……連れてって」
「今からか?」
「うん」
 お願い、と手を合わせる。おれは一瞬頭を過った思考を打ち消そうと、目を細めた。それだけでかごめには伝わったらしい。

「そんな顔しないでよ。黙っていなくなったりしないわ。…犬夜叉も指切りする?」
「けっ。しねぇよ」
 七宝と同じ扱いは不本意だ。

「一緒に行きたいの」
 三年ぶりのかごめの頼みを、おれが断れる筈なかった。



***



「夜だとなんか、やっぱり暗いわね」
 一度井戸を覗き込んでから、その縁に座ってかごめが言う。空を仰ぐからつられて見上げれば、綺麗な星空が広がっていた。

「ならわざわざ来るなよ」
「そうね」
 おれの悪態なんか全然気にせず受け流す。

「最初は百足上臈に引き込まれて…私ここに来たの。暗い井戸に引き込まれて」
 思い出したように身震いする仕草をしてから、立ち上がる。

 そして歩き出した。
 ゆっくり、記憶を辿るように。

 おれもかごめの後に続く。

「そしたらね」
 暫くしてかごめが足を止める。
 辿り着いたのは――御神木。

「……犬夜叉がいた」
 大木にくっきりと残る封印の跡を見上げながら、かごめの声が凛と響く。

「犬夜叉は寝てたから知らないかもしれないけど…」
「その言い方やめろ。封印だ、封印」
 おれの犬耳を見つめながら、うんと頷く。なんか情けねぇ。

「封印されてた犬夜叉の耳触ってたら…楓ばあちゃん達に怪しまれて縄で縛られたの」
 結構散々でしょ?と笑う。

「で、アンタも知っての通りまた百足上臈に襲われたりしたから……最初にあっちに帰れた時すごくホッとした」
「……」
 それをおれは連れ戻しに行った。

「次は犬夜叉と一緒だったでしょ?」
「え?」
「井戸を通る時よ。衣も…初めて貸してくれて」
 結羅の時、と言われて思い出した。

「怖くなかったのよ。一緒だったから」
 暗い井戸が…か?それともこの世界が…か?

「次の時にはアンタの怪我も気になってたし、救急箱持っていかなきゃって…」
 そういやそんなこともあったなーと妙に懐かしかった。

「私ね、井戸が閉じてからずっと考えてた。この世界に行った理由。四魂の玉が消えると井戸がつながらなくなった理由。私のするべきこととか……色々」
 御神木を見上げていたかごめが、振り向いておれと向かい合う。

「でもね、どうしても変わらない気持ちがあって。その気持ちに気付いたら……。空がね、見えたの」
 真っ直ぐ見つめてくるから、おれはかごめから目を逸らせない。

「最初はやっぱり怖かったけど……。でもね。いつの間にか私にとってこっちの世界は……犬夜叉のいる世界は、暗くて怖い世界なんかじゃなくなってたんだよ」
 逸らす必要もない。

「無限に広がる青空みたいな。未来に続く世界で」
 かごめがおれに手を伸ばす。
 
「手を伸ばしたら、」
 伸ばした手をおれは掴む。

「引き上げてくれたでしょ?」
 落ちる暗闇から。上る空へ。
 かごめが導いてくれるなら、おれはかごめを何処へだって連れていける気がした。歩いたり、走ったり、並んだり、おぶったり、たまには立ち止まったり……しながら。一緒に。

 繋いだ手を強く引き寄せる。

「かごめ」
 今なら、言える。しょっちゅうは……多分言えねぇけど。だから、今ここではっきりと。

「好きだ」
 紡いだ言葉は自分で思った以上に響いて、顔が熱くなった。同時にかごめが目を見開く。それから背中に腕を回して、抱き付いてきた。

「私も、大好き」
 目いっぱいに涙が浮かんでいる。瞬きに合わせて透明な滴が頬を伝った。

「……泣くな」
 その涙が綺麗で勿体ない気がして、指を伸ばして掬う。
 泣かせたかったわけじゃない。寧ろその逆で。

「だって…犬夜叉が……」
「生きてて嬉しいのか?」
 いつだったか言っていた。

「ううん。そりゃ生きてるのはもちろんだけど。折角来たのに死んじゃってたら許さないわよ。でもそうじゃなくて……」
 かごめの目に強気な光が宿った。睨んだ時の凄みは今も健在だ。

「アンタのことが好きすぎて」
 泣けちゃう、と少し頬を染めて真面目に言うから。

「なっ…っ!」
「何よー!アンタも好きなんでしょー!?」
 顔が熱くなって言い淀むおれに、かごめは挑むように言い返してくる。

「も、文句あっか!!」
「あるわよー!」
「あるのか!?」
 かごめがゴニョゴニョ何か言うが、はっきり聞こえない。

「はっきり言ってみろ…」
 内心ドキドキしながら問えば。

「絶対、私の方が好き」
「……っ!」
 返ってきた答えは予想外だった。
 それに、その主張は認めらんねぇ。

「おれだ」
 顎に触れて上を向かせる。触れた肌が柔らかくて…あたたかい。その手触りに驚く。

「……待っててくれた?」
「お前さっきも同じこと……」
 鼻先で、確かめるように聞いてきた。
 かごめはよくしゃべる。おれもかごめにずっと話したいことや伝えたいことがあったけど、会ったら会ったでどうでもよくなった。

「だって……答えになってなかったし」
 犬夜叉はいつもそう、と少し剥れる。
 おれにとってはあれが答えだ。
 遅ぇぞ、かごめ。何やってたんだ。バカ野郎。

 せっかちなおれは待つのに慣れていない。
 待つくらいなら迎えに行く。
 それでも、どうしても迎えに行けないなら……今の状況だ。

 どちらにしろ確かなのは。

「会いたかった」
 口から出た言葉は掠れていた。耳に届く響きが頼りない。

「私も、会いたかったよ」
 かごめの声も少し震えていて、また泣いているのかと思った。でも、かごめは泣いてはいなかった。

「だから来ちゃった」
 えへへ、と笑う。

「きっと、会いたいって思いが井戸を繋いだの」
 それからギュッと抱き付いてくる。

 頭の芯が熱くなった。
 幸せすぎて目眩がする。

「かごめ」
 自分じゃ見えないから分からないが……多分おれは今、情けない顔をしている。

「犬夜叉……」
 それでもかごめが幸せそうに笑っているから。
 それでいい気がした。

 一回り小さな手を握る。細くて、滑らかで、あたたかい。
 戸惑いがちに握り返してくるから、胸の奥が擽ったい。

 真っ直ぐ視線が絡まる。

「かごめ……」
 さっきから名を呼んでばかりだ。自覚してる。この三年の、反動だ。
 ずっと、呼びたかった。

「犬夜叉……」
 呼び返す声が恋しかった。

 繋いだ手を少し引き寄せる。
 どちらからともなく目を閉じる。


 おれはかごめと初めて――
 生まれて初めて、笑いながら口付けをした。










***
犬夜叉に幸せなキスをして欲しいな~って思ったら、もうお互い大好き過ぎるんだよバカー!!って話もいいなーってなって…そんな感じです(笑)

骨喰いの井戸とか御神木とかすっごい好きです。特に御神木。
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