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KYO

 青々としていた薄が少しずつ色褪せて、夜は秋の虫が耳に心地いい音を奏でるようになってきた。
 日中はまだ蒸し上がるような暑さが続いているが、ゆっくりと近づいて来る秋の気配を感じる。
 今年の暑さは例年よりも強烈だった。カラッとした暑さならまだ耐えられたのだが、雨も多くてジメジメとした暑さで、動いていても動いていなくても常に汗が滴る不快感と戦い続ける日々だった。
 暑すぎて茶屋への客の出入りも疎らになっていた、ある日の午後。


「髪切ったりしないの?」
「めんどくせぇ」
 暑そうに髪を掻き上げながら応える。もう何度見たか分からない仕草。
「短い方が涼しかったんじゃない?」
「……」
 短いのも見慣れている。軀は違ったけれど。
「結んであげようか?」
 ゆやだって、梅雨から夏にかけては湿気で髪が肌に纏わり付く。だから、いつも後ろで結っていた。今も茶屋や家事仕事の邪魔にならないように、後ろで纏めて結っている。
 狂は伸びた髪もそのまま。自分で結ぶ気配はない。
「私がする分には面倒くさくないでしょ?」
「……」
 一瞬、逡巡する気配を見せた。同時に、何気なく言ってみただけだったけれど、ゆやもその黒髪を櫛で解いてみたい、という少しの好奇心が沸いた。
「いや、風呂入ってくる」
「じゃあ私も!」
 ゆやの声に、狂が振り返る。
「狂の後に入っちゃお!」
 片付けしたら汗かいちゃって、と言いながら、一度髪の後ろのお団子を解いて高めのポニーテールに結び直す。
「いってらっしゃーい」
「……」
 湯舟を楽しみにゆやは残りの片づけを済ませた。



 湯上がりに鼻歌を歌いながら、鏡台の前に座ってゆやはゆっくりと髪を解く。
 丁寧に解いていると、後ろから手が伸びてきた。
「きゃっ!」
 振り返る。
「狂?」
 何?と口にするよりも先に。
「ちょっと何?!やめてー!」
 せっかく綺麗に解いていた髪をぐしゃぐしゃにされた。
「何なの!もう!お返し!」
 言って、目前に垂れている彼の長い前髪を思いっきり引っ張った。
「がっ」
 突然前髪を掴まれて、狂の首がカクンとなった。
 その隙に、たまたま鏡台の上に持っていた少し懐かしい布で、その前髪を結ぶ。ついでに捩じってその髪を頭のてっぺん辺りで留めた。
「すっきりしたでしょ?」
 フフっとニッコリ笑う。
「……」
 狂は黙ってゆやが手に握った髪結布を見ていた。
「何が似合うかしら?」
 ポニテール?お団子?三つ編みなんてどうだろう。彼の後ろに回り込む。
「ジッとしててね」
 着物を引っ張ってその場に座らせた。
「濡れてるからやっぱり難しいわね。乾いてからじゃないと無理かしら」
 トラが新聞でしていた武士らしいちょんまげ? SAMURAIだし一度はいいかも。でも似合わなさそう……。この長さの黒髪ならいっそ日本髪らしい鬢も出来る。黒髪は美人の代名詞だ。髱より鬢の方が似合うかもしれない。
 何にしようかと、座っている狂の後ろに膝立ちになってゆやがワクワクしていると、それを察したのか、両手で手首を掴まれた。
「え?」
 そのまま突然上半身を前に倒したので、
「きゃあ!」
 つられて一緒に倒れこむ。くるりと、勢い任せに身体が一周宙で回った。


 あらら。形勢逆転?







「邪魔くせぇ」
 髪を掻き上げながら、心底煩わしそうに呟く。
 汗で濡れたカラダにじっとりと髪が纏わりつく。引き締まった筋肉質な体を流れて、漆黒の長髪はゆやの肢体に触れて白いシーツの上に毛先が散らばった。
 狂の髪が、ゆやの身体に触れると、どうしても擽ったい。自分の髪だとそんなに当たらないのに。
 時々、擽ったすぎて声を上げてしまうと、彼はその髪を掻き上げる。
 普段は隠れている額が見える瞬間、妙に心臓が跳ねてしまうのは、ゆやだけの秘密だ。






*****
9月の残暑の中思いつくままに書いてました。
狂さんの髪夏は暑そうで。でも3年後よく見たら4年前の軀よりちょっと短くなってる?感じもして、ちょっと切った?



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