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コナン

 新一の家で夕飯を済ませて、蘭が食器を片付けている時だった。

「えーっと。グラス、グラス」
「どうしたの?」
「父さんが送ってきたやつを飲もうと思って」
「ワイン?」
「いや、ショットグラスなかったっけ?テキーラなんだよ」
「ショットグラスなら…」
 蘭は、食器棚の少し奥から、普段はあまり使わないショットグラスを取り出した。家主の新一よりも、彼女の蘭の方が、工藤邸の台所には詳しい。

「はい」
「サンキュ」
 蘭からショットグラスを受け取り、新一は短く礼を述べる。

「ロスから?」
「いや、メキシコ」
「メキシコ?!」
 聞けば、優作の仕事の都合か、両親がメキシコに行ったらしく、テキーラをお土産に送ってきたらしい。

『産地ではそのまま飲まれることが多く、ライムを口へ絞りながら楽しみ最後に食塩を舐めるのが正統な飲み方とされる。食塩を舐めるのは「高いアルコール度数から喉を守るため」ともされるがその効能は無い。』

 スペイン語ラベルのテキーラボトルと一緒に、優作のメモが入っていた。

「ライムを絞りながら…か」
「ふふふ」
「なんだよ?」
「ううん。なんでもない」
 面倒くさそうにしているのに、ちゃんとその通りを試してみる辺り、新一はお父さんっ子だと思う。ライムも蘭が買った食材ではない。この為に、自分で買ってきたのだろう。

「ふーーーっ!アルコールが身に染みて骨まで溶けそうだぜ。罰ゲーム以外で初めてストレートで飲んだ」
 新一の表情と言葉から、今の新一には美味しい、とは思えなかったようだ。

「普通は割って飲むの?」
「テキーラ?」
「うん。名前は知ってるけど飲んだことなくて…すごく強いお酒ってイメージ」
 蘭はテキーラを飲んだことがない。目の前で新一が飲むのを見ていたら、やっぱり興味が湧く。新一がテキーラを飲んでいる間に、片付けは終わってしまった。

「テキーラは、竜舌蘭(リュウゼツラン)から造られる蒸留酒だよ」
「蘭?」
「そう。でも、和名に「蘭」がついても、ラン科 (Orchidaceae) に近い植物じゃねーな」
「竜の舌に蘭」
「すげぇ名前だよな」
 新一はニィと口角を上げた。

「花を咲かせるまでに数十年を要するものが多くて、100年(1世紀)に一度開花すると誤認されたことから、英語で“century plant”(センチュリー・プラント、「世紀の植物」)という別名もある」
「そうなんだ」
 相変わらず新一は色んなことに詳しい。感嘆してしまう。

「竜舌蘭って、古い推理小説では、トリックとしても使われてるんだよなぁ」
「植物が?」
「竜舌蘭の葉から繊維がとれて、それで作った縄は、水を吸うと収縮するらしいんだ。だから、推理小説では被害者の自由を奪ってその首に竜舌蘭の縄を巻き、数時間後に雨が降ることを予測して屋外に放置し、アリバイを作るっていうトリックが用いられる」
「ホントに新一って……筋金入りの推理オタク」
 その竜舌蘭から作られるのがテキーラなのか。尊敬と呆れが入り混じった呟きが、蘭の口から漏れてしまう。
 新一はショットグラスを洗い流して、時々二人で使っているシャンパングラスを、食器棚から取り出した。

「お褒めにあずかり光栄です」
「褒めてないわよー!」
 笑いながら、新一は二つのグラスに氷を入れた。カラン、と涼しげな音が響く。冷蔵庫から別の飲み物を取り出し、それとテキーラを注いでいく。最後に何かシロップをかけた。

「?」
 その手際の良さに驚きながら、未知の飲み物を見つめていると。

「テキーラ・サンライズ」
 スッとグラスを一つ蘭に差し出す。

「蘭にはこっちの方が飲みやすいだろ?」
 そう言いながら、新一は促すようにもう一つのグラスに口をつけた。
 下に向かって赤が強くなる夕日のようなグラデーション。オレンジの香りがする。ドキドキしながら、新一に倣って一口飲んだ。

「柑橘系の甘いジュースみたい」
「ほとんどオレンジジュースだからな」
「美味しい」
 新一がテキーラに混ぜて作ったカクテルは、オレンジジュースと赤いシロップだったようだ。

「新一ってお酒詳しいよね」
「そうか?」
 あまり意識していなかったのか、新一はキョトンとした顔を蘭に向ける。

「大学入ったら、男同士で飲む機会も増えたしな~」
「ううん。なんか、高校生の……一時期休んでた時くらいから」
「そ、そう?」
「うん」
 少し上擦った彼の声は聞き流す。

「ねぇ、新一。これは?」
「ん?あ、あぁ。ベルモットか」
 新一が、テキーラ・サンライズに使った赤いシロップ……グレナデン・シロップのすぐそばに、ベルモットのボトルが置いてあった。有希子が何かカクテルを作った時に、どちらも使ったのだろう。

「ベルモット?」
「ベルモットは、白ワインを主体としたフレーバードワインで、イタリア発祥のスイート・ベルモットとフランス発祥のドライ・ベルモットがある。これは、ドライ・ベルモット」
 ボトルを手に持って、新一はラベルを蘭に見せた。

「カクテルによく使われてる。キス・イン・ザ・ダークとか」
「暗闇の中のキス?名前がすごくロマンチック」
「だろ?」
 蘭が名前に反応すると思っていた。
 ジンとベルモットの定番の組み合わせにチェリーリキュールを加えた、ほんのりと甘いロマンティックなカクテル。

「でもな。こういうのは、レディー・キラー・カクテルって呼ばれてっから、蘭は飲み会とかで気をつけること」
「気をつけるって?」
「だから、オレがいねー時とか……注意しろってこと」
 新一の眉間に少し皺が寄り、真顔で忠告してくる。

「その、レディ・キラーってカクテルを?」
「甘くて飲みやすいけど、アルコール度数は高いんだ」
 ”女殺し(レディーキラー)”という意味の通り、見た目が穏やかで、すっきりとして優しい味わいにも関わらず、アルコール度数は高い。気付いたら、あっという間に酔いが回ってしまうようなカクテルを指す。

「酔わせる目的で女性に飲ませる輩もいるから、こう呼ばれてる」
「そうなんだ…」
 なるほど、という顔をしているが、その輩が酔わせてどうするつもりかは、ピンときていないのだろう。これだから蘭は、と新一は小さく息を吐く。でもそこがまた新一の心を捉えて離さないのだが。

「スクリュードライバーとか、蘭も飲んだことあるだろ?」
「うん」
 園子も新一も一緒の飲み会の時に飲んだ。見た目も爽やかで美味しかった。

「あれもレディーキラーに入るし、見た目に騙されるなよ」
「ていうか、新一は何でそんなに詳しいの?レディーキラーカクテル……。もしかして、新一も女の子を酔わせる目的で……」
「バーロ!ただ知識としてだろ。知ってる奴は知ってるし」
 気をつけろよ、とまた念を押す新一に、子ども扱いされているようで蘭としてはなんだか悔しい。

「強いかもよ?私」
「アルコール?」
 蘭が強いとは思えない。

「友達にも時々、強いねって言われるもん」
「空手がだろ?」
 からかうように笑って、全然とりあってくれない新一に、蘭はムッと不満げな顔をする。

「私が空手以外も強かったら、新一は色んなことを話してくれる?」
「え?」
「全部」
 声は、少し小さかったかもしれない。

「全部教えてくれる?」
 すぐそばに居るのに、もっと近くに感じたくて、縋るように、蘭は飲み干したグラスを持つ新一の手に触れてしまった。

「私が知らないお酒以外も。新一が全部。新一の、全部」
 頭が少し、火照ったような感覚がする。

「オメーもしかして酔ってる?」
 新一が、飲ませすぎたかなーと小さくぼやく。甘えるような艶っぽさを秘めた声が、媚薬のように新一を誘う。

「父さんに感謝、だな」
 溢した声は、少し熱っぽかった。

「縛られてるのは、オレの方だってのに」
 ゴクリ、と新一の喉が鳴る。

「蘭」
 しんいち、と呼び返した声は、彼の喉奥へと消えて言葉になり損ねた。

 骨まで溶けるような。
 新一の言った、テキーラみたいなキスをして。

「ベッド行く?」
 耳元で、甘いテノールが囁く。耳に息がかかる距離。この声がずっと大好きだ。反射でコクンと頷いてしまう。

「知りたい」
 もっと。新一が好きだから。また、言葉にする前に深いキスに飲み込まれる。

「解いて、探偵さん」
 息の吸い方も忘れてしまうほど、熱いキスの合間に。うまく聞き取れないくらい途切れ途切れに、蘭が囁く。

 ”といて”か”ほどいて”か。
 後者だったら、新一には出来ない。

 クタン、と体の力が抜けてしまった蘭を横抱きにして、自室のベッドへと歩を進めながら。

「マジでオレがいないとこで酔うなよ……」
 頼むから、と付け足したいくらい切実な声だった。
 言葉にできない秘密は、それが蘭の身を守るためならば、隠し通したい。その分、不安や寂しさや切なさを感じるのなら、それ以上の想いを伝えたい。他の言葉や、態度や、肌の触れ合いで。

「オレをこんなに溺れさせるのは、」
 酔いどころじゃない。依存症みたいに溺れさせる。

「この世で蘭一人」
 恋しい愛しいと、愛するのは蘭一人。悔しいくらいに、最初からずっと、蘭一人。蘭が何を知りたがっていても。変わらないのはその一つ。

「それが全てで、真実」
 数多の事件で、一つしか無い真実を追う人生の。

 厄介な難事件。
 たった一つの真実。

 工藤新一の、揺るぎない真実。







*****
真夏の夜の夢。
二十歳は過ぎてる設定です。
思いついちゃったので書いちゃった。
もし、ずっとバラさずにそのまま…だったとしたら。って話です。

私は戻る前か戻る時か、バレてるなりバラしちゃうなりがいいなぁ派です。
でも20年以上経つと、原作がどっちに転んでもどっちも尊い…ってなる気がします。笑
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