現在の連載では主人公同士が関わることはありませんが、今後関わりが出てくるため、各々の主人公で名前変換ができるようにしてあります。
夢を諦めきれない私
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「今日の夕方の公演にいきますね!」
朝、支度を終えて部屋から出るとき、姐さんに元気に声をかけた。
「ああ、分かったよ。
待っているからねぇ。」
そう言って笑顔を向けてくれる姐さん。
いつ見ても素敵だ。
私まで笑顔になってしまう。
「行ってきます!」
しゅたっと敬礼をしてから部屋を出ようとして、肩に手がかかった。
温かくて骨ばった姐さんの手は、私とは違っていて、いつも見入ってしまう。
大人の手、と言うのだろうか。
他の姉さんたちともどこか違う、でもとっても綺麗な手で、大好きなのだ。
振り返れば、何かを思い出したのか姐さんが楽しげに微笑んでいる。
「終わってから、すこし貸してもらえるように頼んであげるからさぁ、ちょっとこの前のバレヱ、舞台の上で見せてくれないかい?」
胸がどきりと音を立てた。
バレヱの話を聞くと、胸が高鳴る。
不思議だけれど、きっと忘れてしまった過去に、置いてきたことなのだろう。
「ええっそんな、舞台で踊るのなんて・・・。」
戸惑う私の肩を、姐さんはポンポンと叩く。
「鏡花ちゃんも興味持っててね、是非ということなんだよぉ。
ダメかい?」
そんなふうに頼まれて、断れるはずがなかった。
「では、シューズ・・・あ、靴、持っていきますね。」
「ありがとう、楽しみにしてるねぇ!」
姐さんはにっこり笑って肩から手を離した。
それがひどく名残惜しくて、目で追ってしまう。
紅いきれいな着物の横に収まった手を見て、私も笑顔を浮かべ、手を振る。
「では改めて、行ってきます!」
今日の夕方はお暇をもらった。
働き始めてお暇をもらうのは初めてだったけれど、他の姐さん達もすんなり受け入れてくれたのでよかった。
貯めたおこずかいを握りしめ、劇場にやってくると、とにかく人が多い。
「川上様の新作よ。」
「楽しみねぇ。」
「本当にお美しいから。」
「あら、鏡花様のお話も素敵よ。」
「この舞台2度目なの。」
そんな声があちらこちらから聞こえてくる。
どれもこの舞台の盛況ぶりを示すものだ。
(さ、流石姐さんがお手伝いしているだけある!)
あれだけ素晴らしい人が手伝っているのだから、素晴らしい劇でないはずがない。
わくわくしながらチケット販売の列に並ぶ。
ちょっとドキドキする。
だって、こっちでお芝居を見るのは初めてだから。
(・・・こっちで?)
まるで前はよく観ていたかのような口ぶりに首をかしげた時だった。
「っおい!」
急に手を掴まれた。
びくりとして隣を見て、私は目を見開いた。
「泉さん!?」
見覚えのある赤い髪の青年は、ずいぶん焦った顔をしている。
憎まれ口をたたく余裕もないらしい。
「来い!」
そのままぐいぐい引っ張られていく。
(またチケット買っていないのに・・・このままではいい席が・・・)
思ってはいても、言える状況ではなかった。
手を掴む力は強くて痛かったし、何より泉さんの顔が必死だった。
私が関係していることで、必死になることで・・・
「まさか、姐さんに何か・・・!?」
「はぁ?
あいつは関係ないよ!」
その言葉にほっとする。
気づけば舞台袖までやってきていた。
「聞いたんだ、あんた、西洋の踊りが踊れるんだろう?」
振り返る泉さんはいつになくすがるような顔をしていた。
予想外の表情に、私は戸惑う。
「えぇっと・・・まぁ、その」
「踊れるんだろ!?」
「はい!」
戸惑う私に怒鳴った彼は、更に私が戸惑う行動にでた。
顔の前で手を合わせて頼んだのだ。
「役者がひとり、間に合わないんだ。
時間稼ぎに踊ってよ!」
「・・・えっ!」
思わず反応が遅れてしまう。
「無理ですよ、そんなの急に言われても!」
ぶんぶんと首を振る私の肩を、泉さんががしっと掴んでがくがくと揺さぶる。
視界が揺れて気持ち悪い。
「そこをなんとか!
今川上が」
「衣装はこれでいけるか?」
不意に聞こえた声。
荒い息が、その人が走ってきたことが分かる。
この前、泉さんと一緒に居た役者らしき人だ。
(川上って・・・どこかで聞き覚えがあるような・・・。)
以前も抱いた疑問は一瞬で流れていく。
彼は片手にはドレス、片手には薄い紙袋を持っていた。
「レコードも借りてきた。
爺さんももうじき来る。
お前はこれにすぐに着替えろ。
着方が分からなかったら爺さんに聞け!」
役者さんが私にドレスを押しつける。
爺さん、と彼が言うのは、シューズを買った店の店主のことだろうか。
(なんでそれを・・・?
あ、姐さんに聞いたのか。)
渡されたそれは確かに、バレヱ用に作られた衣装のようだ。
あのお店においていたものかもしれない。
私を見つめる茶色い瞳は、必死で、何かに焦がれていた。
不思議だった。
初めて会ったときはあんなに冷たい目をしていた人が、こんな必死になるなんて。
まるで別人みたい。
(あ、役者だからか。)
でもこうしてみると、本当に誰かにそっくりなのだけれど、思い出せそうで思い出せない。
「曲は同じ。
君なら充分踊れるだろう。」
おじいさんの声が聞こえる。
どうやら到着したらしい。
「晴れ舞台、観せてもらえるかな。」
その優しい笑顔に、私は顔を引き締め、ひとつ頷いた。
暗い袖から見た舞台は、ひどく眩しかった。
胸が高鳴る。
どうしてだろう、この感覚を知っているような気がした。
中央に立ち、体勢を整える。
柔軟はしたけれど、体が鈍っている気がして心配だ。
それに、お客さんは劇を観に来ているのに、こんなことをして怒られちゃわないだろうか。
見慣れぬ格好で見慣れる踊りを踊る女を、嫌がらないだろうか。
(姐さん・・・。)
ここにきてから一度も姿を見ていない。
お手伝いと言っていたから、遅れてくる役者さんの準備とかしているんだろうか。
(姐さんもお手伝いしている舞台のお手伝いができるんだ、幸せだと思わなきゃ。)
幕が開く。
お客さんが拍手をするけれど、何かが予定と違うことに気づいたらしい。
拍手が次第にまばらになり、会場がざわめく。
(だめだ、気持ちを切り替えなきゃ。)
私の仕事はこの場を持たせること。
だから、ざわめきなんか気にしちゃいけないのだ。
お辞儀をすると、ドレスのすそもふわりと動く。
いつも着ていたチュチュよりも裾が長いところがきれいだと思う。
ちょっと、いや、かなり気に入った。
舞台袖で、大好きな茶色い髪がふわりと揺れた気がした。
(大丈夫。)
視線を上げる。
このざわめきを鎮めて見せる。
私は指先で、空中をはじいた。
川上は曲が始まると大丈夫だと思ったのか、すぐに自分の身支度を整えに裏へと消えた。
舞台袖には爺さんと僕の2人が取り残された。
「あれが、バレヱ・・・。」
思わず呟くと、爺さんが嬉しそうに頷いた。
「あの子は筋がいい。
どこかで踊り子をやっていたんじゃないかい?」
その言葉に、ふっと作りかけの戯曲が頭を駆け巡る。
未来、記憶喪失、踊り子・・・
「振付が変わっているが、それがまた面白い。」
そんな爺さんの言葉など、僕には届いていなかった。
あのグズの姿を目に焼き付けることに必死で。
駆け巡る構想をまとめるのに、必死で。
拍手の大きさに、私は戸惑う。
鳴りやまぬ拍手に、次の曲が流された。
3度ほど繰り返した時だ。
ようやく曲が止まった。
舞台袖で、おじいさんと泉さんが手を振っている。
どうやら準備が整ったらしい。
私は丁寧にお辞儀をして、舞台袖にはけた。
胸の高鳴りが消えない。
泣きたいほどの感動が、胸を占めた。
初舞台は突然
