現在の連載では主人公同士が関わることはありませんが、今後関わりが出てくるため、各々の主人公で名前変換ができるようにしてあります。
夢を諦めきれない私
名前変換※注意
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
今日はお使いだ。
メモを片手に店を回っていく。
始めのころは買いものも1人で行けなくて、いつも誰かのお世話になっていたけれど。
(もう1人で大丈夫だもんね!)
呉服屋さんに着物をもらうのが今日のメイン。
ついでにといくつか買い物も頼まれている。
姐さん以外の姐さん、というとややこしいが、置屋にいる他の芸者さんと親しくなったのだ。
頼まれごとをすると、いろいろ良いことがある。
例えば、宴会の席で粗相があっても助けてくれたり。
例えば、ちょっとお菓子をくれたり。
(もちろん、食べるときは姐さんと半分こだ。)
例えば、お古の簪や櫛何かをくれたり。
(初めは床に並べていたけれど、見かねた姐さんが綺麗な箱をくれて、今はそこに大切にしまっている。)
そんなことがある度に姐さんは少し驚いた顔をする。
それから、私の頭を撫でて言うのだ。
ーうちの犬コロは正直者で働きものだ。
他人はそれを馬鹿と笑うかもしれないが、あんたのまわりの人は、好いてくれているんだねぇ。ー
少しずつ自立できるのが嬉しい。
(だから今日も頑張るのです!)
今でも街を歩くのは珍しいものがいっぱいで楽しい。
今日は大通りを通る。
ここは活気があって楽しい。
たくさんのお店があるし、何よりここの通りの目玉は大きな劇場だ。
ちょうど何かが公演中なのか、劇場のお客さんの出入りはチケットを買う人達くらいで、比較的すいている。
それでも、その華やかな空気を見ているだけで、不思議と胸が熱くなった。
(いいなぁ、観てみたいなぁ。)
現代で観たのとは違うかもしれないけれど、それでもやはり興味は沸く。
(次のお休みの日に・・・。)
そう思いながら、演目だけでも見てみようときょろきょろと横断幕やのぼりをながめる。
するとふと、知っている名前が見えて驚いた。
「泉さん?」
―泉鏡花 夜叉ヶ池―
(すごい、こんなふうに名前が出るなんて!)
自分と歳のあまり変わらないように見える彼の才能に、思わず目を見張ってしまう。
(すごいな、すごいな。)
知り合いがこんなにすごいなんて、思うだけで頬が緩む。
ゆるゆるの顔で劇場の前を通ろうとしたところ、ちょうど入口から出てきた赤い髪に、思わず名を呼んでしまった。
「あっ泉さん!」
飛び跳ねるように揺れた肩。
周りに人も、何事かと泉さんを見た。
泉鏡花先生かしら、まぁ本当に?、なんて声もちらほら聞こえる。
(そうか、有名人だからあまり呼んだりとかしちゃだめだったのかも。)
振り返った鏡花さんは顔をひきつらせて一言、
「げっグズ。」
とのたまった。
やはり泉さんは、私の名前をグズだと思っているんじゃないだろうか。
いつもの罵声が続けて飛んでくると思っていたが、珍しくどこかうろたえて見える。
一体どうしたというんだろう。
「どうされたんですか?」
「どうした?」
私が話しかけるのと同時に、男の人の声がした。
声をかけたのは劇場から出てきた男の人だ。
彼は不思議そうに泉さんを見、それから私をちらりとだけ見た。
男の人なのに、きめ細かい肌に、大きな目、柔らかい髪。
(綺麗な人・・・。)
思わず見入ってしまうほど。
もしかして川上様じゃないかしら、まぁ本当に?、なんて、さっききいたのとよく似た会話が聞こえて、
(この人も有名な人なのかな。
そういえば、川上って、どこかで聞いたような気がするな。
でも川上なんてありふれた苗字どこでも聞くかな。)
なんて思う。
ついっとすぐにそらされて、再び泉さんへと向いてしまった瞳。
冷たく突き放すように見られただけだったけれど、一瞬見つめるだけでは物足りないと思ってしまうほど、魅力的だった。
「・・・知り合いか?」
大きな目がすっと細められ、泉さんを睨むように見た。
綺麗なだけじゃなくて、かっこいいなぁと思う。
(俳優さん、かな?)
これだけかっこいいのだ、きっとそうだろうと思う。
見られた泉さんは何故だか顔を蒼くして、慌てて口を開いた。
「え!
あ、そうそう!
神楽坂の置き屋の子!」
珍しいな、と思う。
たいてい毒舌しか出てこないのに。
「この前話していた子か。
悪いが俺達ちぃと急ぐんだ、またな。」
その人はむんずと泉さんの腕を掴むと歩きだす。
(またなって、どういうことだろう。)
ついこの前もそんなことがあった気がしたのに、思い出せなかった。
「今日、泉さんの名前が劇場に飾ってあるの見たんです。」
部屋に帰って布団に寝転びながら姐さんに話しかける。
いつの間にか今日会ったことを姐さんに話すのが日課になっていた。
最近なんだか忙しそうな姐さんとは、夜しか会えなくて、寂しいのだ。
(でも、頑張る・・・!
お邪魔にならないように、頑張る!)
だからこそ、寂しくて、ついあれやこれやと話をしてしまう。
「へぇ、そうかい。」
頬杖をつきながら本を読んでいた姐さんだが、私を見てにっこりと笑ってくれるから、嬉しくなってまた話しをしてしまうのだ。
「すごいですね、泉さん。
あんなふうに名前が出るなんて。」
「そりゃ鏡花ちゃんの作品は面白いからねぇ。」
姐さんが一目置くのだ、面白いに違いない。
そう言えば。
「泉さんが劇場から出てくるところでばったり会ったんです。
とっても素敵な男の人と一緒で・・・。
その人にあの泉さんが毒舌吐かなかったんです。
びっくりしました。」
姐さんはにやりと笑った。
「まぁ、鏡花ちゃんにもいろいろあるんだろうねぇ。」
「そうですね。
でも、あの泉さんが毒舌吐かないって、一体どんな人なんだろう・・・。」
「役者じゃないかい?
どうした、気になるのかい?」
気になると言われれば、気になる。
あんなに綺麗な人なのだ。
気にならない方がおかしい。
今でも目を閉じれば浮かぶ、すっと引きこまれてしまう大きな瞳。
泉さんを睨むように見た、細い瞳。
あれは俳優の瞳だ。
プロの目だ。
かなりの力を持った俳優であることは、花は直感的に分かっていた。
「はい。
あれくらいかっこいいなら、姐さんともつり合いそうです。」
私の言葉が意外だったのか、姐さんは目を見開いて、それからカラカラと笑いだした。
その、一瞬だけ大きく見開かれた瞳に、花は見入ってしまう。
(姐さんも、同じ目をしてる。
プロの目だ。)
人をひきつけてやまないその瞳。
優しく細められた瞳。
あの男の人とよく似た色でよく似た形をしているな、と思う。
でも、あの人はとっても冷たく見えた。
姐さんはとってもとっても優しく見える。
「あんた、面白いねぇ。」
ほら、こうして優しく話しかけてくれる。
「姐さん、大切な人いるんですか?」
まさか、と思って尋ねてみると、姐さんは目を細めて笑った。
「そのくらいいるよぉ。」
大きな手が、私の頭をわしゃわしゃ撫でる。
「一番はこの犬コロだねぇ。」
その言葉が何よりもうれしくて、そういう意味じゃないです、と言うよりも、にやにやが止まらなくて姐さんの胸に飛び込んでしまう。
「そう言えば姐さん、泉さんの作品を勝手に上演したって・・・」
「ああ、あれ?
あたし、あの劇団でちょっと手伝いをしていてねぇ。
その関係さ。
次の作品もちっとばかし手伝っているんだよぉ。」
ぽんぽん、と頭を撫でてくれる手が優しくて、嬉しい。
「そうだったんですか!
それは観に行かないと!
お花代、貯まったら観に行ってもいいでしょうか?」
「そりゃいいに決まっているさ。」
頭の上から楽しげな声が降ってくる。
「姐さんも、一緒に行きませんか?
って、姐さんお手伝いされているんですよね。
それで最近お忙しいんでしょうか・・・?」
「ああ・・・。
最近ほったらかしでごめんねぇ。」
「いえ!
絶対絶対観に行きますね!」
楽しみだなぁ、と呟きながら、夢の世界へと入っていく花の温もりを感じながら川上は小さなため息をついた。
時間は少し前、花が話していた場面の、もう少し前に戻る。
劇場での稽古を終え、2人はロビーで話をしていた。
他でもない、花の話だ。
「はぁ?!
じゃあまだ言ってないの?
っていうかばれてないの?」
泉が驚いたように声を上げた。
「ああ。」
川上の低い声が答えた。
これは機嫌が悪い証拠だ。
「ああ、じゃないよ、どっちも相当の馬鹿だな。」
泉はため息をついた。
「うるせぇ。
言えるわけねぇだろ。
自分のことを女だと思って慕ってるんだぜ。」
「一種の役者魂?
呆れるね。
そこまで演じきる何て、むしろ職業病だよ。」
「しかたねぇだろ。
おんなじ部屋に住んでるわけだし、今更言えねぇよ。」
「えっあんたたち同じ部屋に住んでるの?
よく何もないね。」
「ガキは黙ってろ。」
「でもさ、ずっと黙っているわけにもいかないんじゃない?」
蝋燭の炎で揺らめく紅い頬から、視線を引きはがす。
(全くだ。)
自分にすがりつく少女を引きはがそうとして、着物を柔らかく握る細い手をたどった先の寝顔を、じっと見つめてしまう。
長く黒い影を作るまつ毛に、柔らかく丸みを帯びた頬、濡れたように赤い唇。
あまりにあどけなく、無防備な姿だ。
揺れる灯りが作る影は、柔らかく、ひどく、そそる。
川上はしばらく見つめてからそっと手を離し、となりの布団に花を寝かせて布団をかけた。
そして灯りを吹き消してから天井を見上げる。
(・・・いつまで持つかわかんねぇぞ、ったく。)
夢と葛藤
