現在の連載では主人公同士が関わることはありませんが、今後関わりが出てくるため、各々の主人公で名前変換ができるようにしてあります。
夢を諦めきれない私
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「どうだい、ちょっくら買い物でも。
あたし化粧品をちょっと見たくてねぇ。」
姐さんが口の端を上げる。
どんな表情の姐さんも綺麗だ。
お金は持っていないが、ウインドウショッピングくらい罰は当たらないだろう。
「はい!お供します!」
元気に返事をすれば姐さんはよし、良い返事だ、と頭を撫でてくれた。
銀座まで俥を拾う。
「お姉さんとお出かけかい?
いいねぇ。」
俥をひいてくれる男の人に笑顔を向けられ、私は嬉しくなって姐さんの袖を握った。
すると姐さんも綺麗な笑顔を向けてくれる。
ゆらゆらと俥に揺られながら町を眺める。
あれもこれも見慣れないものばかりで、何を見ても面白い。
銀座のお店はどれも華やかで、綺麗なものがたくさんあった。
姐さんの化粧品を見たり、パーティーでつけるようなアクセサリーを見たり、櫛や手鏡を見たり・・・。
姐さんと一緒に回るお店はどれもとても素敵だった。
(きっと普段から行き慣れているんだろうな。)
そんな姐さんは本当にかっこいい。
大人なのだ。
細かい気遣いのできる、素敵な大人。
「美味いだろ?」
そんなふうにきれいな笑顔を向けられて、頷かない人がいるだろうか。
「甘くてとってもおいしいです!」
あんみつの味も、いつもの何倍もおいしく感じてしまう。
「他に何か見たい店はあるかい?」
姐さんに尋ねられて、私はうーん、と首をかしげた。
なぜ姐さんは他に見たいものを聞いてくるんだろう、と。
(今日は姐さんの買い物だったような・・・?
まぁいいか。)
楽しさに疑問は流れてしまう。
「いいえ、本当に素敵なお店がたくさん見れて、とても楽しかったです。」
そう言えば、姐さんは満足そうに笑った。
姐さんと一緒にいるだけで、安心できるし、心が温かくなって満たされる。
記憶のないことなんて、忘れてしまうほど。
お会計は姐さんにしてもらってしまって、申し訳ないなぁと思いつつ、優しい姐さんを独り占めしている今日は幸せだと思う。
店を出て、商店街を進んでいく。
かわいいお店ばかりだ。
(あっ・・・。)
不意に目にとまった店があり、私は足を止めた。
「ん?
どうしたんだい?」
そこは海外からの輸入品を扱う店のようだった。
「気になるなら入ってみな。」
姐さんに促されて店の中に入る。
何に引かれたのか自分でもよくわからなかった。
でも私は自然と棚の間を縫って歩く。
店の中には歳をとった彫の深い男性が一人いるばかりでしんとしていた。
外国の人のようだ。
店の一角、私は足を止める。
否、止められた。
そこには値札が付けられていない桜色のトウシューズがあった。
「お前さん、バレヱを知っとるのかい?」
しゃがれた声が店の奥からかけられた。
流暢な日本語だ。
こっちにきてから長いのだろうか。
私はゆっくりと男性の方を向いた。
「・・・バレエ。」
その響きはひどく懐かしかった。
男性は杖をつきながら靴の前にやってくると、戸棚から取り出し、私の足元に置いた。
桜色がかわいらしい。
「履いてみな。」
私はしゃがみ込んでトウシューズに足を通す。
「不思議な靴だねぇ。」
姐さんは見たことがないようだ。
この時代にはまだバレエはなかったのだろうか。
不思議なことに靴のサイズはぴったり。
馴染んだ感覚に笑顔が漏れる。
紐を結んで立ってみる。
(うん、ぴったり。)
その間に男性は奥の方に進んでいき、蓄音器のようなものを取り出した。
レコードだろうか、円盤をセットする。
室内に華やかなクラシックが流れ始めた。
かの有名な白鳥の湖だ。
驚いて目を瞬かせる私の手を、男性はそっと取って、部屋の奥の少し空いたところまで連れて行った。
そして手を放し、さぁ、どうぞ、と手を広げて見せる。
私は促されるままに恭しくお辞儀をした。
身体が、何かを覚えている。
体が自然とカウントを取る。
足を踏み出す。
そして軽く跳ねる。
指先まで伸ばす。
何かが私の心を呼び覚ます。
(ああ、ストレッチをしてから踊った方が良かったな。
動きが硬いや。)
思わず笑いが漏れた。
長い袴が踊りにくい。
でも足は軽かった。
袖が風を受けて重い。
でもその重さを忘れてしまうくらい、楽しい。
(そうだ、私、踊るのが好きだったんだ。)
音楽は終わった。
しばらくの間をおいて、ぱらぱらと拍手が聞こえる。
次第に大きな拍手となって行った。
私は驚いて辺りを見回した。
狭い室内の、商品棚の間に、人がたくさんいる。
みんな、割れんばかりの拍手をしてくれている。
呆気にとられている私に、男性は微笑んだ。
「懐かしいものに出会えた。
不思議だね、この国ではバレヱを踊る人はいないから。
西洋に行っていたのかい?」
私は何とも言えなくて、曖昧に笑った。
「そのトウシューズはお譲ちゃんにあげるよ。
本当は売り物ではなかったのだが、君が使ってくれるなら本望だ。」
「そんな、」
「遠慮しなさんな。
たまに踊りにきてくれれば、それで充分だ。」
いつの間にか杖を手放して歩いている男性。
気のせいか、表情も若返って見える。
バレヱに特別な思い入れがあったのだろうか。
「・・・ありがとうございます。」
頭を下げれば、男性は穏やかに微笑んだ。
脱いだトウシューズを丁寧に包んで、私にそっと渡してくれる。
きっと本当に大切なものなのだろう。
もうほとんど残っていない客の中に、姐さんが微笑んでこちらを見ていたので、駆けていく。
「すごいじゃないか。
あんな特技があるなんて知らなかったよ!」
きらきらとした目を向けてくれる姐さん。
いつも私が憧れていた姐さんに、そんな視線を向けられるとくすぐったくて仕方がない。
「姐さんの舞に比べたら、まだまだですよ。」
そう言って肩をすくめ、でも堪え切れず笑顔が洩れる。
だって、姐さんに褒められることほどうれしいことはないんだもの。
「何言ってんだい!
店長も、ありがとね!」
挨拶をすれば、おじいさんも嬉しそうに手を振った。
「贔屓にしておくれよ。」
「ああ!」
返すように手を振る姐さん。
私もそれにならうように手を振った。
覚えていること
