現在の連載では主人公同士が関わることはありませんが、今後関わりが出てくるため、各々の主人公で名前変換ができるようにしてあります。
示された道を歩めぬ私
名前変換
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「申し訳ありません、もう少々お待ちください。」
帰るとフミさんが慌てたようにそう言った。
全て段取りよく進めるフミさんにしては珍しいことだ。
靴を脱ごうとしてふと、咲の靴がないことに気付く。
「咲は、出かけているのか?」
「二軒隣りの山本様のお宅です。
ウメさんが大怪我をしまして、手当てをされたんですよ。
私もお手伝いしましたが、ひどい出血でもうろたえることなく、無事に治療なさいました。」
その話に、瞠目する。
あの子の医療知識は確かにずば抜けている。
女というのが、一般人というのが信じられないほどに。
その上その知識は、現代の最先端を凌駕している。
あれは明らかに医者としての手ほどきを受けている。
しかも、それだけではない。
彼女は、僕たちの知らない”何か”だ。
(その彼女が治療をしたというのか!?)
慌てて家を飛び出す。
その治療を、確認しないわけにはいかない。
「すまないが、家の者がお邪魔しているとか。」
玄関で呼び鈴を鳴らし、出てきた娘に声を掛ける。
確かこの家の娘で、名を静香といったはずだ。
「お邪魔だなんて!
咲さんがいてくださらなかったらどうなったことか。
どうぞどうぞ。」
促されるままに上がらせてもらう。
部屋の奥へと進む途中、静香さんがその出来事を語ってくれた。
「ウメさんが、包丁をはこんでいたところに、お恥ずかしいのですが走ってきた私がぶつかってしまったんです。
ひどい出血で、私、森先生にお助けいただけないかと先生のお宅に走っていきました。
外出中とのことだったのですが、代わりに咲さんが見てくださったんです。
その間に春草さんが隣町の松本先生を呼びに行ってくださって。
到着されたときには処置が済んでいました。
ウメさんは無事、命を取り留めて、先ほど一度目を覚まされたのですが、また眠られたんです。
咲さんも疲れてしまわれたようで・・・。」
通された部屋には一組の布団が敷かれており、そこには顔色は悪いが確かに呼吸をしている女性が寝かされていた。
そのすぐ脇には隣町の医者である松本先生が控えて何かを紙に書きつけている。
その松本先生が背中を向けている壁に、咲が力なくもたれかかっており、体には薄い布団が掛けられていた。
もちろん死んでいるわけではない。
死んだように眠っているだけだ。
彼女の頬に黒い染みが出来ているように見えるのはきっと、血が固まったものだろう。
「また明日も来ますが、生活は基本こちらに書いた通りにしてください。
傷も清潔に保つ必要がある。」
「ありがとうございます。」
静香さんがその紙を受け取った。
それから松本先生は視線を僕に移した。
「やあ鴎外殿。」
「松本先生、ご無沙汰しています。」
「元気そうで何より。
あの娘が君のところの子だというのは本当かい?」
松本先生は目を輝かせながら尋ねる。
「ええ・・・まあ。」
「本当に、どこで学んだのか。
的確な処置ですな。
女性にしておくのは実に惜しい、医者として十分な腕を持っている。」
穏やかな寝息を立てる姿はいつもよりもあどけなく見えて、医者のようなことが出来るなどとは到底思えない。
松本先生もそう思ったのか、苦笑した。
「久しぶりの治療だから緊張したと言っていたよ。
私が来てしばらくして、ウメさんが目を覚ましたのを見てほっとしたんだろう。
寝てしまった。」
「そのようですね、すみません。」
「何、布団くらいで命が助かるなら、静香殿もいくらでも貸してくださることだろう。」
そう言って先生は楽し気に笑った。
頭角、現る