現在の連載では主人公同士が関わることはありませんが、今後関わりが出てくるため、各々の主人公で名前変換ができるようにしてあります。
示された道を歩めぬ私
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「おはよう、ござい、ます・・・」
フミさんに支えられながらリビングに恐る恐る顔を出す。
昨日の今日で、死ぬほど顔を会わせづらい。
誰にも見つからないようにと窓から出ていったのも恥ずかしいし、全て手紙に書いたの恥ずかしい。
何より助けてもらったことも恥ずかしいし、その後の森さんとのやり取りも・・・もう全てが居たたまれない。
私一人なら絶対に部屋から出られなかった。
そんな私のお尻をひっぱたいてくれたフミさんには、いずれ感謝する日が来るだろうにちがいない。
だが今は鬼にしか見えなかった。
この場から消えてしまいたいし、二人の顔なんて、とてもじゃないが見られない。
足の痛みなど忘れてしまうほど、緊張している。
「ありがとうフミさん。」
森さんの声がする。
つまりはフミさんが迎えに来てくれたのは、彼の頼みでもあったと言うことだ。
その事実に心が動く。
「いえ。」
フミさんは笑いを堪えながら返事をした。
「咲、早くこっちに来なさい。
料理が冷めてしまう。」
その温かな声に、やっと森さんの顔を見る。
彼は呆れたような笑顔を浮かべている。
いつも通りの、森さんだ。
「あ、あの、その・・・」
謝罪に感謝に・・・言わねばならぬ言葉は沢山あるのに、口をついてでるのは意味のない言葉ばかり。
「早くしてください。
ただでさえ遅れぎみなんですから。」
眠たげな顔の菱田さんも、いつも通りだ。
「す、すみません。」
「ゆっくりでいいですから。」
フミさんはやはりくすくすと笑いながら私を支えて所定の席まで連れていってくれた。
目の前には湯気をたてる焼き魚と白ご飯、味噌汁、ホウレン草のお浸し。
その向こうに食事に手をつけずに待つ二人。
私が席についたことを確認するとどちらともなく手を合わせたので、私も倣う。
「いただきます。」
三人の声が揃った。
フミさんがにこやかに眺める。
つい1週間ほど前までの日常が、戻ってきた。
私もいつも通りお茶碗を左手にもち、鮭魚に箸をつける。
「鴎外さんに聞きました。」
菱田さんがポツリと言った。
「病気のこと。」
「えっ・・・」
私は目をこぼれんばかりに見開いて、菱田さんを見る。
彼は淡々と食事をしていた。
「・・・正直なところ、おかしいとは思っていました。」
彼の前に並ぶ食事は薄味だ。
タンパク質制限のため、魚も小振りである。
腎臓が悪い彼のための、食事だ。
「けれど怖かった。」
それはそうだろう。
彼は画家生命を絶たれるだけでなく、命までも失うのだから。
「でも森さんに言われたんです。
貴女なら 、私を救ってくれるかもしれない、と。」
菱田さんが珍しく微笑んでいる。
「貴方が私を助けるために必死になってくれていると知りました。
そしてその知識は、陸軍一等軍医である森さんにも勝ると言う。」
森さんも隣で深く頷いた。
「貴女がその病の知識はあるのに自身の記憶がないと言うのは大変不可解ですが、森さん曰く・・・」
「菱田春草は生きるべしと、神はおっしゃっているに違いない。」
言葉を引き継いで、森さんは不敵に微笑んだ。
菱田さんは溜め息をついた。
彼が神を信じているか否かはさておき、私の心に安堵が広がる。
自分にはなかった居場所が、与えられた安心感だ。
「そして、私に自由にせよとおっしゃっているに違いない。」
付け加えられた言葉に思わず笑う。
菱田さんも、呆れたように笑っている。
目の前の彼らは、私が未来で知っている偉人とは、本当に異なる。
正に鮮やかで、生き生きと笑っているのだ。
(ここにいる彼らは、別人なんだ。)
ふとそう思った。
彼らはあの森鴎外とあの菱田春草ではない。
この森鴎外は結婚することなく自由に物語を書き、医学を進歩させるかもしれない。
この菱田春草は病に打ち勝ち、長い生涯絵を描き続けたかもしれない。
そのために、私がここにいるのであれば。
「私・・・頑張ります。
ですからこれからも、よろしくお願いします。」
私は深く頭を下げる。
そう言うのは簡単で、でも心を決めてしまえば進む方向は明らかだ。
「こちらこそよろしくお願いします。」
「うむ、僕もよろしく頼むよ。」
温かな朝の日差しは眩しく、そして明るい。
いつも通りの朝
フミさんに支えられながらリビングに恐る恐る顔を出す。
昨日の今日で、死ぬほど顔を会わせづらい。
誰にも見つからないようにと窓から出ていったのも恥ずかしいし、全て手紙に書いたの恥ずかしい。
何より助けてもらったことも恥ずかしいし、その後の森さんとのやり取りも・・・もう全てが居たたまれない。
私一人なら絶対に部屋から出られなかった。
そんな私のお尻をひっぱたいてくれたフミさんには、いずれ感謝する日が来るだろうにちがいない。
だが今は鬼にしか見えなかった。
この場から消えてしまいたいし、二人の顔なんて、とてもじゃないが見られない。
足の痛みなど忘れてしまうほど、緊張している。
「ありがとうフミさん。」
森さんの声がする。
つまりはフミさんが迎えに来てくれたのは、彼の頼みでもあったと言うことだ。
その事実に心が動く。
「いえ。」
フミさんは笑いを堪えながら返事をした。
「咲、早くこっちに来なさい。
料理が冷めてしまう。」
その温かな声に、やっと森さんの顔を見る。
彼は呆れたような笑顔を浮かべている。
いつも通りの、森さんだ。
「あ、あの、その・・・」
謝罪に感謝に・・・言わねばならぬ言葉は沢山あるのに、口をついてでるのは意味のない言葉ばかり。
「早くしてください。
ただでさえ遅れぎみなんですから。」
眠たげな顔の菱田さんも、いつも通りだ。
「す、すみません。」
「ゆっくりでいいですから。」
フミさんはやはりくすくすと笑いながら私を支えて所定の席まで連れていってくれた。
目の前には湯気をたてる焼き魚と白ご飯、味噌汁、ホウレン草のお浸し。
その向こうに食事に手をつけずに待つ二人。
私が席についたことを確認するとどちらともなく手を合わせたので、私も倣う。
「いただきます。」
三人の声が揃った。
フミさんがにこやかに眺める。
つい1週間ほど前までの日常が、戻ってきた。
私もいつも通りお茶碗を左手にもち、鮭魚に箸をつける。
「鴎外さんに聞きました。」
菱田さんがポツリと言った。
「病気のこと。」
「えっ・・・」
私は目をこぼれんばかりに見開いて、菱田さんを見る。
彼は淡々と食事をしていた。
「・・・正直なところ、おかしいとは思っていました。」
彼の前に並ぶ食事は薄味だ。
タンパク質制限のため、魚も小振りである。
腎臓が悪い彼のための、食事だ。
「けれど怖かった。」
それはそうだろう。
彼は画家生命を絶たれるだけでなく、命までも失うのだから。
「でも森さんに言われたんです。
菱田さんが珍しく微笑んでいる。
「貴方が私を助けるために必死になってくれていると知りました。
そしてその知識は、陸軍一等軍医である森さんにも勝ると言う。」
森さんも隣で深く頷いた。
「貴女がその病の知識はあるのに自身の記憶がないと言うのは大変不可解ですが、森さん曰く・・・」
「菱田春草は生きるべしと、神はおっしゃっているに違いない。」
言葉を引き継いで、森さんは不敵に微笑んだ。
菱田さんは溜め息をついた。
彼が神を信じているか否かはさておき、私の心に安堵が広がる。
自分にはなかった居場所が、与えられた安心感だ。
「そして、私に自由にせよとおっしゃっているに違いない。」
付け加えられた言葉に思わず笑う。
菱田さんも、呆れたように笑っている。
目の前の彼らは、私が未来で知っている偉人とは、本当に異なる。
正に鮮やかで、生き生きと笑っているのだ。
(ここにいる彼らは、別人なんだ。)
ふとそう思った。
彼らはあの森鴎外とあの菱田春草ではない。
この森鴎外は結婚することなく自由に物語を書き、医学を進歩させるかもしれない。
この菱田春草は病に打ち勝ち、長い生涯絵を描き続けたかもしれない。
そのために、私がここにいるのであれば。
「私・・・頑張ります。
ですからこれからも、よろしくお願いします。」
私は深く頭を下げる。
そう言うのは簡単で、でも心を決めてしまえば進む方向は明らかだ。
「こちらこそよろしくお願いします。」
「うむ、僕もよろしく頼むよ。」
温かな朝の日差しは眩しく、そして明るい。
いつも通りの朝