現在の連載では主人公同士が関わることはありませんが、今後関わりが出てくるため、各々の主人公で名前変換ができるようにしてあります。
示された道を歩めぬ私
名前変換
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フミさんによばれて玄関へと向かう。
今日はお客様が来られて挨拶の必要があるから、身支度をして部屋で待っておくように言われていたのだ。
誰に紹介するのか、なぜ紹介するのか、食い下がっても教えてくれることはなかった。
降りてきてみればそこには上品なフミさんよりも年上の女性がいて、今から帰るところのようだった。
「叔母さん、最後にご紹介します。
彼女が僕の婚約者です。」
ナチュラルに出てきた言葉に、ちょっとまて、と突っ込みたい。
確かに昼に叔母さんのことは聞いていた。
彼女が結婚相手を躍起になって探していることは菱田さんの証言からも明らかだった。
森さんのきまぐれや、私をからかうための話ではない。
また森さんが困っていることも分かっている。
だが、問題は、だ。
私で間に合うはずがない。
私と森さんがつり合うはずがないのだ。
ほら、叔母さんも目を丸くしているではないか。
そもそも見た目がこの時代に似つかわしくない。
「い、いつ出会ったのです?」
「私がもう長いことも恋焦がれていたのに、この子は私に見向きもしなくてね。
ここまで来るのに苦労したのです。」
大きな手が、髪に触れ、掬い上げて口づける。
短い髪なのだ、頭皮にまで森さんの息がかかって思わず顔が赤くなる。
それにしても良くもまぁそんな嘘が口からすらすら出てくるものだ。
「ということで、見合いの話はこれからは結構です。
今までご心配おかけしました。」
「ま、待ちなさい。
詳しいことを聞かないと・・・」
了承できない、ということだろう。
全くだ。
叔母さんは森さんの性格をよく分かっていると思う。
今までこの甘いマスクで多くの人を無邪気にだましてきたに違いない。
「それはまたの機会に。
彼女は今度鹿鳴館で開催される美人コンテストにも出場しますから、そちらの方もぜひご覧ください。」
・・・は?
と、言いかけたのを慌てて飲み込む。
ここで言ってしまっては全て終わりだ。
(言わなくても終わりな気はするけど!)
その時ちょうど外で物音がした。
続いて俥が到着した旨の声がかけられる。
「では、お気をつけて。」
森さんが早く帰るように暗に促す。
「・・・お気をつけて。」
私も流石に口を開かないわけにもいかなくて、同じ言葉を繰り返した。
叔母さんはうろたえながらも、玄関から出て行った。
ぱたん、と扉が閉まる。
妙な沈黙が玄関に流れた。
「・・・ひとつ聞いてもいいですか?」
「なんだい?」
「聞き間違いでしょうか。」
「フィアンセの件かい?
心配いらないよ、仮面婚約だ。」
「仮面婚約?」
仮面夫婦だの偽装結婚だのは聞くが、仮面婚約だなんて始めて聞く。
というか、普通何の得にもならないからしないのだろう。
目の前のこの男を除いて。
「言っただろう?
まだ結婚するつもりはなくてね。
叔母さんにも悪いから、お気遣いいただかなくても良いようにさせていただこうと思ったのだ。」
「それで騙すなんて・・・ばれたらどうするんです?」
「それは困るね、上手くやってくれたまえ。」
「いや、上手く行く可能性の方が明らかに低いです。」
「だから今度鹿鳴館で開かれる美人コンテストに出てもらおうと思っているのだよ。
君が怪しいものではないと証明するのに持ってこいだ。
きちんとした教育を受けた美人だということが分かれば、こっちのもの。
叔母さんも安心して、これ以上私に見合いを勧めることはなくなるだろう。
実にすばらしい。」
彼はとろけそうな笑顔を見せた。
人がよさそうな振りをしておいて、この男、なかなか腹が黒い。
あれだけの肩書を持つ男なだけある。
相当の切れ者策士だ。
「申し訳ないね、私はもう少し自由の身でいたいのだ。
どうしても家庭を持つ気にはなれなくてね。」
(記憶喪失が治るまで、とは何とも都合がいい話だ。
・・・お互いにとって、か。)
私の記憶が戻るまで、彼が新しい恋に出会わない補償などないのに。
もしそうなれば、彼は私を切り捨てるのかもしれない。
頭が切れる人の心の内など、凡人には分かりはしないものだ。
(まぁ今はそれよりも、本を書いたり研究したりする方が楽しそうだから気にしなくても良さそうではあるが。)
頭がいいのか悪いのか、後先考えているのかいないのか、よくわからない。
だが怪しい私のような人間をとどめておいて、衣食住を提供してくれる人など、きっとほかにはありえない。
(互いに利益があれば、協力することができる。
・・・が。)
問題はある。
「私には美人コンテストに出場してまともにわたりあえるとは思えません。」
「おや、なぜだい?」
「何故って・・・
礼儀作法に振舞い、何もかもが欠けています。
常識すら分かっていません。」
この家から一歩出てやっていけるとは到底思えない。
「何を言うんだい、子猫ちゃん。
そんなもの今から覚えればいい。」
これだから天才は困る。
出来ることと出来ないことがあることをわかっちゃいない。
「今からって・・・そんな付け焼刃で何とかならないですよ。
美人コンテストですよね?
今の美人女性に大切な決定的要素である長い綺麗な髪っていうのが、まず満たされていません。」
「先進的な女性という意味では非常に良いと思うよ。
医療に従事しているのだ、そのくらいの意気込みがあってこそ、真の美人と言えるのではないだろうか。」
「そんな理屈が通じますか。」
「この理屈が分からないなんて、そんなの時代遅れではないか。
審査員はきっと分かってくれるに違いない。」
「森さんの感覚は世間一般の先進的以上に進んでいるようにお見受けしますが。」
「何を言う。
そんな甘いことばかり言っているとあっという間に海外の列強の餌食になるぞ。」
「海外から見習うべきこともありますが、他国に合わせることばかりが賢い選択だとは思いません。
国内の守るべき文化が衰退していくのを御存じないんですか?」
口論はヒートアップするばかりだ。
結論が見えない。
むしろ論点がズレにズレている。
「なんですか、全く。
もう良い時間ですよ。」
その口論を停戦に持ち込んだのは、部屋からにゅっと顔をだした菱田さんだった。
その後ろから不安げにちらちらと動く着物の袖が見えて、フミさんにも心配をかけてしまったと反省する。
「菱田さん、森さんが美人コンテストに出ろというんです。」
私はその寝ぼけ眼にここぞとばかりに訴えかける。
「はぁ。」
なんですか、と聞いたわりに気のない返事だ。
「無理だと思いませんか?」
「さぁ。」
さらに、気のない返事。
「ほら、菱田さんだって、無理だっていってます。」
振り返って森さんに訴える。
「さぁと言っただけではないか。」
「あれは否定するのが心苦しいだけですよ。」
「そんなことはないけど。」
やる気のない声がして、私は驚き、今度は菱田さんの方に振り返る。
けだるげな姿、目をこすっている。
この人はいつもそうだ。
だるそうで、疲れ目をこすっている。
視力も低いんじゃないだろうか。
(だから、コンテストに出られるなんて思うんじゃないか・・・?)
思わず不躾にもそんなことを思ってしまった。
「良いんじゃないですか。」
菱田さんが笑っていた。
ちょっと意地悪な笑顔だけど、楽しそうに。
珍しい。
彼は絵以外には興味はないと言っていたのに。
(案外森さんのことは大切に思っているようには見えるけど。)
彼も少しずつ私を居候として認めてくれているのだろうか。
こんな認められ方は良いのか悪いのかわからないけれど。
困ったことに味方はこれでいなくなってしまった。
「春草がいうなら、良いだろう?」
森さんの笑顔に、白旗を上げたのは私だった。
「・・・わかりました、出来る限りのことはしてみましょう。」
まさかのまさか