現在の連載では主人公同士が関わることはありませんが、今後関わりが出てくるため、各々の主人公で名前変換ができるようにしてあります。
夢を諦めきれない私
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気づけば正午になっていて、慌てて掃除用具を片づけ、転がるように部屋に駆けこむと、姐さんは呆れたようにため息をついた。
「ったく、世話が焼ける子だねぇ。」
はぁはぁと荒い息をして座り込む私。
取りだした手ぬぐいをもって私の前に座ると、ごしごしと私の頬をこすった。
「煤がついてるよ、全く。」
「えっ!
すみません。」
「全く。
また全力で掃除してたね?」
「あ、いえ、そんなことは・・・。」
「あたしの目を見て同じことがいえるかい?」
「・・・全力でやればもっと綺麗になります。」
「ほら言わんこっちゃない!
あんたって子は。」
ため息をつくと、姐さんは私の手を引いて立ち上がる。
「昼、まだだろう?
外で蕎麦でも食うか。」
「でも私、まだお金持ってなくて・・・。」
「馬鹿だねぇ。
奢ってあげるって言ってんだ。
黙ってついてきな。」
姐さんは本当に男前だ。
格好良すぎる。
「は、はい!」
だから、どこまでもついていきたくなってしまうのだ。
赤い艶やかな着物の背中は、どこまでも自分とは違って見える。
そんな私を気にしてくれる姐さんに、感極まってしまって。
「姐さん!!」
思わず抱きつけば、まったく、と言いつつもよしよしと頭を撫でてくれる。
大きな手が心地よい。
「今日紹介したい奴なんだけどね、実は作家なんだ。
それもこの世のものとは思えないような突飛な話や、物の怪の話なんかを書いている。
あたしの自慢の作家でね。
そこでひとつ、花に頼みがあるんだ。」
だから、そんなふうに言われたら、断れるはずなんてなかった。
姐さんが自慢するような作家さんなんて、きっとすごい人なんだろうな。
ずるずるとお蕎麦をいただく。
いい香りがする。
出汁もなかなか。
姐さんの一押しなのだ。
おいしくないはずがない。
私はごくりとお蕎麦を飲み込んで、ため息をついた。
「おいしいです・・・。」
「そうかい、よかったねぇ。」
隣で姐さんが呆れたように笑っている。
姐さんがおごってくれるだけで、お蕎麦は何倍もおいしくなってしまう。
もう一口、ずるずるずる・・・たまらない。
「何か用?」
突然不機嫌な声が降ってきて、私は驚いて顔を上げた。
私に言われているのかと思ったが、声の主の顔は姐さんに向いている。
赤い髪のまだ私と大して歳も変わらない、可愛らしい雰囲気の・・・たぶん男の子だ。
「待ってたよ。
こっちにきな。
連れを紹介するよ!」
姐さんは自分の隣の席を示す。
私の姐さんは机を挟んで座っていたから、その姐さんの隣の席だと自然と彼は視界に入る。
(紹介したいって言っていたのは、この子のこと?)
きっ、と睨むような目で彼は私を見た。
睨まれても怖くないのは、彼の人柄なのだろうか。
だとすれば得しているのか損しているのか分からない。
もぐもぐしているのも失礼だろうと、慌てて口に入っていたお蕎麦を飲み込む。
「泉鏡花ちゃん。
この若さでもう劇作家さ。」
「あ、あれはあんたが勝手に上演したんだろ!」
「硬いこと言わない。
あんたも名前が売れて良かったじゃないか。」
「良くない!」
若いのに、すごい。
・・・というか、泉鏡花という名前、聞き覚えがある。
ぼんやりと、だけれど。
ーそれから実はね、ちょっと失敗しちゃって、君を明治時代の東京に連れてきちゃったんだよ。ー
チャーリーさんの言葉がふと蘇る。
(そうだ、たしか国語の文学史!)
泉鏡花作 高野聖
と、暗記した。
テストに出た。
あれだ、「作家名と作品名を線でつなぎなさい」ってやつ。
(すごい人に会ってしまった・・・。
敵多そうな雰囲気だけど。)
たいてい天才って言うのは変わっているものだ、と昔どこかで聞いた気がする。
「鏡花ちゃん昼は食べたかい?」
「ああ、当たり前だろ。
だからこんなところくる必要ないんだ!
っていうか鏡花ちゃんって呼ぶな!」
よくわからないがまた睨まれてしまった。
前言撤回。
たぶんかなりかわいがられる口だろうな。
「まぁとにかく落ち着きなって。
きっと鏡花ちゃんも喜ぶ面白い話だからさぁ。」
姐さんがにやりと笑った。
「この子、桃乃花。
野良犬にいじめられていたのを拾ったんだ。」
「確かに子犬程度の子かもしれないけど、拾うものもっと考えろよ!」
泉さんの突っ込みは的確だと思う。
「それがとんだ拾いもので、記憶喪失だったんだ。」
泉さんは胡散臭げに私を見る。
「は?」
「着物の着方が分からないくらい、ね。
名前は覚えているみたいだけど、ここらのことも全然わかっちゃいない。」
「本当に?」
「どうやらね。
そしてもうひとつ驚いたことに・・・。」
姐さんは声をひそめた。
泉さんは自然と姐さんの話に聞き入っていて、少し身を乗り出している。
「・・・あんたの作品のために言うんだからね、他言無用だよ。」
「わかったよ!
で、なんなの?」
「驚くんじゃないよ。
この子、花は、どうやら未来から来たらしいんだ。」
泉さんの目がくわっと見開かれる。
「記憶喪失・・・未来・・・。」
何かを考えているみたいだ。
「これを種にして、ひとつ戯曲を書いとくれよ。」
今度は眉がぴくっと動いた。
「い、今はもうすぐ完成しそうな作品に手いっぱいなんだ!」
「だからそれが終わってからでいいって言っているだろう?」
「そんなすぐに終わるわけないだろ!
簡単に言うなよ!
しかも川上にもらったネタで書くなんて、まっぴらごめんだ!」
そういいながらも私の方をちらちら見ている。
(この人、もしかして強烈な天邪鬼?)
本当はこれをネタに書きたいんだろうなぁと思う。
「鏡花ちゃんだから言ってんだろう?
お前の幻想的な作風にはぴったりじゃないか。」
「うるさい!
書いてもお前には絶対に渡さないからな!」
なんやかんやいいつつ、書く方向に流されている気がする。
(・・・この人、もしかして単純・・・?)
かわいい性格しているなぁと思う。
「もういい!
帰る!」
すくっと立ち上がるとぱたぱたと店から出て行ってしまう。
「またあとでねぇ!」
姐さんは嬉しそうに笑って手を振った。
「鏡花ちゃんはね、あんなんだからこそ信用できる男なんだ。
作品のことばかり考えているから、あんたに悪いようにはしないよ。」
姐さんは私に優しく微笑んだ。
「はい、少しでもお役に立てたならうれしいです。」
「まったく、うちの犬コロはよく出来た犬だ。」
机の向こうから伸びてきた手が、つんと私のおでこを突いた。
それだけでなんだか嬉しくて、えへへと笑ってしまう。
「そういえば、またあとで会われるんですか?」
別れ際の挨拶を思い出して尋ねると、姐さんは綺麗にウインクした。
様になりすぎている。
私はもう心を奪われてしまった。
(・・・何度目かな。)
「あんたもね。」
「え?」
きょとんとする私を、姐さんは楽しげに笑った。
「早く食べちゃいな。
伸びるよ。」
言われて慌てて残りのお蕎麦をすする。
そんな私を綺麗な笑顔を浮かべて見る姐さん。
(ずぅっと姐さんの傍にいたいなぁ・・・)
この安心感は、記憶を失った私にはオアシスのようなものだ。
そんな姐さんが期待する作家さんに、悪い人はいないし、きっと本当に天才だ。
(そして実際、未来でもしっかり名前も作品も残っているしね。)
「泉さんは、お話書いてくださるんでしょうか。」
「ありゃ書くね。
帰ってすぐに構成でもしてるんじゃないかい?」
くすくす笑う。
私もつられて笑ってしまう。
確かにあの泉さんならしているかもしれない。
変人の天才
