現在の連載では主人公同士が関わることはありませんが、今後関わりが出てくるため、各々の主人公で名前変換ができるようにしてあります。
引き留められてしまった私
名前変換※注意
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へろへろになるまで戦ったころ、ようやく怨霊の数が減った。
日が昇るのも近いからだろう。
「・・・歳さん、どうする・・・?」
刀に問いかける。
ーなに心配してやがる。
てめぇが気にすることじゃねぇ。ー
そうは言われても、戦っているうちに不思議と刀から伝わってくるのだ。
やるせない気持ちも、戸惑いも、苦しみも、悔しさも、そして、懐かしさも。
刀から目を離す。
歳さんが刀から離れたからだ。
ふわふわと飛ぶ歳さんの気配に、藤田さんが振り返る。
藤田さんはサーベルに映った顔を見て、目を見開く。
そして歳さんの居る場所に目を向けた。
しかしその目は、歳さんを捕えているけれど、宙に浮いたままだ。
そう、彼は気配を感じているし、サーベルに映る姿を見ることはできる。
でも、物の怪本体を見る力があるわけではない。
歳さんは藤田さんのサーベルの刀身に触れた。
すると、藤田さんが更に目を大きく見開いた。
どうやら彼の眼にも本体が見えるようになったらしい。
「ほぉ。
こりゃ便利なもんだなぁ。」
歳さんの顔は、こわばっていた。
「藤田とは・・・斎藤。
てめぇのことだったか。」
なんだろう。
どこか嬉しそうなのに、辛そうなこの表情。
「・・・副長。」
藤田さんもそれを言うのがやっとだった。
「参ったな。
てめぇにこんなザマ見られるとは。」
歳さんは自嘲する。
それがどこか痛い。
「いえ、自分は・・・。」
目をそらす藤田さんも、痛い。
「構わん。
こいつを救ってくれたんだ、礼を言おう。」
「そんな!」
それから2人の間に沈黙が降りる。
もうすぐ朝日が昇る。
歳さんが透けていく。
なんだろう。
こんな再会は、きっとあってはならなかったんだ。
部外者の私にもそれだけは分かる。
そして私が口を出せるような状況ではないことも。
「よく生きていたな。」
歳さんは静か微笑んだ。
藤田さんは静かに首を振り、歳さんが光になる姿から、目をそらしていた。
歳さんは、しかたねぇな、と言いたげな顔をして、藤田さんを見ている。
その様子に、本当に上司と部下だったんだ、と確信する。
ただ、上司は怨霊になってしまったけれど。
歳さんは優しい顔で藤田さんを見たまま、消えて行った。
「お前を妖邏課預かりから、妖邏課所属に変更する。」
唐突にかけられた声に、私ははっとする。
藤田さんはゆっくりと刀を下ろした。
長い髪に隠されて、彼の表情は見えないが、俯いていることだけは分かる。
木立の間に日が差し、何事もなかったかのように鳥が鳴く。
朝が、来た。
日の光が藤田さんの髪を照らすと、顔の影が濃くなって、余計に見えない。
でも、深い緑色の髪はきらきらと艶やかで、触れてはいけない神聖なものに見えた。
「・・・あの・・・どういうことですか?」
俯いたままの彼に問う。
「これだけ毎晩派手にやられるこっちのことも考えろ。
独りで毎晩戦うこともできん。
お前が喰われるのは構わんが・・・。」
彼はそこで言葉を切った。
続けたかった言葉は、何となくわかる気がする。
でも、それを言わない気持ちも、また何となくわかる気がする。
藤田さんはすっと視線をあげた。
その顔に、感情は見えない。
ただいつもの涼しげな、でも少し渋い、あの顔だ。
「これだけ怨霊がいまだに蔓延っていることが分かっただけでも大きな収穫だ。
お前が居れば、駆逐も早い。」
エサという名目助けてくれるのか、助ける名目でエサにするのか。
どちらにせよ、有難いことだ。
「副長には今夜許しを願おう。」
「願うって、歳さんに?
私に聞くべきじゃないの?」
分かっていた。
分かっていて軽口を叩いた。
彼は私を見ていない。
彼が見ているのは、ただ、一人。
「お前に選択権はない。
保護されるだけありがたく思え。」
呆れたように、藤田さんが眉を寄せ、サーベルをしまった。
だから私も、何事もなかったかのように笑って、兼定をしまう。
「そうですね。
ありがとうございます。」
朝日を受ける深緑の髪は美しい。
その美しさは歳さんと共存することはなく、それはひどく残酷だった。
広い公園のようなそこは、妖邏課に併設される訓練場だと、藤田さんは言った。
怨霊と戦うための鍛錬をする場だと。
今、その訓練場は、地獄絵図と化していた。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
奇声を上げた藤田さんの部下の腹に、私が拳を叩きこみ、藤田が兼定を叩き落とす。
甲高い音を立てて兼定は転がった。
気を失った部下は、白くなりかけた髪が徐々に戻って行っている。
私は何ともないのに、本当に恐ろしい刀だ、と思う。
一体何がこれほどまでに人を狂わせるのだろうと、鳥肌が立つほど。
私達を守るように、たくさんの藤田さんの部下達が、歳さんに吸い寄せられた怨霊と戦っている。
「言ったろ。
無理だ、てめぇの部下は腑抜けだからな。」
歳さんが転がったままの兼定の上で笑う。
怨霊が見える部下のうちひとりが不服そうな顔で歳さんを見、反論しようと口を開く。
若く血気盛んな若い男だ。
私と同い年くらいかもしれない。
でも、それが命取りだと、彼はまだ分かっていないらしい。
歳さんへ顔を向けた彼を後ろから襲う怨霊を蹴り飛ばす。
彼はそのようやく自分が守られたことに気づいたらしい。
そのままの勢いで私は兼定を拾い上げ、怨霊が再び襲いかかる前に止めを刺した。
様子を眺めていた歳さんが呆れたようにため息をついた。
「だから言ってんだ。
何人やっても無駄だ。
悪ぃな。」
「これで今日試せる奴は全てか。」
藤田さんは呟いた。
噛みあわない会話が悲しい。
歳さんは藤田さんの刀に触れない限り、声を聞かせることも叶わないのだ。
歳さんはため息をついてから藤田さんの刀に触れた。
「無理だ。
俺の目に狂いはねぇようだ。
あいつにしかこいつは扱えねぇ。」
私は藤田さんの部下の助太刀をしながら、話に耳を傾ける。
「これだけの怨霊が、江戸にははびこっているっていうのか。」
「東京に、なりましたが。」
どこか硬い返事は、自分たちの血濡れた過去を思っているからだろう。
「俺達は、一体何をしたんだろうな。」
歳さんの呟きは、ひどく痛い。
「・・・我々、は・・・」
「悪ぃ、無意味なことを言っちまった。
さぁて、お前が見つかったんだ。
話が早い。
兼定をどっかに捨てるか、こいつを据え置いて江戸・・・じゃねぇ、東京の怨霊を駆逐するか。」
「もちろん、後者を。」
のんびりとあの人たちは何を話しているのか、と思う。
本当に私の存在を忘れてくれる。
これだけ命を張って尽くしているのに、だ。
何とも複雑な心境ではあるが、久しぶりに再会ができたと言うことで、大目に見てやろう。
2人の前に大きな怨霊が立つ。
藤田さんはサーベルを構えた。
だから、彼が斬る前に、私が一刀両断してやった。
「私が怨霊を払いますよ。」
「あ?」
これだけの実力を示してなお、彼らは理解していない。
「藤田さんの傍で。
だから歳さんとは離れ離れにならないから、寂しくないですよ。」
「っなにをっ!」
ちらりと振り返れば、藤田さんの頬が赤い。
あーらかわいい、と言えば流石にサーベルを抜かれてしまいそうなので、黙っておく。
「それにこれ、私以外が持てないのに、どうやって扱うつもりですか。」
呆れたように言う私に、歳さんは首を振った。
「無関係なてめぇを、出来れば巻き込みたくはねぇ。」
「何言ってるんですか。
袖振り合うも多生の縁。
どうせ居場所もないんです。
衣食住そろえてくださればそのくらいお安い御用です。
そっちも悪い話じゃないでしょ?」
それに、と私は笑った。
「この兼定、気に入りました。
もうしばらく使いたい。」
惹かれあうもの