現在の連載では主人公同士が関わることはありませんが、今後関わりが出てくるため、各々の主人公で名前変換ができるようにしてあります。
引き留められてしまった私
名前変換※注意
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
例の女のこともあるので、少し早めに、日の出前に家に帰るつもりだったが、ぎりぎりになってしまった。
空がずいぶん白んでいる。
鍵をあけ、中に入るが何やら様子がおかしい。
布団を敷いた後も、料理の後もみられず、開け放された部屋には誰もいない。
(やはりあの女、嘘をついていたか。)
そう思いつつも部屋に吹き込んでいる木の葉に首をかしげながら庭へ向かう。
そして見えたものに目を疑った。
「おいっ!」
荒れた庭の真ん中で、兼定を右手に握ったまま足から血を流す女が庭に倒れていた。
慌てて抱き起こそうとして、
バチッ
電撃のようなものが触れようとした指先から伝わって来たので、手を引っ込める。
兼定が朝陽の橙がかった光の中で確かに蒼く燃えている。
(怨霊に警戒されている・・・?)
しかし傷の手当てをしなければどうしようもない。
怨霊も後いくばくかしかこの世にはおられないはずだ。
もう朝日がこれだけ昇っている。
案の定、蒼い炎は力尽きた様にゆらゆらと消えて行った。
それを見届けるとそっと女に触れる。
もう何ともない。
息はあるようだが、傷だらけだ。
(何があった?)
急いで室内に運び、傷を確認する。
気になるのはのは腿の傷だ。
比較的浅いから命に別条はないだろうが、物の怪の仕業なら毒が入っている可能性もあるし、ただの傷にしても発熱の恐れもある。
(医者だ。)
布団に横たわらせると立ちあがった。
高いところから見下ろした彼女は確かに小さな女だった。
だが、気づいていた。
これだけ戦って、これだけの傷を負っているにもかかわらず、彼女の背中には掠り傷さえない。
布団に広がる艶やかな黒髪、通った鼻筋、長い睫毛。
その姿が、心をチクリと刺す。
(・・・生意気な女だ。)
遠い昔に失った誰かを思い、そのあどけない寝顔に背を向けた。
重い瞼をあけると、綺麗な人がいた。
歳さんも綺麗だけど、この人も男の人と思えないくらい綺麗だ。
「・・・分かるか。」
「藤田さん・・・。」
数秒後、私は跳び起きた。
左足にキリリとした痛みがある。
「急に動くな。
傷が開く。」
「怨霊達は?」
「・・・何のことだ?」
藤田さんの眉間にしわが寄る。
「今何時ですか?」
「昼だ。」
「じゃあ、大丈夫だ・・・。」
そう思うと一気に力が抜けて、ぱたんと布団に倒れ込む。
「・・・昨夜、何があった?」
「大したことはないですよ。」
「かかりつけの医者が言っていた。
刀傷だとな。
しかも傷に毒が残っていた。
物の怪が使う毒だ。」
この時代はなんだかよくわからない。
どうやってそんなこと分かったんだろう。
「本当に記憶がないのか?」
「本当にないですよ。
あったらもっと楽だったでしょうね。」
藤田さんは黙ってしまった。
「・・・すみません。」
私は呟く。
「迷惑はかけませんから。」
「・・・そうか。」
藤田さんは呟くと腰を上げた。
「昼過ぎに医者がもう一度来ると言っていた。
それまで休め。」
「あの、藤田さんは。」
確か彼も一晩仕事だったはずだ。
なのにこうして昼の今も私の隣でじっと座っている。
「俺も隣の部屋で休む。」
立ちあがった背中に、深い緑色の髪が流れた。
彼が戦う時には、この緑が美しく舞うのだろうと、ふと思った。
「私は医者で松本良順という。」
優しそうな医者はそう言った。
「手当てしていただいて、ありがとうございます。」
「藤田警部補の頼みとあらば、このくらい。」
ふと松本先生は私の枕元に目を止めた。
「・・・まさか兼定?」
「御存じなんですか?」
なぜ藤田さんといい、松本先生と言い、兼定を知っているのか。
そんなに有名な刀なのだろうか。
「知っているも何も・・・
どこでこれを?」
「とある方から預かっているんです。」
「・・・言えるような簡単な話ではないということだな。」
「申し訳ありません。」
「気にするな。
預けたのは誰であろうな。
考えるだけでも懐かしい。」
私は首をかしげる。
「懐かしい、とは。」
「私は土方さんのお供として、会津まで行った身。
誰に預けられていようと、私にとっては懐かしい者以外の何物でもない。」
「土方、さん・・・?」
「兼定の持ち主である土方歳三、つまり新撰組の副隊長の名だが・・・
まさか、なにも聞かされておらんのか?」
「・・・知られたくない様子でしたので。」
松本先生は目を見開いた後、楽しげに笑った。
「久しぶりだ。
これほどまでに人に対して誠を貫こうとするお人に会うのは。
その上背中には掠り傷ひとつないときた。
・・・水野満殿と申されたか。」
「はい。」
「ひとつだけ申しておこう。
藤田警部補は信用なされ。
決してそなたを悪いようにはせん。
彼もこの刀とともに命をささげた身。
感謝こそすれ、恨みなど在りようがない。
心配いらんよ。」
「・・・先生、話しすぎです。」
隣の部屋から無愛想な声と共に藤田さんが顔を出した。
寝間着に着換えることもなく起きているのは、私の傷のせいだ。
お仕事も忙しいだろうに申し訳ない。
「まぁ後は2人で仲良くされるがよい。」
ほっほっほ、と楽しそうに笑いながら松本先生は去って行った。
仲良くって?