現在の連載では主人公同士が関わることはありませんが、今後関わりが出てくるため、各々の主人公で名前変換ができるようにしてあります。
引き留められてしまった私
名前変換※注意
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改めて私は口を開いた。
「あの・・・さっき、住所を言えなかったのは、住所を覚えていないから、なんです。」
「ほう。」
藤田さんは顎をさすりながら頷く。
再び彼の憎さがぶり返すが、我慢我慢。
「住所はきっとあるんです。
ただ、記憶がないというか。」
涼やかな柳眉がひそめられる。
「昨夜気づいたらさっきの公園の近くで変な人に襲われていたんです。」
「どんな人だ?」
聞いてくれるだけありがたいというところ。
渋い藤田さんに、私は仕方なくありのままを話すことにした。
ここで嘘をつけるほど、私の頭は良くない。
「信じてもらえないかもしれないんですが、鬼、というか・・・。
白い髪に赤い目、角を額から生やした男でした。」
藤田さんは目を見開く。
それに今度は私が驚く。
馬鹿にして鼻で笑われるだろうと思っていたからだ。
「それは人というより物の怪だろう。
それで、どうしたんだ?」
どうやら信じてくれているらしい。
その上、物の怪とさらりと言ってしまう藤田さんがちょっと不思議だ。
意外で、しばらく言葉を忘れてしまうくらいに。
「・・・えっと・・・とりあえず落ちていた傘で戦って、気絶させたら、人に戻りました。
でも私自身それから前の記憶がなくて・・・。」
藤田さんは立ちあがって近くの書類の束を繰る。
「今朝、一人の男が日比谷公園で倒れているのが見つかっている。
まさかこの男か。」
「・・・すみません、たぶん・・・。」
藤田さんは難しい顔をして、戻ってきて座った。
「兼定を持っていたのではないのか?」
「いえ、この兼定は・・・。」
私は少し迷ってから口を開く。
藤田さんなら、馬鹿にしたり、気持ち悪がったりせずに、信じてくれそうだと思ったから。
「その鬼が持っていたんです。
この刀は、怨霊が取り憑いているんです。
その怨霊が言うには、この刀を持ってしまった人は鬼・・・羅殺になってしまう。」
藤田さんはまるで睨むように私を見た。
(疑われている・・・。)
その視線はまるで突き刺さるように、私の心を見透かそうとするかのように、私を捕えて離さない。
嘘だと思われても仕方がない話だ。
でも、本当の話。
(大丈夫、この人は信じてくれるはずだ。)
刀を大切にする人に、真偽が見分けられぬはずがない。
でなければ、斬るべきものを見失ってしまう。
昔誰かがそう教えてくれた気がする。
「・・・その怨霊と、話をしたのだな。
刀をお前に預けたのもその怨霊か。」
私はひとつ頷いた。
「その怨霊は、何という名だ?」
またあの鋭い目が私を射抜く。
この人はきっと、刀を抜くときもこんな顔をするんだろう。
「その人は、名乗るような名はないと言っていました。」
私は預けた人の名前を問われた時と同じ答えを告げた。
歳さん、と言ってもいいのかもしれないが、それを告げるのは少しはばかられる。
彼は名乗りたがらなかった。
それなのに勝手に告げてしまうのは、少し心苦しい。
それがたとえ偽名だったとしても。
藤田さんは何か考え込んでいるようだ。
今日何度目かの沈黙を遮ったのは、またしても私のお腹の音だった。
食べかけのおにぎりから目をそらし、私は何事もなかったかのように窓の外を見る。
呆れたようなため息が聞こえた。
「食え。」
私は顔が真っ赤になるのを感じる。
恥ずかしい、恥ずかしすぎる。
「・・・か、かたじけない。」
諦めておにぎりを口に運ぶ。
やっぱりとてもおいしい。
塩加減がたまらない。
食べ終わるまでは待つと決めたのか、藤田さんは書類をぱらぱらとみて、私の方は見ないでいてくれる。
その優しさが、少しだけ憎い。
私はようやくお腹が満たされ、お茶を飲んで、そして声をかけた。
「すみません、御馳走様でした。」
窓からは西日が射しこんでいる。
藤田さんは私の目をじっと見た。
「今夜、その怨霊に会えるのか。」
彼は歳さんに何を期待しているのだろう。
ー俺は殺されたはずだった。ー
歳さんはそう言っていた。
そんな彼は怨霊になったのだと。
藤田さんと、この兼定は、いや、もしかしたら歳さんは、一体どこで関わりがあるのだろう。
(生前友達だったとか?)
「分かりませんが、明るい間は会えないと聞いただけなので、たぶん。」
私の答えに、すっと視線をはずした。
伏せられた瞳に、長いまつげが影を落とす。
綺麗な人だ、と思う。
「そうか。」
藤田さんはこれでこの話は終わり、とでも言いたげに、ため息をついた。
「鬼に襲われた衝撃で記憶がなくなるとは・・・。
その上魂依か。」
低い声が、暗くなり始めた取調室に響く。
記憶については都合よく勘違いしてくれたようだ。
「タマヨリ・・・?」
聞き慣れない言葉に私は首をかしげた。
「お前のように、物の怪を見ることができる者のことを言う。」
「え、私見えませんよ。」
「その刀についている怨霊が見えたのだろう?
羅殺はもともと人であるから一般人にも見えるが、怨霊は魂依でなければ見えない。
そんなことまで忘れたのか?」
「冗談やめてください。」
「こんな常識を冗談と言い、自分の力を信じないお前に、冗談をやめろと言いたい。
・・・記憶喪失とは厄介だな。」
どうやら私は本当に厄介な状態になってしまったらしい。
「そうです、ね・・・。」
藤田さんは顎をさする。
「ここ数日、行方不明の届は出されていない。」
「そうですか・・・。」
出されていても、私には自分かどうかなんて判断できないだろう。
「俺は今から仕事がある。」
そうだ、藤田さんはおまわりさん。
いつまでも私にかかっているわけにはいかないわけで。
「あの、では・・・失礼します。」
私は立ち上がる。
お邪魔しているわけにはいかない。
夜になれば歳さんとも話せるから、また相談もできるだろう。
「行くあてはあるのか。」
「なんとかなります。
兼定もありますし!」
役に立たない怨霊だが、いないよりはましだ。
これからどうしたらいいか、少しくらい智恵を出してくれるだろう。
藤田さんはじっと兼定を見て、それから首を振った。
「その兼定を持つと羅殺になるはずなのに、お前はならない。
つまりお前は兼定に選ばれたのだ。
その兼定がもし俺の知っているものであれば、その刀が選んだお前を追い返すことはできない。」
義理堅い人なのだ、と思う。
刀が本当に自分の知っている兼定かもわからないし、それを私が持っている理由も分からないのに。
「俺は所属上、夜の仕事が多い。」
私が首をかしげると、続けて面倒くさそうに口を開いた。
「・・・妖邏課という、化けの神を生み出す能力のある者や物の怪を監視、それに関する事件の処理が仕事だ。」
「そんなお仕事があるんですか。」
驚く私を藤田さんは睨みつけた。
「・・・すみません。」
「とにかく、夜は家に帰らない。
・・・俺の家でお前をあずかろう。」
「・・・え?」
「何度も言わせるな、行くぞ。」
この人は、この兼定を信じている。
自分の求めていた兼定だと、分かっているのだろう。
だからきっと、ここまでしてくれるのだ。
(それほどまでに、この兼定が藤田さんにとって大切なものなんだ・・・。)
その点、衣食住を供給するにいたった怨霊の歳さんにも感謝なのかもしれない。
感謝、感謝?