現在の連載では主人公同士が関わることはありませんが、今後関わりが出てくるため、各々の主人公で名前変換ができるようにしてあります。
引き留められてしまった私
名前変換※注意
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おかしい、おかしい、おかしい。
今日はパニックを起こしすぎていると思いながら、私は兼定をぎゅっと握る。
「お前それどこで見つけたんだ?」
「これ、おまわりさんのなんですか?」
「質問しているのは俺だ。」
(偉そうな!)
泥棒のおじさんの事情聴取はあっという間に終わった。
現行犯逮捕なのだ、それもそうだろう。
(それに対してなぜ、私の事情聴取はこんなにも長く苦痛なの?!)
むしろ夜まで待ってもらって、歳さんに全部聞いてほしい。
私も兼定について詳しいわけではない!
「公園です。」
「公園?
日比谷公園か?」
「はい。」
「拾ったのか?」
これ以上突っ込まれると話がややこしくなるが、拾ったとは言えない。
「・・・もらいました。」
「誰にだ?」
ほら来た。
まさかこの刀にとり憑いている歳さんにもらっただなんて言えるはずがない。
「・・・そんなことなんで言わないといけないんですか。
プライバシーの侵害です。」
「ぷら・・・?
とにかく教えろ。」
偉そうにしているくせにプライバシーという言葉を知らないらしい。
明治時代と言うのはやはり本当なのだろう。
自分の無知をを無視して詰め寄るところ、救いようがない。
良い男がか弱い女の子をいじめて恥ずかしくないのかと言ってやりたい。
(残念ながら私はか弱くないけどね!)
「そうやって圧力さえかけたら何でも言うとか思ってるんですか。
訴えますよ。」
「お前ごとき小娘がどこに訴えるのか、見ものだな。」
鼻で笑う男が憎い。
これ以上ないほど憎い。
「では質問を変える。
名前は?」
「・・・水野満です。」
「住所は?」
「名前は会話に必要かもしれませんが、住所は必要ありません。」
「俺は会話をしたいのではない。
これは事情聴取だ。」
もう一度言うが、この男が憎い。
少し渋い顔をしながらも、涼しい顔立ちのこの男が、これ以上ないほど憎い。
「屁理屈並べないでください。
おまわりさんの名前はなんですか?
こちらが名乗ったんですから、そちらも名乗るのが礼儀というものでしょう。
おまわりさんには礼儀は必要ないんですか。」
おまわりさんはため息をついた。
そして目をそらして呟く。
「・・・藤田五郎だ。」
その名前が、どこか心に刺さる。
「藤田、五郎、さん・・・。」
この名前、私は言ったことがある。
体が覚えている、間違いない。
藤田さんは腕を組み直し、私を見た。
「これで満足か。
では改めて聞くが、住所は?」
「藤田さん、この刀のこと、知っているんですか?」
藤田さんの眉間にしわが寄る。
「俺の質問に」
「貴方が気になっているのは兼定でしょう?」
私の言葉に、藤田さんは黙った。
この人は一緒だと思った。
直感でそう思った。
何が一緒なのか分からないけど、感じる。
同じものを、この人は背負っている。
漠然とした直観だけれど、でも私は自分の直感は信じる方なんだ。
(考えるより動くという、根っからの体育系なだけかもしれないけど。)
この人は、兼定を探していた。
そしてその探している動機は、悪いことに使おうとか、そういう感じじゃない。
だってこの人、この兼定が大切なものって言った時、奪ったりしなかった。
きっとこの人も、刀を大切にする人だから・・・
自分にとって大切な刀の、その価値を知っているからだと思った。
(これじゃまるで、私は今までも刀を大切にしてきたみたいだ。)
兼定を握ったとき、不思議としっくりときた。
重さも、手触りも、驚くほどしっくりときた。
(みたいじゃない、きっとしてきたんだ。
そして今度は、この兼定を大切にする。)
これも大切にしないといけないものだと、感じただけだ。
馬鹿みたいなことかもしれないけれど、記憶を失った今、直感を信じるしかないのだ。
しばらくの沈黙の後、口を開いたのは藤田さんだった。
「・・・そうだ、兼定だ。
だからそれを持つお前のことを知りたい。」
深い深い緑色が私を見つめる。
真剣な表情は、やっぱりそうだ、歳さんに似ている。
私に刀を持つようにと差し出した時の、彼の切れ目を思い出させる。
何が思い出させるかと言えば、その気迫というか、そう言うところだ。
刀を握るときに一番大切なことが、よく似ている。
(なんでそんなことを思うんだろう。
まるで私も握ったことがあるみたい。)
剣道ではなかった。
近いものだったけれど、何かが違った。
違うと思っていた。
一緒にされたくないと、プライドを持っていた。
それが似ているのかもしれない、と、ふと思った。
この人も、自分の剣に、プライドを持っている。
(それだけじゃない気もするんだけど。)
私はこの直感を信じる決心をした。
この人は大丈夫。
こんな目をする人は、大丈夫なはずだと。
「私は、この刀をとある人から預けられているんです。」
「それは誰だ?」
「その人は、名乗るような名はないと言っていました。」
藤田さんは黙った。
だから私も黙った。
舞い降りた静寂を遮ったのは、私のお腹の虫だった。
仕方がない、昨夜から、ずうっと何も食べていないのだ。
盛大な音に思わずお腹を押さえるも、藤田さんにも聞こえていたに違いない。
藤田さんは眉をひそめ、それから部屋のドアを開けて出て行ってしまった。
居たたまれない。
穴があったら入りたい。
本当に。
待ち時間が長すぎる。
でも、再び開いたドアに驚いて、肩が跳ねた。
そして彼の手に目が奪われた。
お盆の上にはおにぎりと湯気を立てるお茶。
昼どころではない、朝も抜きのこの状況。
(た、食べたい!!)
私が言葉を発するよりも早く、再びお腹の虫が鳴き、私は顔が赤くなるのを感じた。
藤田さんは素知らぬ顔をして私の前にお盆を置いてくれる。
「あの・・・いいんですか。」
「ああ。」
また頬が熱くなるも、私は頭を下げてから、手を合わせた。
「いただきます。」
そしておにぎりにかじりつく。
「おいしい・・・。」
藤田さんは、いい人だ。
と、思ってしまう私は単純かもしれない。
「実は朝も食べていなくて。」
藤田さんが私をじっと見る。
言ってはならないことを言ってしまった気がする。
何故朝を食べていないのか、その答えは、私が記憶喪失で、帰る家もないからだ。
それはかわいそうに、助けて差し上げよう!となるような甘い世の中か?
答えは否。
疑われるのが当たり前。
藤田さんにとって私はズバリ、不審者。
単純な罠にはまった気がしてならない。
一気に肩の力が抜けてしまった。
ここまでこれだけ気を張ってきたのに、おにぎり一個で自らヒントを与えてしまうとは。
もう取り返しがつかない気がする。
警察に捕まるならそこまでだ。
刀にとりついている歳さんが私を食わしてくれるとは到底思えない。
こうして警察に捕まるか、飢え死にするかがオチだろう。
(早いか遅いかの違いだけ、かな・・・。)
その様子に、藤田さんは私に黙秘の意思がなくなったのを認めたのか、さあ話せと言わんばかりに再び腕を組んで私を見た。
だから私もおにぎりを置いて、改めて藤田さんを見た。
警察に捕まるのも捕まるので、衣食住には困らないかもしれない、と思ってしまうあたり、そろそろ私も限界かもしれない。
逃げられない