現在の連載では主人公同士が関わることはありませんが、今後関わりが出てくるため、各々の主人公で名前変換ができるようにしてあります。
引き留められてしまった私
名前変換※注意
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困った、困った、困った。
何故なのだ。
(何で朝日と共に消えちゃうの?!)
無責任にもほどがある。
記憶喪失の私に刀(それも妖刀だ)を託すだけ託して、
朝日と共に姿が見えない、声が聞こえないなんて。
(やめてよ、歳さん!)
いやいや、まずは落ちつこう、私。
まずは状況を復習だ。
記憶喪失の私は、羅殺というものに追われていた。
この羅殺とは、私が腰にさしている和泉守兼定を持って狂ってしまった人の姿らしい。
公園でなんとかその羅殺になってしまった人を、兼定から離すことに成功。
お兄さんがどこからともなく登場し、事情も知らない私に、兼定を持たせた。
そしてなぜか持っても狂わないことが判明。
ーお兄さんの名前は?ー
ーもうこんな姿じゃ名乗るような名前もねぇ。ー
ーじゃあなんて呼んだらいいの?ー
ーそうだな・・・歳、でいい。ー
ー歳、さん?ー
ーああ。ー
そのくらいまで話した辺りで、朝日が昇ってきて。
ー歳さん、なんでだんだん透けてきているんですか?ー
ーそりゃお前、物の怪は夜しか動けねぇのは常識・・・
そうか、お前記憶喪失だったな。ー
ーちょ、ちょっとまって!
ここはどこなの?
今はいつ?
歳さんは私をどこで見つけたの?ー
ーここは東京日比谷公園。
時は明治23年4月1日。
俺は公園前の道でお前がぼうっと突っ立ってるとこに襲いかかったぜ。ー
ーは?明治?ー
ー年号が分からねぇたぁ重症だな。ー
ーちが、そう言う意味じゃ・・・。ー
ー悪いが、時間だ。ー
(そうだ、歳さんが悪い・・・。)
そう思わざるを得ない状況だ。
とにかく、なんとかして現状を打破せねばならない。
しかしどうやって?
徐々に公園内に人が増えていく。
有難いことに、私も袴姿であるから怪しまれることはない。
しかし、なぜ私は袴姿なのか。
私がいた時代では袴は異色だったはず。
しかし生地を見てみても、少しくたびれているのが分かる。
つまり、私は普段の生活でこの袴を比較的着ていたことになる。
着物は青緑色で、袴は藍色。
公園を歩いていても、それほど目立つ格好というわけでもない。
(なぜ、現代で生きていた私の服装が馴染んでいるのだろう?)
手を広げると、剣ダコがある。
(剣道・・・。)
服装は剣道着でないことは分かっている。
だが、ぼんやりと心当たりがある気がする。
刀がしっくりくるもの、剣道をやっていたからなのだろうか。
羅殺と戦った時に傘を振りまわしたが、わりと慣れている感じはした。
とりあえず、今は倒れている私を襲ってきた男の人から、申し訳ないが離れる。
面倒事には巻き込まれたくない。
(すでに巻き込まれているけどね!)
とりあえず、公園内を散策するしかない。
他にすることがない。
(・・・しかし、食料の調達をどうするかが問題か。)
空腹に悩まされるのも時間の問題だろう。
体力をあまり使わないためにも、ベンチを探しが目下課題だ。
木陰のベンチでぼうっと過ごしながら、いろいろ考えていた。
今までのこと、これからのこと。
確かに、私はここにきての記憶で一番古いのは、この公園の前でぼうっとしていた時だ。
その時、道の右の方から来た、あの羅殺に襲われたのだ。
(やはりその前は思い出せない。)
考えるだけ考えたら、後は座っていても何も解決しない。
昼ごろになって、私はとりあえず、公園から出てみることに決めた。
刀はうっかり抜けてしまわないように、鞘にくくりつけられてていた紐で柄と鞘をしっかり固定する。
道だけしっかり覚えておけるように、私は辺りを見回しながら散策に出た。
人力車や馬車が走り、物売りが歩く。
コンクリートの道路はなく、あるのは土かレンガの通りだけ。
建物も現代に見るようなそっけないビルではなく、外観にこだわった洋風の空気を纏うお屋敷や、純和風の作りばかりだ。
(・・・やはり明治。)
歳さんが言っていたことは、信じるしかないようだ。
(記憶がないから、はいそうですか、としか言えないんだけどね。)
その事実に若干の疲れを覚え、大通りから路地に入る。
薄暗いそこは、少しだけ心が落ち着いた。
思わずため息が漏れる。
「泥棒!」
ふいに悲鳴が聞こえた。
「泥棒だ!
誰か止めとくれ!」
後ろを振り返ると、全速力で走ってくる男と、後ろで怒鳴っている店の主人らしき人。
どうやらあの男が泥棒らしい。
私のいる路地に逃げ込んでくる。
(誰かって・・・私しかいない。)
男の手元を見ると、刃物が光っている。
ナイフか包丁か、その類だ。
しかも男の目は私を捕えている。
殺すつもりだろうか、刃物を構えている。
(入るんじゃなかった・・・。)
そう思いながら私は自然と腰の刀を、鞘に入れたまま構えた。
(手に、なじむ。)
そしてそのまま走る。
男の方が腕は長いだろうが、私の方が刀は長い。
(有利だ、先手必勝。)
ぶん、と刀を振るう。
男は腕で受け止めようとしたが、かなりの衝撃だったようで、顔をゆがめた。
(ヒビくらい入ったかも・・・。)
やりすぎかな、と思った瞬間、男は刃物を私に向けて振り上げる。
もう一度刀を振り上げ、その刃物を受け止め、右に流す。
そして体勢を崩した男の腰に蹴りをいれ、路上に転がした。
私は落ちた刃物を拾い、男の首筋にそっと当てる。
「動くと斬れるよ、おじさん。」
男は盛大な舌打ちをしたが、観念したようだ。
「おまわりさん、ここです、ここ!
ああ、あんた!ありがとうよ!!」
店主がおまわりさんを連れてきたようだ。
駆け付けた足音に顔を上げる。
長い青みがかった深い緑の髪をした、軍服のような服を着た男が見上げた先にいた。
ふわりと揺れた髪が、背中に戻っていくのが、スローモーションのように見えた。
(・・・この人、一緒だ。)
髪と同じ深い色合いの瞳が、じっと私を睨む。
まるで温度がない。
表情も、ない。
「・・・ご協力感謝する。」
そしてまた、同じく深く低い声がした。
こんなにきれいな人だけど、やっぱり男なんだと思う。
私が避けると、おまわりさんは男の手を後ろで縛った。
「事情は署の方で聞こう。」
男を立たせ、去っていく背中。
(・・・やっぱり、一緒だ。)
何がなのかは分からない。
ただ、直感がそう言っていた。
「おい、何をしている。」
急におまわりさんが振り返り、私はきょとんとする。
「事情は署で聞くと言っただろう。」
「私もですか?」
「当たり前だ。」
(なんてえらそうな・・・。)
おまわりさんに事情を聞かれて困るのは、泥棒だけじゃない。
私もだ。
「あの、ちょっと用事が・・・。」
そう言うとおまわりさんの視線が厳しくなった。
じっと私を見、そして目を見開く。
「お前!」
そして急に戻ってきて、私の手にある兼定に手を伸ばすから、私はあわててそれを引っ込める。
「・・・見せられぬ事情があるのか?」
(盗んだかって聞いているの?
でも、触らせたらこの人も羅殺になってしまう。
歳さんが憑いているなんて言っても、きっと信じてもらえない。)
頭はフル回転だ。
「大事なものです。
他人に触らせることはできません。」
おまわりさんはじっと私を見た。
そしてひとつ頷く。
(なんとかなった・・・。)
「では、署までご同行願いたい。」
えらそうな態度を改められてしまった。
少しだけ、だけれど。
(この人、兼定を知っているみたいだった。
歳さんのことも、何か分かるかもしれない。)
真剣そうな目は、誰かを思い出させて、私はまた頷いていた。
また頷いてしまった