現在の連載では主人公同士が関わることはありませんが、今後関わりが出てくるため、各々の主人公で名前変換ができるようにしてあります。
夢を諦めきれない私
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「お、帰ってきたかい。」
「ただいま帰りました・・・。」
掃除でへとへとになった私は、迷いに迷った挙句なんとか姐さんの部屋に戻ってきた。
「ここは広いだろう?」
「ええ、それはもう、驚きました。」
そう、掃除だけでも何日もかかりそうな広さだ。
ここを掃除し終える頃には、私も掃除のプロになれるかもしれない。
耐えきれずころんと畳に転がると、姐さんは驚いたように寄ってきた。
「どうしたんだい?
具合でも悪いのかい?」
「いえ、なんだか、初めてで疲れちゃって・・・
すみません、御座敷までのちょっとだけ・・・」
まどろむ意識の中で、姐さんが全くこの子は、と苦笑していた気がした。
「動けるかい?」
ゆさゆさと揺さぶられ、姐さんの声にぼんやりと目が覚める。
「は、はい!」
そこには朝よりも艶やかな着物に身を包んだ姐さんが呆れたように笑っていた。
「じゃあちょっと身支度して、出かけるよ。」
「はい!」
慌てて着崩れを直し、最終チェックをしてもらい、姐さんの荷物を持って、私たちは置屋を出た。
御座敷
そんなところは初めてで、かつイメージすらまともに描けないが、とにかく給仕係、と言ったところらしい。
連れて行かれた私はとにかく姐さんや周りのみなさんの指示どおりに動こうと必死だった。
ご飯を運んで、お酒を運んで、ついで、ちょっと話して、姐さんの舞い道具を運んで・・・
「新入りか?」
「はい、花と申します。」
話せば手元がおろそかになり、手元に集中すれば会話がおろそかになる。
今日のお客様はどうやら常連さんらしく、ご機嫌もよかったせいか、私の多少の失敗は笑って済ませてくれた。
本当に有難い。
べんべん
不意にした三味線の音にお客さんたちの視線が一方向に向く。
その視線を追っていくと。
(ね、姐さん!!)
憧れの姐さんが扇を片手に舞を始めていた。
しなやかな動きと、繊細な指先、扇の動きは仄かに風を動かしていて、でも動作にはどこか切れがあってみていて清々しい。
それでいてとても色っぽく、その視線を受ければ。
(私が男なら落ちてるよ!)
なんて素敵なんだろう。
ときめく胸を押さえながらうっとりしていると、私は他の姐さんに小突かれてしまい、泣く泣く次の配膳に取り掛かった。
全て片付けも終わった帰り道、姐さんの荷物を抱えながら、私はまだ夢心地だった。
「おい、しっかりしな、危ないよ。」
俥にぶつかりそうになった私を、姐さんは肩を掴んで止めてくれた。
ありがたやありがたや。
「だって、姐さん、素敵過ぎますよ!」
尊敬のまなざしを向ければ、姐さんはキョトンとしている。
「あの舞姿、今でも目に浮かびます。
繊細な動き、ほら、指先にまで神経が通ったようで。」
姐さんはそこで急に笑い出した。
「だって!
腰の角度も絶妙だし、扇の動きも、風が見えるようで・・・。」
ひらりひらり、真似して手を動かしてみるも、姐さんのようにはいかない。
もっと軽くて子どもらしい動きにしかならず、思わずため息が出た。
姐さんはその指先をふと見て、笑うのをやめた。
「お前、覚えているのかい?」
「え、だって、言ったじゃないですか。
舞姿が目に浮かぶって。」
姐さんは目を瞬かせると、私の手を取ってぐいぐい歩き始めた。
「ね、姐さん!?」
「覚えてるなら見せてもらわないとね。
ほら、愚図愚図せずに歩く!」
「え、えぇぇぇ・・・」
まるで引きずられるように置屋に帰り、部屋に入ると、姐さんは私に使っていた扇を渡した。
その扇ですら私にはとても色っぽく思えて見入ってしまう。
「ほら、やって見せな。」
私の前に姐さんは座り込んで、真剣な表情で私を見る。
「そ、そんな急に・・・」
「いくよ、そら、べんべん」
姐さんの歌に合わせて、私は記憶を思い出し、手足を動かし始める。
姐さんが取っていた姿勢は思いのほか足腰に辛い。
なんとかまぶたに残る姿を追うも、思うようにはいかない。
「だめだ・・・。」
途中で私は投げ出して座り込んでしまった。
それに伴って姐さんの歌も止まる。
「だめです、姐さん。
姐さんみたいに綺麗に踊れない。
これ、お返しします。」
扇を差し出す。
「お前・・・どこかで舞いをやっていたことがあるのかい?」
思いのほか真剣な声に、私は俯いていた頭をあげた。
「え・・・?」
「普通はこんなに覚えがいいことはないよ。
一度見た切りの舞だ。
同じように踊れないにせよ、お前は自分の体をどう動かせばいいのかもずいぶん知っているようだし、
記憶力も訓練されているかのように良い。」
「で、でも・・・」
舞いなんて、やったことはない。
現代の生活になじみ自体がないのだ。
「あんたがいた、そう未来に・・・芸者はいるのかい?」
「ええ、あまり今のようにたくさんはいらっしゃいませんが。」
「お前は?」
深い焦げ茶色の瞳が、私の瞳を覗く。
「私は・・・。」
何か近いことはしていたのかもしれない。
「だめです、思い出せない。」
つぶやく私の頭を、姐さんはぽんぽんと撫でてくれた。
「焦らすようなことを言ってすまないね。
今日は疲れたろう、もうおやすみ。」
ぼんやりと立ちあがって布団を敷くのを手伝う。
そのまま布団に潜ろうとすれば、隣にはもうひと組蒲団が敷かれていて。
(私の、準備してくれたんだ。)
「こっちがお前のだよ。」
その言葉にのそりと布団に移動し、
「あり、が・・・」
頭を下げてお礼をいいながら寝てしまい、転がった私は、姐さんが呆れたように、でもとても優しい顔で笑っていたことは知らなかった。
「今日はあんたに紹介したい人がいるから、昼には部屋に戻ってきな。」
「えっ。」
今日の掃除もそんなに簡単ではないだろうに。
どうすればいいのやら。
「そうだ。
前から聞こうと思っていたんだけど、あんた、全力で掃除してるんじゃないかい?」
「え・・・その、一応は。」
「しかもくたくたになって寝るほど。」
「そ、それは初めてでまだ慣れてないから!」
「どちらにせよ。」
姐さんはため息をついた。
「もうちっと手を抜くことを覚えな。
じゃなきゃ生きていけないよ。」
いつものようにぽんぽんと頭を撫でてくれる。
気持ちよくて思わず目を細めている自分に今気づいた。
(姐さんの手、落ち着く・・・。)
たった4日、されど4日。
まだまだ姐さんのことは何も知らないけれど、私の勘がこの人はいい人だって告げている。
まるで本当の姉のようで、それでいて頼れる先輩で。
(大好きだ!)
「がんばります!」
「ほどほどにね。」
「はい!」
呆れたように溜め息をつく姐さんに元気に手を振って私は掃除に出かけた。
温かい手
