現在の連載では主人公同士が関わることはありませんが、今後関わりが出てくるため、各々の主人公で名前変換ができるようにしてあります。
引き留められてしまった私
名前変換※注意
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走る、走る、走る。
(何でこんなことに!)
目が覚めたらどこだか分からない公園だった。
見たこともない場所で、どうしてこんなところにいるのかも分からない。
でも、とにかく今は あれ に追いつかれないように走るので精一杯だ。
背後から迫りくる殺気。
こんなの知らない。
今まで、会ったことない。
ただただ恐ろしい。
背後から私を追ってくる あれ は、いったい何なのだ。
不意に目に鮮やかな紅い棒が飛び込んできた。
それはベンチの肘掛に添えてあり、誰かの忘れものの傘であることは満月の光のおかげで分かった。
(傘でも何もないよりマシだ!!)
手を精一杯伸ばして傘をひっつかむ。
そのまま遠心力を利用して身を翻し、傘を構えた。
目の前にいる男は、ぎらぎらとした赤い目をして刀を持っている。
白い振り乱した髪。
しかし顔はまだ若い。
額から見える角。
あれは人ではないと思う。
人と呼ぶにはあまりに理性がなく、獣のようだ。
とにかく、相手に斬られる前に倒さなければ、やられる。
私は大きく傘を振り、足元の砂利をえぐって、相手にかける。
相手がひるんだ隙に刀を振り払い、傘を開いて体当たりをした。
「ぎゃぁぁ!!」
男はひっくり返り、動かなくなる。
白かった髪は元に戻っていき、角も消えてなくなった。
恐る恐る口元に手を近づけると、呼吸をしているのが分かる。
死んでしまったわけではないようだ。
私は安堵のため息を付き、その場で座り込んでしまう。
自分が殺されるのではないかという恐怖に、命をかけた必死の戦い、そして相手を殺していないかという心配。
一瞬にしてずいぶん大きなものと戦った気がする。
手足が震えて、思うように動かない。
いったいどうしてこうなったのか。
正直良く覚えていない。
気づいたらさっきのおかしな人に追いかけられていたのだ。
そもそも、ここはどこだ?
家からどのくらい離れている?
そこまで考えて、ふと、家がどこにあるのか思い出せないことに気がついた。
「えっ・・・。」
家族は?
家は?
仕事は?
友達は?
どの問いに対しても、やはり答えは見つけることができない。
「う、そ・・・。」
意味の分からない状況に、身体の震えが止まらない。
「何がどうなってんの・・・?」
声に出していないと、気が狂いそうだ。
「てめぇ、なかなかの腕だな。
それに芯がある。」
「・・・は?」
「気のねぇ返事しやがって。」
溜息のする方を見ると、人目を引く綺麗な容姿のお兄さんがいた。
袴姿のお兄さんは私に近づくと視線を合わせるためにしゃがんだ。
そして大きな手が私に向かって伸びる。
そっと頬に触れた手は、ほんのり冷たい。
不思議だ。
震えが収まっていく。
「てめぇならいけそうだ。」
にやり。
笑った顔に悪寒が走る。
何か嫌なものに巻き込まれる気がする。
「い、いけません。」
「ふざけるな。
来い。」
ふざけているのはそっちでしょう、とは言えず、誘われるままにさっきかなぐり捨てた傘のところまでやってくる。
傘の柄には男が持っていた剣が刺さっていて、もう傘としては使えないだろう。
男は傘の柄から刀を引き抜く。
その洗練された動作に、きっと使いなれているのだろうと思う。
無言で差し出された刀。
先ほどは自分を殺すために振るわれていたものだが、磨かれたそれは美しい。
彼の動作はこれを取れと言っているのだろうが、私はできれば遠慮したい。
ダメだろうかと見上げてみても、彼の切れ目は私に持つことを強要している。
逃れようがない。
どうしようもなくて、私は恐る恐るその刀をつかんだ。
どくん
一瞬刀が脈打った気がした。
でもそれも気がしただけで、その後は何ともない。
「いったい、これは・・・」
顔をあげて私は目を見開いた。
お兄さんがいない。
さっきまでそこにいたのに。
「ゆ・・・幽霊!?」
まさかと思いつつ、思わず叫んでしまう。
するとふっと笑う気配がした。
ーあたらずとも遠からずだ。ー
お兄さんの声が聞こえてくる。
・・・右手から。
私は右手に持った刀を凝視した。
良く見るとその刀身に、お兄さんの姿が映っている。
思わず取り落としそうになって、落としたら自分の足を切ると慌てて握り直す。
「これは俺が昔使ってた刀だ。
和泉守兼定。」
その名前に聞き覚えがあった。
不思議なことに。
いったいどこで聞いたのか、全く思い出せないが。
ー俺は殺されたはずだった。
なのに目が覚めたらこの様だ。ー
自嘲の笑みを洩らすお兄さん。
「・・・すみません、この様、とは。」
恐る恐る尋ねる。
ー怨霊というべきか、自縛霊というべきか・・・。
とにかく、俺は今、その兼定にとりついちまってんだ。ー
俄かには信じがたい。
しかもそんなヘビーなことを急に言われても困るのだが。
・・・聞いたのは私か。
ーこの和泉守兼定を持った人間は狂っちまう。ー
なんだか今、重大なことを聞いた気がする。
「私は狂っているのでしょうか?」
ーてめぇは正気だ。
じゃなきゃさっきの野郎みてぇになってる。ー
顎でしゃくった先には、伸びている男性。
さっき白髪に赤い目で私を追いかけてきた人だ。
ーとにかく、てめぇがこれを持っていてくれりゃ、俺は安心できる。ー
「私は嫌ですよ、こんな物騒なもの。」
ー物騒といえばそれで終わりだが、お前の身は守れる。ー
身を守ると言われても、刀を持っている方が逮捕されちゃうような。
ー損はさせねぇ。ー
切れ目が真剣にそう言うから、私は思わず頷いてしまった。
やっぱり狂い始めたのかも