現在の連載では主人公同士が関わることはありませんが、今後関わりが出てくるため、各々の主人公で名前変換ができるようにしてあります。
示された道を歩めぬ私
名前変換
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「おや。」
相手は驚いたような顔をして見せた。
それがわざとらしく見えて、私はため息をつく。
なんだかどっと疲れた気がしたのだ。
だが、彼がここにいてくれて助かった。
会えなければ野宿する羽目になるのだから。
「咲ちゃん、どうしたんだい?」
「チャーリーさん。
あなたのマジックの失敗に巻き込まれて、私は明治時代に来たのだと言いましたね?」
「うん、言ったよ。」
「森さん達とちょっと折り合いが悪くなって、森さんの家にいられなくなっちゃったんです。
申し訳ないのですが、別の住まいをどこか教えていただけませんか?」
「そりゃ困ったな。」
「どんなところでも構いません。
もしお邪魔でなければ、チャーリーさんのお家の物置とかでも構わないので。」
「いやぁ、僕も家なくてさぁ。」
思わず目を瞬かせる。
「・・・はぁ?」
意味がわからない。
「そんなにお金もあるわけじゃないし・・・。
あ、出会茶屋くらいでよければ、とりあえず今夜は泊めてあげられるけど。」
片眼鏡の向こうで、金色の瞳がきらりと妖しく光った。
「出会茶屋・・・?
ネット喫茶とか、そういう類ですか?」
「まぁ・・・そんなところだねぇ。
僕にとっては嬉しいことこの上ないけど。」
ふわりと腕が私の腰に回る。
「え・・・?」
その手に気を取られ取られている間に、急にぬくもりが近づいた。
「泊る所のないお嬢さんをお連れする場所なんて、一箇所だろう?」
耳元で、妖しく囁かれた。
固まってしまうとくすりと笑って、ちゅっと耳たぶに口づけられる。
背中をぞくりと何かが走った。
「なにをっ!!!」
「よしよし、暴れなーい。」
暴れるなと言う方が無理というもの。
しな垂れかかる様に抱き寄せられ、バランスがとれずに彼の胸に手をついてしまう。
国民之友が、ぱさりと地面に落ちた。
「お金もないんだろう?」
甘い声が耳元でささやく。
この人はこんな感じじゃなかったはずだ。
変な人だったけど、こういう意味で変ではなかった。
「やめ、てっ!」
「のたれ死ぬのと、僕と楽しく過ごすのと、どっちが」
「彼女から手を離すんだ!!」
何かがビュン、と私とチャーリーさんの間に割って入った。
どんっと突き飛ばされ、地面に倒れ、思わず目をつぶる。
再び開けたその先には、臙脂色の髪が夜風に舞って、思わず目をみひらいた。
(どうして・・・書斎で書き物をしていたはず・・・)
夜風に乗って彼の髪と同じ色の羽織が、ふわりと私の上に舞い降りた。
「森鴎外さん、で間違いないようだね。」
チャーリーさんがにやりと笑う。
「警察署までご同行願いたい。」
森さんの表情は見えないけれど、声は低く凄味が利いていて、今まで聞いたことのないようなものだった。
「それは困るなぁ。」
全然困っていないような声でそういうと、彼の金色の瞳が私を捕えた。
口の端がついっと上がって、そして。
「逢引はまたの楽しみのようだ。
またね、咲ちゃん。」
チャーリーさんは闇に溶けるように消えていった。
森さんの手から、木の棒がカラン、と落ちた。
どうやらさっき私達の間に割って入ったのは、これだったらしい。
「物の怪・・・か・・・?」
小さな呟きが、背中越しに聞こえた。
「物の怪と逢引とは。」
(・・・物の怪?)
本当に今夜はよくわからない。
物語から出てきたなんてエリスは言うし。
振り返りかけた煉瓦色の瞳が、私を射抜く。
「違」
「誑かされるのだ、お前が悪い。
隙だらけなのだよ、お前という娘は。」
フェミニストな彼は、もうそこにはいない。
冷たい瞳が、私を見下ろす。
彼は怒っていた。
「申し訳・・・ありません・・・。」
情けなくて泣きたくなる。
駄目だ今日はどうも涙もろい。
「本当に、こんなことになってしまって、申し訳」
「そんなふうだから、こんなに容易につけこまれてしまうのだが、分かっているのかな。」
立ち上がって謝ろうとしたのだ。
なのに言葉をさえぎって、彼は手首をひとまとめにして掴み、そのまま草地に押しつけた。
驚いて見上げれば、彼は私を睨んでおり、それにすくんでしまう。
彼はひどく怒っていて、その上ひどく酒臭かった。
私はそれに怯えていた。
「馬鹿な娘だ。」
妖艶に微笑んで、でも彼はひどく怒っていて、そんな彼の顔が、近付いてきた。
「物の怪に身体を売るなど。
信じられない。」
もちろん、確かに私も悪い。
世話になっているのだから、もてあそばれるくらい当たり前だと言われてしまえばそれまでだ。
でも、私はそれを許せるタイプではない。
それはきっと、森さんだって分かっているはずだ。
ましてや、自分では認めたくないけれど、惹かれれている相手に。
節ばったしなやかな、大きな手が私の頬を滑り、首筋を撫でた。
その艶めかしい動きが背筋がぞわりとする。
彼の顔以外、もう何も見えない。
(なのに、それなのに、こんな屈辱を味あわせるなんて。)
呼吸が唇にかかった瞬間、閉じられたまぶたによって、私は彼の視線からようやく解放され、自由が戻る。
顔をそむけ、息を吸い込んだ。
「そんなふうにッ!」
森さんがぴたりと止まる気配がある。
「エリスにも・・・つけこんだのですか?」
驚くほど情けなく、震えた声だった。
それでも森さんが息をのんだのが聞こえ、拘束していた手が緩んだ。
その隙に腕を振りほどいて森さんを突き飛ばす。
体を起して、森さんから距離をとったが、彼を見る勇気はなかった。
それでも。
「馬鹿にするのもいい加減にしてください。
私は彼女とは違う。
無謀な相手に恋をするような純真な心も、身の程をわきまえない浅はかさも、持ち合わせてはいない。」
唖然とする森さんを放置して、私は駆けだした。
悔しかった。
彼に迷惑をかけたくなくて出てきたのに、迷惑をかけてしまった。
彼に心が傾いているのを知っているからこそ、弄ばれるのが、悔しかった。
彼を傷つけたくないのに、ひどいことを言ってしまった。
エリスのことだって、あんなふうに言うつもりはなかった。
そんな、心の狭すぎる自分が、あまりに悔しくて。
「咲さんっ!」
フミさんの声がした。
「どこ行ってたんですかっ!!」
駆けよられてすぐ、パチン、と乾いた音がした。
頬を叩かれたのだと、気づくのに時間がかかった。
「こんな夜遅くに!
何かあったら、私、私っ!」
私を抱きしめて泣くフミさんに、思わず目を瞬かせた。
フミさんの肩越しに、私を見て一瞬安堵した顔をする菱田さんは、すぐに呆れた顔になってしまった。
どうやら無意識に森邸の方に走ってきていたらしい。
(馬鹿だ。)
迷惑をかけたくなくて逃げ出した場所に、戻ってきてしまうなんて。
「まぁまぁ、無事に帰ってきたことだし、とりあえず家に入りましょう。」
菱田さんが優しくなだめながら、私を見てため息をひとつ。
「もうこんな馬鹿な真似はやめて欲しいな。」
「ごめんな、さい・・・。」
うつむく私にぽろりと声が降ってきた。
「・・・悪かったよ。」
驚いて顔をあげた時には、もう彼は背中を向けていて。
「・・・帰りましょう、咲さん。」
フミさんの泣きそうな笑顔に促されて森邸にあっけなく帰ってきてしまった。
そしてパンプスを脱ごうとして、私は悲鳴を上げることになる。
「いったい!!!」
慌ててパンツの裾をめくって確認すると、足首が青く腫れている。
(あの時・・・。)
森さんに突き飛ばされて転んだ時に挫いたのだろう。
それから足のことなんて考えもせずに突っ走って帰ってきたから、悪化したかもしれない。
よくここまで走ってこれたものだ。
「うわっ・・・足捻ったの?」
菱田さんが眉をひそめる。
普通に話しかけてくれるのが嬉しくて、思わず顔が緩むが、ズキリと痛んで顔がひきつる。
「みたいですね・・・。
非常に申し訳ないのですが、何か冷やせるものを・・・。」
「とりあえず運ぶよ。」
「えっ、おっとっ!!」
不意に体が宙に浮く。
「もうちょっと女性らしい悲鳴は上げられないものか。」
いわゆるお姫様だっこと言うやつだ。
ぱくぱくと口を開閉させるばかりの私。
にやりと笑う菱田さん。
「部屋までお願いします。」
フミさんにそういうと、すたすたと歩き出してしまった。
肩越しにフミさんが笑いを押し殺すのが見えて、泣きやんでくれてよかったと、ほっとした自分がいた。
「そう言えば鴎外さんは?」
「あ・・・さっき公園で・・・
不審者に絡まれていたのを、助けていただいたんですけど・・・。」
その先を言い淀んでしまう私に、菱田さんは呆れたようにまた溜息をついた。
「ああ、分かった。」
かちゃりと部屋を開けて、菱田さんは私をベッドに下す。
「君がいなくなったのにはじめに気づいたのは誰だったと思う?」
「フミさんでしょうか・・・?」
「鴎外さん。」
意外な名前に驚く。
「血相変えて飛び出して行ったよ。
だから・・・ちゃんと謝りなよ。」
どうして、あなたが