現在の連載では主人公同士が関わることはありませんが、今後関わりが出てくるため、各々の主人公で名前変換ができるようにしてあります。
示された道を歩めぬ私
名前変換
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「あの・・・何かあったんですか?」
洗濯ものを一緒に取り入れていると、フミさんが心配そうに言った。
「え・・・?」
思わずまぬけな顔を見せた気がして、慌てて笑って見せた。
「何かって、何でしょう・・・?」
「ええっと・・・鴎外様と。」
ずっと一緒にいるだけあって、フミさんは鋭いな、と思う。
菱田さんが最近一緒に食事をしないのは普通になってしまっていた。
森さんは様子を見るためだと言って菱田さんの時間に食べることが増え、私は一人か、フミさんと食べることが増えた。
二人と最後にまともに会話したのはいつだったろうか。
とはいえ、森さんとなど2、3日程度会話が少ないだけだ。
美人コンテストのレッスンも、仕事が忙しいからとおやすみである。
それなのに、この疎外感。
基よりこの時代の人間ではない自分を、あんなふうに暖かく迎え入れてくれている彼らの存在の方が特異だというのに。
「・・・私、おいていただいているのに・・・駄目ですね。」
「そんなことは!」
慌てて首を振ってくれるフミさんは、本当にいい人だ。
「咲さんがここに来るようになって、お二人とも、明るくなられたんですよ。
特に鴎外様は。」
「えっ・・・」
森さんなんて、ずっとあんな調子なんだと思っていた。
仮面をつけたように、フェミニストにふるまう、食えない男なのだとばかり。
「鴎外様は留学中、いろんなことがあったそうで、帰国されてからもふさぎがちでした。
もともと少し周りの方とは考え方が異なっていらっしゃるので、どちらかというと一人で黙々と何かに取り組まれる方でしたが、帰国後はそれに輪をかけたようでした。
もちろん、お仕事などではおくびにも出さないでしょうが、私のような家政婦の前ですと、気もゆるむのでしょう。
伯母様も心配されて、鴎外様に心から愛せる女性が現れたらと、お見合いを勧められるのです。
・・・どうも逆効果になりがちですが。」
エリスを心底愛していた、否、愛しているのだろう。
(今でも。)
「時間が解決するものだと、ご両親はお考えでした。
確かに、少しずつ傷は癒えていたかも知れません。
ですが、咲さんが来られて、いつの間にか時間は早く過ぎていたようでした。」
それは意外だった。
ただのお邪魔虫だと思っていたのに。
「食事中の会話も増えて、朝の行水中に久しぶりに鼻歌が聞こえて・・・。」
フミさんはくすりと笑った。
「美人コンテストに咲さんを出すだなんて言い出して、レッスンまでして。
あの仕事一筋みたいな方が、ずいぶん変わられたものだと・・・」
フミさんはしゅん、としてしまった。
「思っていたのですけれど・・・。」
また昔のようになってしまったと、言いたいのだろう。
「・・・なんでこんなことになっちゃったんでしょう。」
こんなこと、ちっとも望んでいなかった。
誰が悪いなんて、わかりっこない。
森さんが無意識に私を惑わすのが悪い。
私が森さんに惑わされるのも悪い。
そもそも身分違いのエリスに手を出したのも悪い。
菱田さんの病気に気づいて手を出してしまった私も悪い。
それ以上に、私がここにいることが、決定的なミス。
(帰ろう。)
素直にそう思った。
とりあえずチャーリーさんのところに行こう。
私をこの世界に連れてきたんだ。
どこか別の場所に連れて行ってもくれるだろう。
そうでなければ彼の泊っているところに止めてもらおう。
マジックに協力した結果、彼が失敗してこうなったんだから、衣食住を保証してくれてもいいだろう。
思い立ったが吉日、と言うではないか。
(さっそく今夜だな。)
「人は生きていれば必ず、他人とぶつかるものです。」
自分の思考に入り込んでいた私は、フミさんの声にはっと我に返った。
「上手くいかないこともあります。
別の道を進むこともあります。
でも、私は、咲さんともっと一緒にいたいと思いますよ。
・・・なんて、私などしがない家政婦ですが。」
ふわりと恥ずかしげに微笑まれて、なぜだろう、涙腺が緩んだ。
一粒目がこぼれてしまうと、後は容易いもので、次から次へとこぼれてくる。
フミさんが渡してくれた真っ白なタオルに顔を埋めた。
フミさんと、私ももっと一緒にいたかった。
姉のようだと、勝手に思っていた。
何も分からない私に優しく文化を教えてくれた。
おいしい料理をふるまって、それから作り方も教えてくれた。
どんな失敗も笑って許してくれた。
他の二人が私を置いていっても、フミさんは傍にいてくれた。
家主に嫌われた、私と一緒にいてくれた。
嫌な顔一つせず、いつも通りの、優しい笑顔で。
そして今もなお、一緒にいたいと言ってくれる。
訳のわからない存在の私を受け入れて、微笑んでくれる。
優しく背中をさすってくれる。
フミさんがいつも綺麗に洗濯してくれる真っ白のタオルは、優しいお日様の匂いがした。
ただ一人