示された道を歩めぬ私

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現在の連載では主人公同士が関わることはありませんが、今後関わりが出てくるため、各々の主人公で名前変換ができるようにしてあります。
森さんお相手の名字
森さんお相手の名前
川上さんお相手の名字
川上さんお相手の名前
藤田さんお相手の名字
藤田さんお相手の名前


お互いいい年をした大人だから、昨夜の微妙な会話を引きずるようなことはしない。
今日も今日で仕事から帰ってきた森さんと、学校から帰ってきた菱田さんと明るい夕食を済ませ、森さんは部屋へと上がって行った。
私と菱田さんはのんびりとお茶をすすっている。
そして眠そうに目をこすっていた。

(・・・あれ、そう言えば。)

ふと菱田春草のことを思い出す。



ーかの有名な菱田春草もこの病気だったそうだ。ー



思い出したその場面に、体が凍る。
どこかで聞いた。
誰かが言っていた。
黒板の前で、そう言っていた。

「どうしたの?」

不自然に固まった私に、菱田さんが声をかける。
でも、私はそれにこたえられない。

「・・・菱田さん、最近体がむくんでいませんか?」

菱田さんが首をかしげる。
視線は右斜め上に逸らされた。

(怪しい。)

嘘をつくとき、ついとってしまう行動の一つに、右斜め上を見るという行為があげられる。
私は菱田さんに歩みよって、じっと顔を見る。

「な、なに?」

戸惑う菱田さんは私から逃れようと立ち上がる。

「座ってください。」

その、自分よりも少し高い肩をぐっと抑えつけて座らせる。
もう腹は括った。
私が診なければ、ならない。

(いいや、私が、“診る”。
 これは、私の意志だ。)

それはずっと自分が逃げてきた、何かであるようで。

「失礼します。」

袴をめくると菱田さんは驚いたように声を上げた。

「な、なにするの?」

顔が赤い。
照れているのか、この程度で。

さん!?」

部屋に入ってきたフミさんが、私の後ろの方で慌てたように声を上げる。

「すみません、診察中ですので。
 黙ってじっとしていてくださいね。」

いつも通りさらっとそう言って、足袋を捲ると、くっきりと型がついている。
何がいつも通りかなんて、その時は気づきもしなかった。

(むくんでいる・・・。)

「最近、頭痛は?」

「そんなの」

「ありますね。
では睡眠はいかがですか?」

「作品に集中していて」

「馬鹿言わない。
 眠れないから描いているんでしょう?」

あかあかと電気がついたままなのは、よく知っている。

「身体、だるくないですか?」

「いい加減にしろ!」

菱田さんは私を蹴り飛ばした。
私はその場に転がる。

(自覚症状在り、だな。
 しかもかなり。)

目をよくこすっているのを問いたださなかったのは、私自身も怖かったからだ。
画家を目指す彼の目が、見えなくなるなど。

さん!!」

フミさんが駆け寄ってきて助け起こすが、私の頭の中はもう病気のことでいっぱいだった。

「ごめん・・・。」

菱田さんは俯いたまま階段を上がっていく。

「どうした?
 今の音はなんだい?」

その菱田さんの前に、森さんが駆けおりてきた。
座り込む私を助け起こすフミさんをみて、彼の目は驚きに見開かれる。
その横を通り過ぎようとする菱田さんの腕を、咄嗟に掴んだようだった。



「おい、春草?
 まさかお前、に手をあげたのか・・・?」



森さんの静かな声が、部屋に落ちた。



「違います。」



菱田さんが答えるよりも早く、私は声を出した。



「私が転んだだけです。
 菱田さんの手を、放してください。」



森さんの手が緩みかけた時に菱田さんはその手を振り払って部屋へと上がって行った。
私は助け起こしてくれるフミさんを断って、どさりとソファに深く腰を下ろした。
目の上に腕を乗せ、視界を遮る。
目をあけていたら、感情に流されてしまいそうだった。
彼と食事をいつもとっているこの場所は、今は心を乱すだけだ。

(きっと、もう発症している。)

それがひどくショックだった。
それほど長い間共にいたわけではないが、食事はたいてい一緒だったし、絵も見せてもらった。
美人コンテストだって反対することなく、時折楽しげにレッスンを覗きに来る。
もう赤の他人ではないのだ。

精密検査は、この時代可能なのだろうか。
薬はどのくらい、設備はどのくらい在るのだろう。
薬はどれ程開発が進んでいるのだろう。
人工透析なんて、そんな技術が。

(・・・ありえない。)

こんな電気ですら通るのがままならないこの時代に、あったとは思い難い。
そのうえ、移植なんて不可能だ。
ならばどうしたらいい?
彼を救う手などあるのだろうか?



「何があったのか、教えてはくれないか?」



森さんが私の前に立ったのだろう。
影が差す。
でも、私は森さんに答える言葉を持っていない。
未来の情報から、あれだけの診察で確信は得られた。
だが、きちんとした診察はしていない。
医者である森さんが納得する答えを、私は持っていない。

「・・・フミさん、明日からのご飯のメニュー、ちょっと変えてもらってもいいですか?
薄味で、それからたんぱく質を・・・いや、ちょっと後で詳しく相談させてください。
私には何の食材が手にはいるか分からないので。」

フミさんは驚いた顔をしながらもはい、と返事をしてくれた。

「あと菱田さんを見かけたら、毎日手洗いうがいをすることと、飲み物を少し控えるようにも言ってください。」

腎不全による網膜炎。
それが確か彼の病気だったから。
そして彼は、腎不全により・・・



命を、落とす。




「フミさん。」

森さんは私から聞くことを諦めたのか、フミさんを他の部屋へ連れて行った。











突きつけられたのは己の無力










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