現在の連載では主人公同士が関わることはありませんが、今後関わりが出てくるため、各々の主人公で名前変換ができるようにしてあります。
示された道を歩めぬ私
名前変換
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(この辺りだ・・・。)
細い路地を通りぬけると、どこか見覚えのある景色にたどり着いた。
今日は2人ともお仕事と学校だそうで、申し訳ないことにお金を頂いて私一人俥にのり、こうしてやってきた。
記憶にある最初の場所を探すために。
「そうだ、ここだ・・・。」
夜だったから雰囲気は違うけれど、確かにここだ。
この道の真ん中。
(でも道の真ん中って・・・
ここに来る前、何があった・・・?)
周囲を歩き回る。
確かにここだった。
ここにきて、私は頭が混乱したまま、歩き始めたのだ。
昼食のことも忘れて、私は辺りをひたすら歩き回った。
そして夕方。
(・・・すっかり遠くまで来てしまったな。)
薄暗くなってきた公園で、一つため息をつく。
向こうに見える東屋も、夕陽に照らされている。
じっと見ているとそこで動く影が見えた。
赤いシルクハットだ。
見覚えがある。
大いにある。
昨夜、私をマジックでこんなところにだましたのか連れてきた張本人だ。
とりあえず、彼の近くに行ってみたものの、なんて声をかけるべきか、ふと迷う。
もし本当に私をだますつもりなら、もう一度こうして見つけて話しかければどんな目に逢うか分からない。
(悪い人だったら・・・)
「おや、1日ぶりだね。」
一瞬躊躇った隙に相手に気づかれてしまった。
「はい。」
私はしぶしぶ彼の前に出ていく。
「どう?
元気にしてた?」
「は・・・はぁ。」
彼の真意を測りかねて、私は曖昧に返事をした。
「どうしたの?」
突然の問いに、私は首をかしげる。
「何かあったからここに来たんでしょう?」
喰えない笑みを浮かべて、彼はそう言った。
何か、なんて山ほどある。
記憶がなかったり、ここの暮らしぶりがいまいち理解できなかったり、そもそも。
「あの、貴方は?」
「僕?
僕はチャーリー。
奇術師だよ。」
奇術師、つまりマジシャンということか。
だから私もマジックに巻き込まれたのか。
「私、たしか貴方のマジックに協力して、気づいたらここに居たのですが。」
「ああ、本当に申し訳なかったと思うよ。
ちょっと失敗してしまってね。」
一応申し訳なさそうな顔はしているが、どうも心からそう思っているとは思えない。
「しかもどうも記憶がないようで、自分の名前は覚えていますが、その他はどうもあいまいで。」
「それはそれは、記憶喪失かな?」
「そう言ってしまえばそうなのですが、どうも都合がよく忘れているような気もしています。」
そう言えばおや、とチャーリーさんは片眉をあげた。
この人、全てが胡散臭い。
「その言い方だと、僕が君の記憶を奪ったように聞こえるが、それは買いかぶりすぎだよ!
いくら天才奇術師でも人の記憶はいじれないんじゃない?」
それもそうだ。
だが現状があまりに不可解なのだ。
「そう言うつもりで言ったんではないんです。
不快にさせてしまったなら申し訳ありません。」
一応謝れば、チャーリーさんはいえいえ、と首を振った。
「ところで、この辺りはどこなのでしょうか。
鹿鳴館と呼ばれる建物があったり、ガス灯が灯っていたりしますが。」
そう問いかければ、彼は嬉しそうに笑った。
「ここはね、明治時代の東京なんだよ。」
私は目を瞬かせた。
いまいち日本語の理解ができない。
「明治時代?」
「そう、明治時代。
君、誰のところに今いるの?」
「森さん・・・森鴎外さんという方のお家でお世話になっています。」
「ほう、それはじつにいい!」
テンションがあがったチャーリーさん。
「あの小説家、評論家、翻訳家、劇作家、陸軍軍医にして官僚のお方のお世話になるとは。
なかなかやるねぇ!」
やはり私が思っている森鴎外で間違いはないようだ。
「一体あの方はどうして生きていらっしゃるのでしょう?」
「どうしてって、今が明治時代だからじゃないか。
君の生まれた時代にはもう亡くなっているけどね。
君もいい出会いをしたね!
なかなか会える人じゃないよ!」
高いテンションに惑わされず、質問を続ける。
「それから私が知る森鴎外は黒髪で口髭を蓄えた男性です。
あんな臙脂色の髪ではありません。
顔もまるで別人です。」
「え、そうかなぁ?
君が見たのは昔の白黒写真だからよく分からなかったんじゃない?
鴎外さん、なかなかイケメンで素敵だよねぇ!!」
興奮気味に話すチャーリーさんは、重ねて言うがとにかく胡散臭い。
私の知る森鴎外とは見間違えようもないほどの別人だと言ったところで、彼と理解し合うことは不可能だろう。
「・・・分かりました。
とにかく、ここは明治時代で、あの方は森鴎外なんですね。」
タイムスリップは科学的に本当に可能かどうかなんて、私は専門家じゃないから分からないけれど、かなり無理がある理論ではなかったか。
どうしてそれが可能になってしまったのか。
その辺の疑問にも触れないことにする。
でないと話が先に進まないし、ここで生きていくことができないだろうから。
「理解が早くて助かるよ。」
眼鏡の奥で瞳が光る。
本当に喰えない奴だ、こちらが諦めて話を飲むことを分かってやっているに違いない。
とにかく。
「タイムスリップも困るけど、記憶がないの も・・・」
がしがしと頭を掻く。
モヤモヤするのだ。
アイデンティティーの欠如になるから、当然だろう。
「1か月もすれば戻ると思うよ。」
降ってわいたような情報に眉をひそめる。
「その根拠は?」
「いつもそうだから。」
その言葉の裏には数々の犠牲者が感じられる。
そもそも、いつも記憶を失うということはマジックにが原因と言うことではないだろうか。
確かにマジックで記憶喪失なんてあり得るはずが無いだろうが、タイムスリップ云々言っている奇術師が目の前にいるのだ。
「やはりあなたが」
「その人たちの中には現代に帰った人もいるし、そのまま残った人もいる。」
「・・・帰れるんですか?」
その可能性に気づかなかった自分に驚く。
「どうしたら帰れるのですか?」
「昨日とほぼ同じ状況になることが望ましいね。
だから1ヶ月後、満月の夜にならないと無理かな。
・・・忘れてしまうような現代に帰りたいなら、の話だけど。」
どこか冷めた言い様に首をかしげる。
(忘れてしまうようなって、私だって忘れたくて忘れた訳じゃない・・・はずだ。
・・・だけど彼の口振りはまるで私の失った記憶のことを知っているかのような・・・。)
「ほらこっち、住み良いでしょ?
君に合っていると思うなぁ。」
大袈裟に手を広げて言う姿に目を細める。
「・・・貴方と私は、昨日以前からの知り合いですか?」
「さぁ。
僕は旅する奇術師だから、もしかしたらどこかで運命的な出会いをしていたのかも、なんてね。」
はぐらかされていることから、彼は知っているに違いないと確信する。
「貴方も現代から明治時代にやって来たと言うことですよね?
何度も行き来されているんですか?」
「何、僕のこと知りたいの?
嬉しいなぁ、君に興味を持ってもらえるなんて!」
やたらテンションが上がったチャーリーさん。
話せば話すほど胡散臭さが増す。
つまり彼は、これ以上情報を流すつもりはないも言うことだ。
「・・・結構です。
暗くなったんで、帰ります。」
私がそう言うと、彼はふと我に返ったように私を見つめた。
「そう?
それは残念。
気をつけて帰ってね、この辺物騒だから。」
(変な人。)
「ご心配ありがとうございます。」
頭を下げて公園の入口へと歩き出す。
(記憶がないから、といううことで、生活面はフミさんに教えてもらおう。
朝いろいろ親切にしてくれたのもそのせいだろうから。)
俥をヒッチハイクし、私は森家へと帰っていく。
(1か月。)
胡散臭い彼の言う通り、このままでも悪くないかと思ってしまう自分に、思わず笑ってしまった。
忘れた過去に一体何が