示された道を歩めぬ私

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現在の連載では主人公同士が関わることはありませんが、今後関わりが出てくるため、各々の主人公で名前変換ができるようにしてあります。
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ぼんやり、月を眺めていた。
そしてふと気付く。

(・・・・ここどこ。)

どうして自分がこんな道の真ん中にいるのか、よく覚えていない。
ずいぶん田舎なのだろうか。
空はひどく暗くて、星がたくさん見える。
でもこれが本来の姿なんだろう。

(人間は力を持ちすぎたよな。)

ため息をついて立ち上がる。
ぼうっと辺りをを散歩する。
街灯の数は非常に少ないが、目が慣れてきて月明かりでも十分見渡せた。
何せ今日は気持ち悪いくらい紅い大きな満月が出ているのだ。

(気味が悪いが、居心地は悪くない。)

ここのくらいが、本来の身の丈に合っているように思えた。
しばらく歩いていくと、自分があるいている道がコンクリートで舗装されていないことに気づく。
レンガようなものが敷き詰められているのだ。
そう言えば通りに面した建物はどれもレトロなつくりだ。

(レンガ造りは嫌いじゃない。)

揺らめく街灯。

(・・・あれ、電球が切れそうで点滅している訳じゃない・・・。
揺らめいている・・・。)

良く見ればどこかガス灯を思い起こさせる古いデザイン。
そう言えば、電線もないように見える。

(街づくりかなにか?景観保存的な・・・。)

素敵な観光地なようだ。
だが、自分がなぜここにいるのか皆目見当がつかない。
どうしてこんなところに来たのか、その経緯を思い出そうとしても、もやもやとするばかりだ。
昨日何をしていたのか。
昼食をどこでだれと食べたのか。
そんなことも思い出せない。

思わずため息が漏れた。

歩いていけばどこからともなくクラッシックが聞こえてくる。
3拍子、ワルツだ。

(それにしてもいい音・・・。)

車など騒音がない分、夜に響くのだろうか。
軽やかなハーモニーにつられて、音のする方へと歩き出す。

いくらか歩いていけば、少し開けたところに出た。
立派な建物が目に入る。
それは昔何度も教科書で見ていたある建物によく似ていて。

(鹿鳴館・・・そんなばかな。)

外国からの賓客や外交官を接待するために明治政府によって建てられた社交場。
当時の極端に走った欧化政策を象徴する存在でもあり、鹿鳴館を中心にした外交政策を「鹿鳴館外交」と呼ぶ。
中途半端な知識だけで行われた舞踏会は西洋人から見ると滑稽なものだったとか。

(あれは確か、1940年に解体されたはず・・・。)

そこまで考えて、鹿鳴館のことをこれだけ覚えているのに、ここにいる理由さえ覚えていないことにショックを受ける。

(本当に、何なんだ私は。)

ほうっとため息をつく。
歩くことや言葉も覚えている。
自分の名前も、社会的なことも覚えている。
記憶喪失と言えば確かに記憶喪失の部類になるのかもしれないが、それにしても違和感がある。

ふと鋭い視線を感じ目を向けると、何やら警備員らしい男性がこちらを見ている。

(怪しまれている・・・?)

そう言えば、何時だかは知らないが、この辺りは人通りが極端に少ない。

(どうするかな・・・。)

とりあえず立ち去ろうかとしていると、道の向こうから何かがやってきた。
わりとスローペースなそれは、入口までやってくると止まった。

(・・・人力車・・・?
えらくレトロな。)

警備員が挨拶をし、何やら鹿鳴館の方へと走っていった。
どうやら誰かが呼んだらしい。

(タクシー代わりか。
なんというか、他人に走らせて自分が乗るなんて、意地が悪い。)

鹿鳴館から2人の人物が歩いてくる。
一人は白い軍服のようなものを着たほっそりとした男性。
もう一人は学ランにまたもやレトロな帽子をかぶった男性だ。

(・・・仮装パーティ?
今時のええっと・・・あれか、コスプレ?)

それにしても目立つ容姿だ。
あれで人力車で帰るというのだから、相当だろう。

しかし、何かのパーティーかイベントにしては人が少ない。
しかも静かだ。

(クラッシックだけで会場を盛り上げる?
珍しいな。)

不意に軍服の方の男性と目があった。
彼はじっとこっちを見ている。
なんだか居心地が悪いが、目をそらすのも不審者ですと肯定してしまうような気がして、
迷っている間に相手が目をそらした。
ほっと溜息をつく。

しかしもう一度そちらの方を向くと、彼は人力車を下りたようで、嫌な予感がした。

(まさか。)

男はこちらに歩いてくる。
しかも勝気な笑顔を浮かべて。
自分に絶対的な自信があるのだろう。
そう言う人の笑顔は、余裕があるからすぐに分かる。

(私にはない部類の表情だ。)

そこでふと、なぜ自分に余裕がないのかと、一瞬考えてしまう。
そこに何か、大切な事を忘れてきた気がしたのだ。

「君。」

声をかけられて、そんなことを考えている場合ではなかったと焦るも、どうしようもない。

「・・・はい。」

私よりも頭ひとつ背が高い。
どこか威圧的なのは、その軍服のせいだろうか。
作りこまれたそれは、コスプレというよりももっと質の高さを感じる。
胸についた勲章も、布生地も、襟の刺繍も、どれも高級感を放っている。

(詳しいことは分からないが、白い軍服ということは、これは式服かそれとも彼は戦場に赴かない人なのだろう。
でなければ直に汚れるに違いない。
勲章が多いところを見ると、後者か・・・?
しかしなぜ軍人がここに?)

「連れをお待ちかな?」

突然の話に首をかしげる。

「い、いえ。」

「おや、ではなぜここに?」

目の前の男は余裕の笑みを浮かべているが、目は笑っていない。
私を疑っていることはすぐに分かった。

「夕食でも食べに行こうと思いまして。」

咄嗟に嘘をつく。

「そうかい?
この辺りの店は今時分には閉まっているが。」

そんなに遅い時間なのだろうか、と焦る。

「そうですか、何せこちらは初めてなもので。」

何とか取り繕う。

「こちらが初めて、とは、地方出かな?
背広の形が独特だね。」

彼の言葉から察するに、私が彼らの服装に違和感を感じるように、彼もまた私の服装に違和感を感じているらしい。
それが地方出身のせいだと思ってもらえるならば有りがたい。

「ええ、はい。」

「君、名前は?」

知らない人に名前を教えちゃいけません、なんて言っている場合ではないかもしれない。
と思っているところで、お腹が鳴った。
そう言えば、お腹がすいている。
が、このタイミングはあまりに恥ずかしい。
相手が笑いをこらえているのが分かる。

「・・・空太刀です。」

顔が赤くなる。
蚊の鳴くような声で答えると、彼は堪え切れないとばかりに噴き出した。

空太刀君、か。
じゃあこのあとどうだい、食事でも。」

願ってもないお誘いだが、これだけ高級感のある人と一緒に食事となるとどうも懐がいたそうだ。
しかし今まで歩いてきたところにファミレスもファーストフード店もなかった。

(背に腹はかえられぬ。)

「・・・是非。」

そう言えば彼はではでは、と人力車の方へといざなった。
学生服の彼は次に来たもう一台の方で移動することになった。
何とも申し訳ない。

「申し訳ありません。」

と言えば、

「いえ。」

淡泊に返された。
ここまで来て人力車はちょっと、とは言えず、人生で初体験することになった。
なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
バイトとしてはわりと日給がいいと聞いたことがあるので、とりあえず満喫させてもらう。
揺れ具合と言い、風のあたりと言い、なんとも気持ちがいい。

「彼は僕の家で絵を勉強している学生なんだが、菱田春草といえば、聞いたことはあるだろうか。」

私は一瞬固まる。
菱田春草、と隣の男は言った。
確かに聞き覚えのある名だ。
明治期の日本画家。
黒い猫の絵を描いていた気がする、が。

(・・・何故生きている?)

「彼は他のことには淡泊だが、絵のことになると熱心でね。
なかなか面白い子なのだよ。」

隣の彼は、髪が風になびく様子が妙に様になっている。

「あの、」

「なんだい?」

私はたくさんある聞きたいことの中から、とりあえず知らなければならないであろうひとつの疑問を彼にぶつけることにした。

「貴方のお名前は?」

彼はきょとんとした顔になって、それから笑顔を見せた。

「言っていなかったね、すまない。」

眩しい笑顔だ。
溢れる自信。
なんだか嫌な予感がする。
むしろ今日は嫌な予感しかしない。
やっぱり聞くのやめたい、と思ったところで、どうしようもなくて。





「僕は森林太郎だ。」




予想をはるかに上回る恐ろしい言葉に、私は言葉をなくした。










誰か説明して!










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