現在の連載では主人公同士が関わることはありませんが、今後関わりが出てくるため、各々の主人公で名前変換ができるようにしてあります。
夢を諦めきれない私
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「大事な話がある。」
久しぶりにお座敷に出た姐さんは、片づけをしている私に真剣な顔でそう言った。
昨日お客さんに勧められるままにお酒を飲み、酔いつぶれたことを怒られてしまうのだろうか。
(怒られて当然だよなぁ・・・。)
今朝目が覚めると姐さんの部屋にいた。
どうやら泉さんが姐さんに連絡してくれたらしい。
姐さんの姿はなくて、夜のお座敷には間に合うように帰るとメモが残っていた。
片付け終わると、どこか店にでも入りたいと、姐さんは置屋とは違う方向に歩きだした。
いつもの様子とは違っていて、何かを考え込んでいる様子に、話しかけようにも話しかけられない。
(どうしたんだろう・・・。)
私の不安は募っていく。
置屋を追い出されてしまうのだろうか。
姐さんが置屋をやめて、劇団に集中するのだろうか。
それともそれともそれともそれとも・・・。
「お嬢ちゃんたち。」
不意にかけられた声に驚いて振り返る。
3人の男が私たちを見ていた。
「なんだい?」
姐さんが尋ねると、にやっと嫌な笑顔を浮かべた。
「一緒にどう?」
くいっと酒を煽るふりをした。
嫌な誘いだ。
これはついていってはいけない。
困ったように姐さんを見れば、ふんと鼻で笑って踵をかえした。
要は無視だ。
「ちょっ・・・腹立つなぁ。
せっかく優しくしてやろうと思ったのによ!」
男達が大股で近づいてくるから、私も慌てて姐さんを追う。
そしてそれに気づいた姐さんは、私の手を取ると走り出した。
男達もどんどん追いかけてくる。
もし、ただのナンパなら追いかけてくることはないだろう。
(人攫い・・・!)
話には聞いた。
姐さんに何度も言い聞かされたし、泉さんにも言われた。
ーいいかい。
昼間でも道端で茶に誘われて、のこのこついて行くんじゃないよ。
夜に酒の誘いなんてもってのほかだ。ー
ー本当に心配だよ、あんた。ー
ー人攫いっていうんだ。
女子供を攫って売り飛ばす、最低な男達。ー
だめだ、着物じゃ歩幅が短いし、下駄は歩きにくい。
これじゃあ間に合わない。
(姐さんだけでも逃げなきゃ。
稼ぎ頭なんだし!)
とは思うものの、言いだせない自分が情けない。
結局自分がかわいいのだ。
「姐さんっ!」
なんとか声を上げる。
こんな状況でもどこか落ち着いた顔をして前を向いている姐さん。
「に、逃げてください!!」
もう息が上がっていて、そういうのが精いっぱいだった。
なんだかどこかで、こんなことがあった気がするとぼんやり思う。
でも、姐さんは微笑んで、それから私の顔を見た。
「あんたは本当に馬鹿だねぇ。」
それは今まで見たどの笑顔よりも頼もしくて。
紅い背中は私に向けられた。
「姐さんっ!!」
あまりのことに私は叫ぶ。
「心配するな!」
どすの利いた声が帰ってきた。
それは今まで聞いたどの声よりも迫力があって。
そして思い出したのだ。
(姐さんに出会った、あの晩・・・。)
野良犬から守ってもらったあの日と、一緒なのだ。
(私は姐さんに守ってもらってばかり・・・。)
「なめんじゃねぇぞ屑!
男の風上にも置けねぇ野郎どもだ!」
それは男勝り、ではなく、男に負けない声だった。
男達もその声にたじろぐ。
「どうしても連れて行くっていうなら、かかってきやがれ。」
静かだが威圧感のある声。
3人の男は顔を見合わせ、そしてまず一人が襲いかかってきた。
姐さんはそれをひょいっとかわしてから腹に一発拳を叩きこむ。
思ったよりも重い一撃だったのか、男はその場に崩れ落ちた。
「次。」
その声はやはり低く、強い声だ。
驚きつつもこのままでは引けないと思ったのか、残りの男2人も襲いかかってくる。
一度に2人も、なんて、このままじゃ姐さんが危ない。
「姐さんっ!」
守られてばかりなんて、嫌だ。
私だって、稼ぎ頭の姐さんを、大好きな大好きな姐さんを、守りたい。
「来るな!」
その言葉で、男は何かを気づいてしまった。
そしてにやりと笑って私へと標的を変える。
「てめぇ!」
姐さんが私のほうへと走ってくる男を追いかけようとして、男につかまった。
よりにもよって、姐さんの綺麗な髪をグイッと掴んだのだ。
「っ!!」
私はどうしようもなくて、とにかく姐さんの髪をひっつかむ男に向かって走り出した。
私を標的にしていた男の脇をすり抜け、全速力で。
「逃げろ馬鹿!」
姐さんの声が聞こえても、もう止まれない。
私は男に向かって思いっきり体当たりをしていた。
そのまま男もろとも、もんどりうって転んでしまう。
男は尻もちをついたらしく、お尻をさすっている。
その手を見た時、私は青ざめた。
なぜなら彼の手に、姐さんの髪が握られたままだったからだ。
あまりのことに声が出ない。
私が体当たりしたばかりに、姐さんの綺麗な髪が引っこ抜かれてしまったのか?
真っ青になって振り返る。
「・・・分かったか。」
聞こえた地を這うような声。
それは紅い着物を着た人からしている。
(え・・・。)
それは先ほどみた背中にとても似ている。
何度も見た、艶やかな着物。
(・・・姐さん?)
抜けたはずの髪の毛はもう生え始めている。
(・・・ちがう、私はどこかで気づいていた。)
ゆっくりと振り返る、紅い背中。
その背中はいつも通り頼もしい。
私の隣を睨みつける瞳は、ひどく冷たくて、確かに見覚えがあった。
(そうだ、そっくりだったんだ。)
あちこちで聞いた、川上という名前も。
川上と言われた俳優とそっくりの目も。
「俺は男だ。」
(気づかないふりをしていたんだ。)
気づいてしまったら、大好きな姐さんと一緒にいられなくなってしまうから。
「これ以上手を出したら、ただじゃすまさねぇぞ。」
男達は尻尾を巻いて逃げだした。
姐さんはじっと立ったままだ。
「・・・姐、さん・・・。」
「俺は姐さんじゃねぇ。
・・・お前も分かったろ。」
艶やかな背中は、今は頼もしい男性のものに見える。
そうだ、この人、私は知っている。
知っているけれど、その名を呼んではいけない気がした。
この着物を着て、私の前に立っているのは。
「ちがいます、姐さんは、私の姐さんは、いつも姐さんです。」
「訳わかんねぇ。」
私はあわてて立ち上がった。
そして姐さんに駆け寄る。
短い髪が顔にかかって、表情は見えない。
でも、ショックを受けているのが分かった。
「私にとって、姐さんはこの世に独りだけです。」
大きな手を握る。
節張ったその手は、いつも元気づけてくれる、優しくて強い手。
「帰りましょうよ、姐さん。」
姐さんは動いてくれない。
こんなの初めてで、不安になる。
「姐さん、姐さん。」
きゅっと大きな手を握った。
やっぱり無反応な手。
温もりだけが、彼女の、否、彼の命を伝えてくれる。
「お願い、姐さん、一緒に帰ってよ・・・。」
いつの間にか泣きそうな声になっていて。
「ぷはっ!」
頭の上で姐さんが笑いだした。
「ったく、人が真面目に悩んでるっつうのに、うちの子犬は何ともねぇのか。
悩んでるのがアホらしくなった。」
そして大きな手が、私の頭に触れた。
大好きな、大好きな手が、頭を撫でる。
「わかったよ。
帰るぞ、花。」
俺たちの部屋へ