高麗国
名前変換
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新しい国は高麗国。
着いたとたんに領主の息子がサクラちゃんに手を上げようとしたところ、小狼君が蹴り飛ばした。
嫌な感じの人だったな。
そう言えば、あの女は珍しく腕を組んだままその様子をただ眺めていた。
大抵もめ事には顔を突っ込むたちなのに。
この国では、不思議な術、秘術の使える人がいるらしい。
町で出会った春香ちゃんは秘術師の卵。
今は亡きお母さんはそれは素晴らしい秘術師だったんだとか。
そのお母さんがなくなって、まだ小さい子なのに独り暮らしみたい。
「こっちはモコナ。
で、小狼君にサクラちゃんに黒ぷー。」
「黒鋼だ!」
呑気に自己紹介を始めたけれど、部屋の隅で胡坐をかく女の名前をオレは知らない。
たぶん、黒ぷー達も。
「それから・・・?」
春香ちゃんが先を促すように女を見た。
そう言えばこの国についてから彼女は一言も話していない。
深いフードの向こうに男がいるのか女がいるのかも春香ちゃんにはわからないだろう。
そしてたぶん、サクラちゃんも分かっていない。
「名前なんてねぇよクソガキ。」
「そんな言い方しなくてもいいだろう。」
怒りの表情を浮かべる春香ちゃんに替わって小狼君が声を上げる。
「なんだよ、本当のことだろ。
本当のことじゃなきゃ怒んねぇもんな。」
「なんだい!
せっかく仲良くしてやろうと思ったのに!」
「はっ!
お断りだな。」
席を立つ女を、オレ達は黙って見送った。
「・・・先が思いやられるな。」
黒りんが溜息をついた。
「仲間じゃないのか?」
春香ちゃんの素朴な疑問はもっともだ。
「オレ達、たまたま一緒に旅をするようになっただけで、知り合ってまだ10日も経っていないんだよ。
さっきの人とはとくにねぇ・・・。」
「おれはどうしても好きになれません。」
きっぱりといいきる小狼君。
「・・・俺もだな。
何考えてんのか全然読めねぇ。
そもそも、あいつの旅の目的はなんなのかもしらねぇ。」
黒ぷーも不審顔だ。
「私は・・・あの人は、大切な事のために旅をしていると思うな。」
ぽつり、聞こえた声にみんなが振り返る。
みんなの視線の中、サクラちゃんが穏やかに微笑んでいた。
「私と一緒で、きっといろんなことが分からないの。
自分の名前さえ。」
ゆったりとした言葉が、不思議と心に届く。
「じゃあ誰かが名前をつけてあげたらいいね!」
モコナが明るく言ってくるりと回る。
「後でみんなで考えようね。」
サクラちゃんがにっこりとわらう。
不思議な子だ。
どうしてあんな女のことをいともたやすく許せるのだろう。
サクラちゃんに、なんの記憶もないからだろうか。
領主の横暴な態度に、町のみなさんは我慢が限界だと、春香ちゃんが訴える。
ずいぶんとひどい領主らしい。
・・・民を殺すほど狂っているわけではないみたいだけど。
急に強風が家を襲う。
同時に魔法の気配を感じてオレは家の外に駆けだした。
すると意外なことに、そして予想通り、あの女がいた。
家に向かってくる竜巻に手をかざし、スピアを唱えている。
オレの知らないものだ。
しかしその朗々とした響きと強い魔力に、彼女がいかに偉大な魔術師かを思い知らされる。
足元に見たことのない魔法陣が浮かぶ。
星をモチーフにしたそれは、彼女の恐ろしい程の力とはどこかアンバランスなほど、純粋無垢な美しい模様だ。
外から飛んできた枝や石が弾き飛ばされているのが見え、家の周りに防御壁が現れたのが分かる。
女は魔法陣の真ん中に片膝をつき、両手を地面についた。
後から出てきた黒ぽんたちはその様子を見て驚いたらしい。
「どういうことだ?」
小狼君の疑問は風音にかき消された。
というのも、風の音はどんどん強くなっている。
彼女を中心としてエネルギーが渦巻くのが目に見える。
かなり濃い魔力だ。
これだけの力を使いこなせるということは、オレが感じている彼女の魔力は、本当にうわべだけのものということになる。
オレをはるかに上回る力を、彼女は体内に秘めていることになる。
きっと、あの入れ墨と首に掛けられた鎖が封じ込めているのだ。
「・・・おい!」
ついに黒りんが声をかけた。
「集中してんのが分からんのか馬鹿野郎!」
跳ね返された罵声に、黒様は眉をひそめる。
ぽたり、とフードの中から水が滴った。
汗だろう。
「家を守ってくれているのか・・・?」
春香の問いに、小狼君も不審そうに頷く。
「領主の力は強くて並みじゃない。
あいつ、すごく無理しているんじゃないのか?」
春香ちゃんの言うとおり、防御壁が押されているのがオレにはわかる。
「中に入った方がいいよ。」
オレの言葉に、小狼君が春香ちゃんとサクラちゃんを家の中にいれる。
黒ぽっぽをちらりと見ると、どうやら彼女の力を見届けたいらしく、ひとつ頷かれた。
もともと戦闘職種みたいだし、何かあっても自分の身は守れるのだろう。
いよいよ風が強くなってきた。
彼女の魔力も強くなる。
防御壁がミシリと音をたてた。
フードが煽られて顔が露わになる。
顔に張っている刺青が、血のように赤い。
それは明らかに警告だ。
「おい!やめろ!!!」
無意識に叫んでいた。
「やられるのは気に食わない!!!」
一瞬の沈黙。
彼女のエネルギーが眩しいほど光り、巨大な地響きがなった。
思わず顔を手で覆い、衝撃に身構えたが、何かが身体を包んでいた。
柔らかな衝撃はあったが、包まれていたおかげで痛くもなんともない。
まるで雪が解けるようにオレの身体はゆっくりと地面に横たわらされた。
あたりを見回すと、どうやら黒りんもそうだったらしい。
ただ一人、違う人がいる。
起き上がったオレ達は恐る恐る倒れ伏す布の塊に近づいた。
そっとフードを避けると気を失っている女がいた。
血の気のないあどけない寝顔には、刺青が容赦なく這いまわる。
オレと黒りんは顔を見合わせ、それからオレが彼女を抱き上げた。
家もあちこち壊れているらしいが、彼女のおかげで全壊は免れたらしい。
「まさか!」
家の中から春香ちゃんが駆け寄ってくる。
腕の中で気を失っている女を見て、彼女は息をのんだ。
そして小さく握りしめた拳を振るわせ、目にいっぱい涙をためた。
「あの領主がやったんだ!
あいつが!!!」
苦しいほどの叫びにサクラちゃんと小狼君が目を伏せる。
「・・・気を失っているだけだ。」
黒りんが春香ちゃんに小さく話しかけると、春香ちゃんは目元をぬぐって部屋に掛け込む。
「治療するからそこに寝かせて!」
小さな背中は、寂しくも力強く生きていた。