偶像の国
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「傷は?」
「全部治療していた・・・と思うよ。」
白饅頭は俺の肩の上で小さくなった。
「すごい血・・・。」
俺の手に抱えられた女は気を失っていた。
こんなに無防備な様子を見るのははじめてだ。
ただひとつ疑問がある。
「どこで怪我をしたんだ?
あの男の他に敵でもいたのか?」
俺が見た時には既に出血は止まっていて、星史朗に切られた訳ではなかった。
向こうの世界はゲームの世界であって、実際の体に怪我は負わないはずだ。
「千歳さんが、オレがゲームオーバーになって目を覚ましたとき、
『良くご無事で。干渉者の行動が読めなかったもので心配しました。』
って言ったんだ。
オレが最後に見たのは彼女が星史朗さんと戦っているところだった。」
「あの男ならなんでもありってことか。」
彼はどこか考え込んでいる。
俺の視線に気付いたのか、首を振った。
「なんでもないよ。」
「そうか。」
必要以上に詮索するつもりはない。
この男がなんでもないと言うならそれ以上興味はない。
腕の中の女は思いの外痩せている。
首から下げられた鎖が重すぎるくらいだ。
思いの外若いようだ。
姫や小僧よりは年上だろうが、俺達よりは目に見えて若い。
そして思いの外、顔立ちが姫に似ている。
ゆっくりと開いた瞳は姫と同じ美しい緑で、周りの木立の色に染まったかと思うほどだった。
(いや、この女の瞳は漆黒だったはず・・・。)
次の瞬間、腕の中からその存在は消えていた。
音もたてず少し離れたところに降り立つ。
「・・・大丈夫か?」
ストレートに聞くのは苦手だが、聞かねば答えを逃げられる気がした。
案外この女は真面目なのだ。
俺の腕は彼女の血で黒く汚れている。
その傷は深かったに違いない。
「大事ない。」
ついっと目を逸らし、襟元に口を埋めてくぐもった声で答える。
女の姿が風に包まれ、俺の腕も風に包まれる。
風が消えたときには、両者の体から血も汚も消えていて、女の顔は深いフードの下に隠れてしまった。
この女も誰かの犬に違いないと、いつからか気づいた。
その人の命令で旅をしているのか、その人は誰なのか、わからないことだらけだけれど、こいつが敵ではないことはもう十分すぎるくらいわかっていた。
不意に女が辺りを見回して歩き出す。
「行こう!」
ぴよんと白饅頭が肩の上から飛び降りてついていく。
「無理しちゃダメだよ。」
「誰が無理をした。
寝言は寝て言え。」
「寝言じゃないもん!」
そんな会話に俺達は顔を見合わせてから歩き始める。
しばらく進むと俺の耳に覚えのある声が聞こえてきた。
「まさか。」
のんびりと歩いている女の脇をすり抜け走ると、木から吊るされた網に絡まった姫がいた。
「小狼くんが拐われたんです!」
網を切って助け出すと姫はそう訴えた。
どうやら木の実を後頭部に受けて気を失ったらしい。
そして耳としっぽの生えた小さい人たちが連れて行ったという。
とりあえず連れて行かれたという方向に走るしかない。
「誰かさんの教えが甘ぇんじゃね?」
くつくつと女が笑う。
「寝言は寝て言え。」
にやりと笑ってそう返せば鼻で笑われた。
「図に乗るんじゃねぇぞ。」
そうこうしていると広い場所に出た。
そしてそこには。
「あっ大丈夫でしたかー?」
呑気な顔して毛足の長い二足歩行をする猫のよう小さい動物たちと食事らしいものをしていた小僧。
思わずため息をつく。
「小狼君は?」
不安げなサクラちゃんに小狼君は笑いかける。
「平気です。
いろいろ事情もあったみたいですし。」
「事情ー?」
興味深げにと動物たちが近寄ってくる。
しかし不思議と女からは距離を取っていた。
「あいつ、怖い。」
俺の近くにいた一匹が、ポツリと呟いた。
ふわもこちゃん達は何やら楽しげに踊っている。
平和なことだ。
「羽根の力、だめらしいね。」
隣の咲に声をかけるが、返事はない。
彼女の怪我が酷かったと聞かされたサクラちゃんによって、ここで安静にしているよう言いつけられたのだ。
珍しく言い付けを守っているところを見ると、体調はよくないのだろう。
「羽根のある場所とかも分かるの?」
「・・・だったらなんだ。」
「咲も一緒に行った方が早く見つかったかなと思って。」
返事はない。
彼女はおそらく小狼くん達の敵ではない。
血も涙もない冷酷な人でもない。
「咲は、オレ達のいた桜都国はゲームだって知ってたの?」
「さあな。」
彼女は知っていたのだろう。
星史朗さんがオレを殺す前に殺すことで、オレを守ったことになる。
恐怖心さえ与えずに。
(優しく守られた・・・ってことか。)
表情の見えないフードの中で、彼女はオレをどう思っているのだろう。
答えの見えない疑問から目をそらす。
「・・・羽根はこの国のどこにあるんだろうね。」
「黙って話を聞け。」
彼女がふわもこちゃん達の方を顎でしゃくったので、言われた通り黙る。
「あいつ怖い。」
「怖い怖い。」
どうやら咲の事を怖がっているらしい。
「何をするかわからないよ。」
「家を壊すかも。」
「畑を荒らすかも。」
「食べ物盗むかも。」
「食べ物にするかも?」
「ぼくたちを食べ物にするかも?」
「ぼくたち食べられちゃうの!?」
「それは困る!」
「困る困る!」
あらぬ方向に話が進んでいく。
「どうしたらいいだろう?」
「イケニエを出すのはどうか?」
「それはいいかも。」
「イケニエを出せばいい!」
「イケニエを出せばぼくたちを食べない!」
「あいつがイケニエを出せばぼくたち食べないって!」
「イケニエを探そう!」
事の顛末がわかり、オレは苦笑する。
「黒様達、残念かもしれないね。」
羽根は彼らの行き先にないかもしれない。
「羽根はどこにあるのかなぁ。」