桜都国
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桜は美しい。
母国でも満開の桜がよく見られた。
陛下もお好きで、城にはたくさんの桜が植えられていたものだ。
自分には時間があれば登っていた桜の木があった。
立派な立派な木で、隣の同じく立派なもう一本の桜と共に花を咲かせていた。
城にある誰かの誕生記念樹だったから、たぶん王族の人のものだろう。
そんな木に登るなど罰されるに値するだろうが、そんなことを気にせず登っていた。
その木がとにかく好きで、よく木の上で一晩過ごした。
ー本当に の桜が好きだな。
オレの桜にだって登ってもいいんだよ。ー
ファイ王が見上げてそう笑いかけた。
そして隣を向いてまた笑う。
記憶から消された誰かに、笑っている。
(あなたは誰?)
なにか話しかけられて、嬉しくて自分は笑った。
何でそんなに嬉しかったのか、今や全く思い出せないけれど。
戻らない日常。
桜の向こうから淡い影だけをちらつかせて。
「懐かしいですか。」
振り返らなくても、そこにいる人が誰かはわかっていた。
吸血鬼の双子を追いかけるという彼は、母国にもやって来たことがあった。
「ここには彼らはいないと思うが。」
「そうかな。
・・・サクラ。」
「その名で呼ぶな。」
「呼んで良いのは名付けてくださった陛下方だけ、だったね。
相変わらずの忠誠ぶりだ。」
その言葉に一瞬反応が遅れる。
記憶にないからだ。
名付けてくれた人などいたのかと。
ではなぜその人のことがわからないのか。
(対価か。)
思わずため息をついた。
星史朗はそれを別の意味にとらえたようだった。
「それから相変わらずつれないね。
でもそんな忠誠心の塊の様な君がなぜここにいるのかな?」
「お前に話す筋合いはない。」
「興味があるのだけれど。」
「その興味を満たす義務はない。」
「昔から変わらないな。
取り入らなければならない敵にはあんなに愛嬌をふりまくのに。」
そして優しく微笑んだ。
これは彼が嬉しいときの笑いだ。
決して相手を想ってのことではない。
だから次に来るものの予想もついた。
「元気がないようだ。
これのせいかな。」
彼が自分の心臓に触れると見慣れた羽が現れた。
もしかしたら彼は、主人から離れてここにいる理由も知っているのかもしれない。
誰にも言っていないはずなのに、羽根に拒絶反応を示すこの体のことを知っているのだから。
脂汗に気付かない振りをする。
「その羽根を求めるものがいる。」
「知っているよ。
教え子だからね。」
彼は羽根を直した。
体調がやや回復する。
その強大なパワーか及ぼす影響など計り知れない。
「元気かな、小狼は。」
「さぁな。」
「早く会いたいな。」
「どの口が言う。」
「冷たいんだね。
弟にはもう少し優しかっただろう?
みんな弟の方がいいらしいのは何でかな。」
「お前の性格が問題だろう。」
「君もこんな性格になれれば楽だろう。
可愛そうに。」
「そうかもな。」
「でももうその必要もないかもしれないね。」
自分でもわかっていた。
「もう元には戻らないだろうから。」
星史朗の言葉は無視して桜を見上げる。
泣きたいほど懐かしいのは、すぐにでもよじ登りたいほど愛おしいのは、失われた記憶のせいだろうか。