桜都国
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この国には“敵”がいる。
倒して褒賞金を得るための存在。
小振りの刃がついた手甲で殴り倒した鬼児は崩れ去った。
武器屋の老人がストレス発散に一番だと笑って渡してきた武器だ。
(間違いない。)
「強いんですね!」
気配には気づいていたから驚かない。
振り返れば姫よりやや年上の少女と男、それから犬がいた。
「一人か?」
「自分は鬼児狩ではないからな。」
「あ、新しくできた職業でしょ?
冒険家。
鬼児狩と違って一人で行動できるけど、レベル高くないと選べないんだよね。」
「ああ。」
再び鬼児が現れる。
ちょうどいいと二人を置いて屋根の上に飛び上がる。
「ちょつと!
どこ行くの?!」
銃を射った少女がこっちを見て叫んだ。
「帰るだけだが。」
「手伝いなさいよ!」
「お前たちはこいつらを倒しに来たんだろ。」
「確かにそうだけどっ!」
「余所見するな!!」
自分と良く似た武器を持つ男の怒鳴り声と、少女の悲鳴とどちらが早かっただろう。
「なんで!」
尻餅をついた少女の傍らに犬が駆け寄った。
「手伝えと言ったかと思えば、手伝ったら理由を尋ねる。
どうしろと言うのだ。」
突き飛ばした少女を見おろしてため息をつく。
そして片手で受け止めていた鬼児の腕を払うと大きく飛び上がって勢い良く鬼児の顔を殴り付けるように切りつける。
よろめいた間に一度地面に着地し、再び飛び上がって勢い良く反対側から切りつけた。
終わりだ。
「強い・・・。」
消えていく鬼児に少女がポツリとこぼした。
「あんた、名前は?」
男の問いかけに背中を向ける。
「登録したヤツに聞いてないから知らん。」
それだけ答えて再び屋根に飛び上がる。
「待って!
あり」
その先の言葉を聞く前に大きく跳んだ。
少女と男の気配がどんどん小さくなる。
少女が言おうとした言葉は、自分が忘れるべき言葉で、言われる筋合いも、それに見合う身分でもないし、その言葉を聞き流すのも、今は面倒なくらいだった。
(失われた存在に振り回されるなど、愚かだな。)
浮かぶのは自嘲だ。
自分に存在すらしない誰かを追いかけずにはいられない、愚かな自分。
(貴方だけがいない。
いない貴方は誰?
どうして貴方との関係性が対価となりえるの?
どれ程の価値があるの?
死に場所を探す旅の対価に見合うというの?)
この国にいるとどうも体調が悪い。
間違いなく羽根が近くにあるのだ。
(あの子の羽根が不調の原因だなんて。)
見事な桜の前に音もなく降り立つ。
(私は弱い。)
「私たち、知らない人同士なはずないよね、
だって、小狼君は私の羽根探すために、怪我したり、危険な目にあったり・・・
こんなに夜遅くまでいろいろがんばってくれていて・・・。
それなのに・・・ごめんなさい。」
部屋の中から聞こえてくる言葉は、姫の謝罪だった。
失った記憶と対価。
それは小僧だけに苦しみを与えるものではない。
彼女は、記憶が戻り始めて、自我がはっきりした。
だからこそ、考えたのだろう。
誰よりも自分を守ってくれる存在を。
そしてまた彼女も苦しんでいる。
「サクラ姫・・・。」
「わたしと小狼君っていつ会ったの?
もしかして小さいころから知っていて、すごく大切な人なんじゃ・・・!」
「姫!」
そこで姫の声は途切れ、倒れる音、それを抱きしめる音が聞こえる。
「何のお話していたのかな・・・・
そう、ごめんなさいっていいたくて・・・。」
もう一人、今この言葉を聞いている者がいる。
「対価はそんなに甘くない、か。」
後ろの声に振り返る。
月明かりの下で、青年はちらりと俺を見た。
「差し出した対価は戻らない。
小狼君は分かっていたのかもね。」
月の光を集めたような髪が、夜風に揺れた。
「それでも、やると決めたことはやるんでしょう、彼は。」
そういう彼は何かを考えている。
どちらかと言えば思っているように見えた。
彼は、と言うくらいだから、やると決めたことのために対価を払った別の誰かのことか、はたまた自分のことか。
「何を企んでいやがる?」
つっけんどんにそう聞いてみる。
「やだな、人聞きが悪い。
ちょっと考えごとをしていただけだよぅ。」
そしてへらりと笑った。
「何をだ。」
「サクラちゃんと小狼君のこととか。」
そこで言葉を切って、ちらりと辺りに目を走らせた。
「あの子の対価のこととか。」
予想外の言葉に驚く。
こいつは俺たちの中で一際あの女と距離をとりたがっているように見えたていたから。
「何を知っている?」
「何も?
だから考えてたんだ。」
残念ながらこれは何を聞いても答えそうにない。
へらりとした笑顔から視線を離し、俺は寝室へ向かった。
今夜は情報集めにオレと黒さまでお出かけ。
お店はサクラちゃんと小狼くんに任せてきた。
オレは鬼児狩でもないし、面倒事に巻き込まれたくないからちゃんとルートは考えてきたはずなんだけど。
「あれ、この辺りは鬼児の出現ポイントじゃなかったはずなのに。」
目の前には、オレのダーツが眉間に命中して崩れ落ちる鬼児。
「おい。」
黒りんは刀を構えたまま、声をかけてきた。
「ん?どうしたの?」
「戻るぞ、こいつら。」
「えっ。」
ぼろぼろと崩れていっていた鬼児が、再び形を取り戻していく。
「これはこれは。」
オレは地図をポケットに直し、
ダーツを構える。
取り囲んだ鬼児が一瞬の間をおいた。
どちらがしかけるか、その一瞬の間に、オレはダーツを打つ。
でもやはり遊び道具じゃ倒せないようだ。
一度消えてもまた元の姿に戻ってしまう。
まるで、そう作られたかのように。
「ちゃんと倒せ!」
黒様が怒ってるけど、どうしようもない。
「ダーツじゃ倒せないみたいー
ここは本職に任せた方がー
ね、『おっきいワンコ』。」
そういえば彼はぱっと振り返る。
「呼ぶなっ!」
なんてバカなのとを言っていたからか、鬼児が予想よりもずいぶん近くに来ていた。
爪をよけようと飛び下がるも、距離が短く、服が切り裂かれる。
「馬鹿!
反撃しろ!」
目の前の鬼児を倒しながら黒さまが叫ぶ。
「と言っても、オレこれ以上武器持ってないしー」
トン、と街頭の上に降り立つ。
ふと見れば目の前に鬼児が2匹。
目が光っている。
「伏せろ!!」
黒様の声と、その目か光線が出るのと、どちらが早かったんだろう。
どちらにしろ、オレはその光に吹き飛ばされた。
(いや、違う。
オレを突き飛ばしたのは・・・。)
いつかの衝撃を和らげてくれた、柔らかい空気のクッションがオレの回りにあった。
建物に追突し、その建物が壊れるのに、多少の衝撃はあれどオレは痛くも痒くもない。
「その鉄屑どうにかしろ!
必要以上に腕が悪いように見えるぞ!」
その毒舌の主は、瓦礫に埋もれたオレの位置からは見えない。
でも、彼女だ。
「うるせぇ!
俺が買った刀じゃねぇ!」
「武器選びを他人に任せるアホがあるか!最低だな!
早く倒せ!」
「クソッ!
言われんでも・・・地竜・陣円舞。」
辺りに強い風が起き、次の瞬間、鬼児は消えていた。
「さすが黒様ー」
ぱちぱちと手をたたけば、眉間にしわを寄せた黒様が近づいてきた。
手に持っていた刀は砕けてしまっている。
オレも立ち上がろうとするも、左足に痛みが走った。
いつの間にか捻挫したらしい。
「ん?
なんか足がヘンみたい?
でもこのくらいじゃ死なないからー」
へらっと笑って見上げるも、満月の中で赤い瞳は、怒っていた。
「死なないんじゃなくて、死ねないんだろう、お前は。」
「俺は殺そうと向かってくる奴は殺る。
生涯守ろうと決めたものを奪おうとする奴も殺る。
今まで何人殺したかも覚えてねぇからな。
綺麗事なんざ言う気もねえ。」
まだ荒い息を繰り返すオレの顎を、鞘で持ち上げる。
「まだ命数つきてないのに、自分から生きようとしない奴が、この世で一番嫌いだ。」
真剣ではないのに、今にものどを切り裂かれそうな感覚に襲われた。
彼は本当に怒っている。
だが次の瞬間その鞘が宙を舞っていた。
「あ・・・。」
吹き飛ばした本人が唖然とした顔をしているであろう声が、彼女の口からした。
オレ達もなんと言おうかと一瞬迷う。
「てめぇ、なんか文句あるのか?」
青筋を立てた黒ぽんが凄む。
「いや、悪い。
自分もお前の言うことに同意していたんだが・・・。」
彼女は首を竦めた。
「どうしてかな。」
「知るか!
つうか、てめぇもなんで戦わねぇ!」
「鬼児狩じゃねぇ。
助ける義理もねぇ。
それかなんだ、助けてほしかったか?」
馬鹿にしたように笑う咲だが、黒様は真面目だった。
「そうだ、そのはずだ。
だが実際、お前は助けた。
今もだ。
お前はなぜこいつを庇う?」
咲はしばらく考えてから口を開いた。
「呪、だな。」
「呪?」
「そうだ。
自国で仕えていた、こいつと同じ魂の王を守るという、身体に叩き込まれた義務・・・もはや呪だな。」
深いフードで見えない顔が、自嘲するように笑った気がした。
「こいつが知らぬところで殺られない限り、自分は命をかけてて守っちまうんだろうな。
あーいやだいやだ。」
咲はそして首をすくめた。
「だがてめぇも同じ匂いがするぞ。
誰かの犬の匂いだ。」
黒ぽんは真面目な顔をして、黙っていた。
「そうだ。
俺も忠誠を誓った主がいる。」
「お前もきっとそうだ。
たとえ別人だと知っても、きっとその主と同じ魂の持ち主に出会ったら、命をかけて守る。
だが・・・。」
と彼女は言葉を一度切って、オレを見た。
「お前には分からんだろうな。」
刺さる言葉にオレは笑ってみせる。
オレの主は今、湖の底で深い眠りについている。
オレの魔法で。
顔の見えない深いフードの奥で、彼女はどこまでオレの事を見抜いているんだろう。
「そうだね。」
オレ達は違う。
背負う過去も、仕える主も、この旅への関わり方も。
「分からないな。」
だからきっと分かり合えないし、オレ達みんなが願いを叶える未来なんてありえない。
少なくとも、オレがその幸せを破壊する。