桜都国
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夜中、ふと目が覚めた。
鬼児狩組も出かけて、サクラちゃんもモコナも眠っているのに、ピアノの音がする。
ひどく物悲しい調べで、オレはベッドから抜け出す。
(誰だろう。)
時に激しく、時に穏やかに、時に早く、時にゆったりと、まるで何かを探し求めるような調べ。
そっと、音を立てないように扉をあける。
音は鳴り止むことはない。
店の中央のグランドピアノを奏でていたのは、予想外の人物だった。
「咲・・・。」
思わず名前を呼んでから、口を押さえた。
彼女のことを忘れていたわけではない。
ただ、こんなにも繊細な音を奏でるとは、思いもよらなかったのだ。
いつも身に付けているローブは脱いでいて、シンプルな麻の服に身を包んでいた。
ひどく固そうなその布の、粗い作りのそれは、どこか罪人を思わせる。
彼女はオレに気づくことなく弾き続ける。
気配に敏い彼女らしくない。
彼女はまるで、自分の殻の中に籠っているようだった。
自分の中の何かを求めて、それを白と黒の鍵盤にのせているような。
瞳はどこか潤んでいて、真剣で、いつものような人を小バカにした感じもない。
もしかしたら泣いているのかもしれない。
美しくも悲しい音色に、ピアノのもとに引き寄せられる。
彼女はそれでも気がつかない。
ピアノの譜面台の黒に、オレが映り込んだときだった。
彼女はようやく気づいたようで、手を止め、驚いたように立ち上がる。
驚きのあまり言葉を失っているようだ。
その様子に驚くオレに、彼女は震える手ですがり付いた。
大きく見開かれた瞳が、必死にオレを見上げる。
美しい瞳は翡翠で、濡れていて、確かにオレを見ているのに、オレの向こうの誰かを求めていた。
「貴方が、ユゥ・・・」
彼女は糸が切れた人形のように力を失い、慌てて抱き止めた。
オレの心臓は早鐘のように鼓動していた。
「・・・何だ、どうして・・・」
ぼんやりとした顔をして、咲が呟く。
そして緩く頭を振った。
「愚かなことを。」
そしてオレから離れた。
「君も、関係性を対価に払ったのか?」
乾いた口で、そう問う。
「ああ、そうだ。」
「・・・オレと同じ魂の持ち主の・・・?」
「推測が正しければな。」
ふらりと立ち上がっていこうとする手を、無意識に取っていた。
問いかけるように咲が振り返る。
「・・・君はオレをユゥイだと言った。
それはなぜ?」
記憶がないはずならば、わからないはずだ。
「情報として持っている。
自分のいた国の王が双子で、一人がファイ王。
もう一人はユゥイ王と言うらしい。
後はお前に良く似たファイ王の隣の存在だけが欠けている。」
思いの外すんなりと質問に答え、遠い祖国を思うのか、暗い窓の外をじっと見ていた。
彼女は思い出そうとしていたのだろう。
オレと同じ魂の人を。
「放せ。」
オレはそう言われても、手を放せずにいた。
自分と同じ魂の王の気持ちを思ったからかもしれないし、小狼くんを思ったからかもしれない。
彼女の過去を思ったのかもしれないし、同じ魂のオレがファイと共にいるという言葉に戸惑ったのかもしれない。
彼女は呆れたようにオレを見おろしている。
「思い出せないのだ。
その方がどれ程残虐な方で、どれ程の力を持っていたのか。
なぜその方との関係性が、私の一番大切なものになり得たのか。」
彼は残虐だったのだろうか。
彼女にありとあらゆる悪徳を積ませるほど。
オレは自身の双子を殺せるのだ。
そんな命令もできるのかもしれない。
「君は、その人の命令で旅を?」
「およそ二人の王の、だろうな。」
「なんのために?」
「聞いてどうする。」
「どうもしないけど・・・。」
サクラちゃんが過去の仕事を聞いた時も聞いてどうするのかと彼女は言った。
聞いてはいけないことだと思った。
でも、今さら止めることはできない。
「その命令を告げたのはユゥイ王だったのだろう。
隣でファイ王は泣いていらした。」
彼女は無意識だろう、微笑んでいた。
その涙を思い出しているのだろう。
ひどく優しい顔をしていた。
「死に場所を探すのが最後の命令だなんて、主として最低だと、泣いていらした。
泣く必要などないのに、お優しい方であった。」
なぜそんな必要があったのか、オレは聞くことができなかった。
彼女は再びピアノに触れた。
優しい和音が響く。
「ファイ王は音楽がお好きだった。
私はまだここにで弾いている。
煩いか?」
オレは首を振るのが精一杯だった。
「ならば、勝手にする。」
彼女は優しく目を閉じ、再び弾き始めた。
ファイ王と、きっとユゥイ王の前でも弾いたのだろう。
オレはひとたび聞いて好きだと思うから、きっと彼女の世界の二人も好きな曲だったに違いない。