桜都国
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市役所で住民登録を済ませ、案内された家に入る。
極めて不思議な国だ。
黙って壁に持たれて窓の外を見ている女は、何を考えているのか、この国に来てから一言も話していない。
不意に家の天井と壁を突き破って巨大な異形の者が雄叫びを上げて飛び込んできた。
俺はソファで眠る姫を抱き抱えて部屋の奥へと下がる。
異形の者の一撃目を、小僧が避けたが、二撃目は避けきれなかった。
その様子を窓の外を見るのと同じように、女は眺めている。
こいつは高麗国にいたときに小僧の闘いを見たはずだ。
倒せるから静観しているのだろう。
そうこうしているうちに、やはり小僧が異形の者を倒した。
煙を上げて消えたそれは、骨のひとつも残さずに消えてしまった。
「こりゃなんだ?」
静観していた女に問う。
「なぜ自分に聞く。」
一人称が自分であるのは、うっかり使っても男女の別に差し支えないからか。
深いフードの奥の瞳が俺を見た気がした。
「知らねぇのか。」
「ただの雑魚だろう。」
家がミシミシと音をたてる。
倒壊するかもしれない。
「詳しいことは後回しにしようかー?」
青年が白饅頭を抱き上げ小僧に肩を貸し、俺も姫を抱えあげたら時だった。
パチン
指をならす音がこだました。
見上げると破壊された天井や壁が徐々に修復されていく。
女の姿だけが、そこから消えていた。
「咲が直してくれたのかな。」
白饅頭の呟きに、俺たちは頷かざるを得ない。
異形の者が溢れるこの世界で、女はどこに行ったのだろうか。
「仕事ですか?」
「そ。
全員登録するみたいでさ。」
姫はファイさんと喫茶店、おれは黒鋼さんと鬼児狩りだ。
その話を聞いた黒鋼さんがおれをじっと見た。
「お前、右目が見えてねぇな。」
昨日家に入ってきた化け物を倒したときに気づかれてしまったらしい。
「専門家が必要なくらいだ。
楽じゃねぇ。」
分かっている。
でも、それでも。
「てめぇは弱い。
やめておけ!」
小バカにした声が響いた。
昨夜姿を消したきりだった咲が、どこから入って来たのか、階段からこちらを見下ろしている。
「いや、やってもおもしろいかも。
骨を拾ってやるつもりはねぇけどな。」
「咲!
そんなこと言わないの!」
ぷんすか、とモコナが小さな拳を振り上げて抗議する。
「じゃあどうすんだよ?
羽根を諦めるか、死ぬかだぞ。」
深いフードのお陰で見えないけれど、見下しているのは見なくてもわかる。
手を握りしめて睨み返した。
「生きて羽根を手に入れる。
何としてでも。」
「だから無理だっつってるだろ。
武器も満足に扱えねぇ、弱点を見抜かれる、誰にでも優しくなんぞ掲げていそうな能天気な頭。
最低の狩人だな。」
悔しくて握りしめた拳が震える。
「咲!」
モコナが怒って跳び蹴りするが、耳を捕まれてぷらぷらゆれている。
「お前、言い過ぎだ。」
静かに黒鋼さんが諌めた。
黒鋼さんの言い方は適切だ。
咲の言葉は間違っていない。
だからこそ悔しくてたまらない。
言い返せない。
「死んじまえ!」
バカにしたようにそう言ってモコナを放り投げ、その人は階段を上がっていった。
投げられたモコナをファイさんが受け止めてくれた。
昨日の怪我が、じくじくと痛んだ。
「ちなみにあいつの仕事は何にしたんだ?」
夕食のとき、黒たんがポロリと聞いた。
咲は小狼くんにきつく当たって以来、丸1日帰ってきていない。
その間にサクラちゃんは目を覚まし、咲がいないことを悲しんでいた。
喫茶店で出すメニューもできてきたし、店内もそれらしくなってきた。
彼女がいないまま。
「・・・冒険者・・・だけど。」
黒ぽっぽがスープを吹いた。
汚い。
「お前、それをあいつに言う勇気あるのか?」
「もちろんないよ。
ただ、市役所のお姉さんが勧めてくれたんだ。
一人で自由にしたい人に向いていますって。」
「間違いではありませんが・・・。」
小狼くんも今から冷や汗をかいている。
「いいんじゃないかな。
ね?」
サクラちゃんが誰かに同意を求めて、オレ達は顔をあげる。
部屋の中央、ピアノという楽器の上に、咲は座っていた。
「ああ。」
もっと怒るかと思いきや、思いの外淡白な返事が帰ってきて、驚いてしまう。
「い、いいのか?」
「どうせごっこ遊びみたいなもんだろ。」
咲は鼻で笑った。
「好き勝手させてもらう。」
「咲もご飯食べよう。」
席をはずす空気を感じたのか、サクラちゃんが声をかけた。
「残念ながら冒険者だからな。
食べ物は自分で探す。」
そういうとしゅるんと姿を消した。
「なんか元気ない。」
姫が心配そうに言った。
「変なものでも食ったか。」
そう言いつつも、黒りんもどこか心配そうだ。
不思議だった。
いつの間にか咲が仲間になっている気がする。
その夜、黒ぽっぽと小狼くんは初めて鬼児狩りとして出かけていった。
オレが間に合わせで買ってきた武器を手に。
「咲の対価が何だったか、ファイさん知ってますか?」
片付けをしていたらサクラちゃんが思い出したように尋ねた。
「知らないなぁ。
サクラちゃんは知ってるの?」
「いいえ、でも私と同じだって言っていました。」
「え?」
「小狼くんも私と同じ大切なものを対価を払ったって。」
その言葉に思わず手を止めてしまう。
サクラちゃんと同じとは、どういうことだろう。
この子は対価を払わなかったはずだ。
ある意味対価のようなものだといえばそうかもしれないが。
「ファイさん、私の対価はなんだったんですか?」
真剣な瞳が、オレを見つめる。
こんな瞳が咲に似ているとやはり思った。
色こそ違えど、形はよく似ている。
「・・・それはオレの口からは言えないな。」
「咲も教えてくれなかった。」
しょんぼりとするサクラちゃんは、以前に比べるとずいぶんと意識がはっきりしてきたらしい。
だから少しずついろんなことが気になってくるのだろう。
「でも不思議なんです。
大切なものであったはずなのに、私ちっとも困っていないの。」
困っていることがわからない状況なのだとは、この子はわからないのだ。
「だから、ありがとうございます。」
無邪気に微笑む。
「たくさんありがとうって言いたいんです。
記憶がないのに不自由なくさせてもらっているから。」
素直で、温かい日だまりのように。
「咲も困っていないのかな。
そうだといいなと思うんです。
私も、私ができることをして、同じ対価を払った咲に、幸せになってほしいんです。」
優しい。
オレとは全く違う感覚のなかで、この子は生きているんだと思った。
「そうだね。」
オレはそういって笑って見せた。
気になるのは対価の話だ。
もし同じだというのなら、咲は大切な誰かとの関係性を支払ったことになる。
(それは、誰?)
だがきっと彼女本人も、それを知らない。