ジェイド国
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「まさかとは思うけど、サクラちゃんと子どもを守ったなんてことは・・・」
「そのまさかだろうな。」
急流を前に、オレと黒たんとモコナは3人の帰りを待つ。
途中で小狼くんとサクラちゃんともはぐれてしまったのだ。
「ファイ、咲は優しいよ。」
モコナが見上げて心配そうに言った。
不思議だった。
あんな怪しい女なのに、いつの間にか信頼されている。
「お前はあいつを敬遠しているようだが。」
黒様の言葉にオレは乾いた笑いを浮かべた。
「ほら、魔女さんが愛してるっていったら身動き奪えるって言ってたでしよ。
だから言おうとしたら、本気の殺気を当てられちゃってねぇ。
・・・まぁあれが本気かはわからないんだけれど。」
そう誤魔化してみたら、二人も納得したみたいだった。
本当は、彼女に秘密を握られているなど言えるはずがない。
(ましてやオレが聞いていた旅のメンバーに彼女が居なかったなんてことは、言えるはずがない。)
「来た。」
黒ぽんが差し出した手を、水中から小狼くんがつかみ、そのまま引き上げる。
彼の腕にはしっかりとサクラちゃんが抱えられていた。
冷えきった身体をオレと黒りんのコートでくるむ。
一刻も早く暖かな部屋へ運ばなければ、体調を崩してしまうだろう。
二人とも唇は青く、歯が鳴るほど震えている。
「急いで家へ!」
心配して駆けつけてくれたグロサムさんの言葉に、オレ達は二人をそれぞれ抱える。
オレ達をずっと敬遠していたのに、こうして気遣ってくれるところを見ると、どうやらやっと信用してくれたみたいだ。
「咲・・・が・・・」
サクラちゃんの震える唇が微かに呟く。
自分も辛いだろうに。
黒たんを見れば、1つうなずいて抱えていた小狼君をグロサムさんに押し付ける。
「危険だ!」
グロサムさんの制止も聞かずに濁流へ飛び込む。
正確には飛び込もうとして、何かに弾き飛ばされた。
同時にオレの腕の中が急に暖かくなり、風にサクラちゃんがさらわれる。
それは小狼くんも同じだ。
オレの腕に寄りかかるようにして返されたサクラちゃんは少しも濡れていない。
オレの体もサクラちゃんを抱えて濡れたはずなのに、ほんのり暖かいくらいだ。
「さっさと帰れ屑。」
声に見上げれば、崩れた城の塔の上に影があった。
すくりと立つ細身の姿が月光に照らされている。
その影の胸の辺りに灯りがキラキラと瞬いた。
一瞬写し出された顔はが驚くほど苦しげに見えたのは、目の錯覚だろうか。
確かめる間もなく一筋の光がサクラちゃんが抱える羽根を閉じ込めた氷に降ってきた。
見たこともないその魔法は、まるで流れ星のようだった。
氷は星が当たると砕けてキラキラと光った。
羽根が溶け込むようにサクラちゃんに還っていく。
安心したような顔をして、サクラちゃんは眠りについた。
「カイルは?」
グロサムさんの問いかけを、咲は鼻で笑った。
「知るか。」
「お前が最後どうしたか聞いてるんだ。」
「濁流に突き落としたさ。」
「なら・・・」
「相当頭が悪いらしいな。
死んでいるかわからんだろう。」
「だがあんな濁流!」
「お前は知らない。」
ひどく複雑で、憎しみと哀れみの混じった顔だった。
やはりさっきの顔は見間違いではなかったらしい。
豊かな黒髪の先から滴る水が、まるで涙のように見えた。
彼女みたいな人が泣くはずもないのに、胸が締め付けられる。
(でもそう決めつけているのは、オレ・・・?)
「あいつは生きてる。」
絞り出すような静かな声を残して、彼女は姿を消した。
姫とモコナが休んでから、食後、どこにいるのかわからなくなった咲を探す。
一緒に食事をするのは初めてだった。
今まではずっと別に食べているか、食べないかだったから。
今回も姿をくらまそうとした咲の袖を、姫がすかさずつかんで引き留めた。
そして一緒に食べようと言って聞かなかったのだ。
あれが初めてだ、これが美味しいと楽しげに話す姫に、驚いたことに言葉少なではあるが咲もまともな返事をしていた。
羽根が戻って少しずつ元気になってくれるのはうれしい。
だが咲との仲には謎が残る。
「どうしたの?」
ファイさんが尋ねた。
「咲を探していて。」
「あいつは見つかんねぇぞ。」
黒鋼さんはグロサムさんがくれた酒を煽りながら言った。
「お前じゃ無理だ。」
その理由がわかるようなわからないような言葉に首を傾げるが、探さなきゃならない。
外だろうかと家からでる。
夜だと言うのに降り積もった雪で辺りは明るい。
星は美しく窓から室内の温かな光が漏れてくる。
再会した子どもと家族の笑い声が聞こえてくる気がした。
「懐かしいか。」
急に声が聞こえて驚いて振り仰ぐ。
雪の積もった枝の上に、黒い影があった。
ぼんやりと照らされた顔は、なんの表情も浮かべてはいない。
憎しみも、嘲りも。
それだけで不思議と、いつも感じているマイナスの感情を抱かない 。
「そうだな。
・・・おれは記憶もなく道端にしゃがみこんでいたのを拾われたらしい。
拾ってくれた人が父と呼ばせてくれた。」
気づけば藤隆さんのことを話していた。
「会いたいか。」
「そうだな。
・・・叶うのならば。」
窓に揺れる大小の影に、思いを馳せる。
「咲は会いたい人はいないのか。」
再び見上げると、彼女もなにかを思うような顔をして家々を見つめている。
「そうだな・・・。」
その声はどこか、静かな雪に似ていた。
すぐに溶けてなくなるような、脆さがあった。
「誰なんだ?」
「その人はきっと失った記憶の先にいる。
・・・だから知らない。」
「もしかして対価に記憶を払ったのか。」
「さぁな。」
大切ななにかを、この人も失っているのだ。
そう思うとどこかしっくりきた。
心に開いた穴を、この人も探している。
この旅で失った一番大切な、サクラとの関係性。
きっと彼女も同じものを対価としている。
彼女の中の誰かはサクラの中のおれなのだ。
「姫を助けてくれたんだろう。
礼を言う。」
「降ってきた。
早く帰れ。」
「咲も帰ろう。」
おれの言葉は聞こえなかったかのように、その人は降ってきた雪の中に溶けるようにいなくなった。