ジェイド国
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「咲?」
ノックしても返事がないから声をかけて扉を開けた。
食事になっても降りてこなかったので、モコちゃんと一緒に寝室に運んできたのだ。
明かりもついていない室内。
雪明かりに照らされて浮かび上がる姿。
絶望にうちひしがれながら、堪えきれぬ怒りに燃えている。
みんなの前にいるときには決して見せない姿だ。
「咲・・・」
モコちゃんがためらいがちに呼んだ。
「お前達には隠しても無駄だからな。」
そう呟いて彼女はため息をつく。
確かにモコちゃんは108の秘密か何かで気持ちが分かってしまうし、私は不思議なことに咲の気持ちは自分の気持ちのようにわかる。
「どうしてかな。」
「さぁな。」
悪態をつくこともなく、彼女はそう答えた。
でもどうやら咲は私が咲の気持ちが分かることを知っているみたいだ。
(咲も私の気持ちが分かるのかな?)
期待を込めた目で見つめれば、咲は呆れたようにため息をついた。
(やっぱりわかるんだ。)
「数日くらいなら食べなくても問題はないと言ったはずだが。」
咲は昨夜そう言って私たちを驚かせた。
「美味しかったから食べてほしくて。」
私はサイドテーブルにお盆をのせる。
「冷めないうちに食べてね。」
パンとシチューと紅茶をちらりと見た。
了承の印だ。
「お前は戻れ。」
料理に手をつける前に、咲はモコちゃんにそう告げた。
「どうして?」
「どうしてもだ。」
「咲ったらいじわるなの。」
「そうかもな。」
どこか優しい声に満足したのか、モコちゃんは部屋から出ていった。
部屋には私と咲の二人。
冷めないか気になる私に気づいてか、咲がパンを食べ始める。
私は向かいのベッドに座った。
「お前が払った対価も同じか。」
思い出したかのように、咲が呟いた。
私はいったい何を支払ったのか、覚えていないし、分からない。
大切なものだったのかもしれないけれど、今の生活に支障はないから不思議だ。
(みんなが優しくしてくれるからかな。)
「みんなの対価はなんだったの?」
「黒鋼は刀。
小狼はお前の大切なものと同じだ。
あいつは呪。」
ファイさんのことをあいつって呼ぶ咲は、ファイさんが特別なんだろうな、と思った。
「小狼くんが同じものを支払ったって、どういうこと?」
私と同じ物を持っていたということか、それとも私が支払ったものが小狼くんの対価を兼ねているということか。
「お前はまだ知らなくていい。」
そっけなくそれだけ言って、咲はシチューを口に運ぶ。
「じゃあ咲の対価はなに?」
私の問に、咲はじっとシチューを見た。
「誰も知らなくていい。」
私と同じものだったはずなのに、なぜ誰も、等と言うのか。
「いつか、咲が教えてもいいと思ったら教えてほしいな。」
なぜ、と漆黒の瞳が問う。
「大切な友達だもん。」
咲がきょとんとした顔をして、それから吹き出した。
あまりに楽しげに笑うから、私も笑ってしまった。
「あ!」
咲が食事を食べ終わるまであと少し、というところだった。
窓の外を歩く一人の女性の姿を見かけ、思わず窓に駆け寄る。
咲も窓辺にやって来た。
「噂の姫か。」
「おいかけなきゃ!」
「正気か?」
「だって、」
ふっと意識が遠退く。
咲の舌打ちが聞こえた。
そして。
「心配するな。」
耳元でそう、囁かれた。