10万日の、その先に
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香織サンはベッドに横たわり、目を閉じる。
ボクはその隣に立ち、彼女の鎖結 と魄睡 を始め、身体のあちこちにコードを装着する。
彼女がこの義骸に入ってからのこの100年ほどの間、毎日繰り返している事だ。
魂魄と崩玉の融合状況、義骸の動作確認、霊圧の減少量の計測・・・
彼女はこの間、ボクの"研究対象"に徹する。
話すこともなく、ただ穏やかに眠るようにしている。
呼吸による胸の動きと計測データの変動が無ければ、死んでいるのではないかと錯覚する程だ。
だからボクは出来る限り彼女に優しく触れる。
まるで彼女を起こさぬように。
ボクは彼女を"たったひとりの香織サン"だと思っていると言うことを、精一杯伝える為に。
(言葉なんかでは通じないことは沢山ある。)
そっと、暖かな中指の指先に計測装置を挟み、ベッドの上に置く。
ボクの指とは違う、細く丸みのある、柔らかな指。
(だからといって、優しく触れたところでボクの自己満足でしかない。)
桜色の爪まで全て、ボクが作った義骸という"研究対象"に間違いはない。
その性能を検査し、必要とあれば手を加える。
実際過去に彼女の身体には幾度となくメスを入れてきた。
だがその中に通う暖かな霊力は間違いなく彼女そのものだ。
(その霊力を、ボクが作ったこの義骸は、吸い尽くす。
そしてその全てを吸い尽くした時、この義骸は彼女自身となる。)
装置のボタンを押せば、データの計測が始まる。
今日も、ボクの開発した義骸は正しく動作しているようだ。
彼女はボクから、ほんの少しずつ、でも確実に異なる存在へと変わりつつある。
(彼女の人生を奪ったのは他でもない。
ボクだ。)
平子さん達も確かに本来の死神そのものとは変わってはしまったが、全てが解決しさえすればまた尸魂界に戻るという未来もあり得る。
だが彼女にはその未来は永劫、訪れることはない。
己の科学者としての性 を後悔した。
だがその能力が、平子さん達の命を救った。
そしてボク達を藍染サンから隠し、生かす。
(一方で彼女を殺すのに。)
目の前の眠るような穏やかな姿。
彼女の苦しみを作ったのが己だという事実に、胸が握り潰されるような痛みを覚える。
(愛おしい、
愛おしい、
愛おしい。
これ程までに愛おしいのにーー。)
他の言葉は出てこない。
それが妹への気持ちなのか、1人の女性に向けるものなのか、逃げ隠れする生活の中で生じた吊り橋効果なのか、罪意識の影響によるのか、いつしか分からなくなってしまった。
否、もしかしたらその全てなのかもしれない。
あと10万日、この想いに心臓を捻り潰されないよう抗って生きていけるだろうか。
(そんな事は出来る気がしない。)
計測が終わるまで、ボクは彼女の枕元で手を祈るように組んでそこに額を乗せ、目を閉じた。
いつものように。
ふっと顔に何か触れた気がして、目を開ける。
(くすぐったい・・・)
横に顔を向けると、金髪が鼻をくすぐった。
(喜助さん・・・)
気づけば彼の体温が空気を介してじんわり伝わってくる気がした。
陽だまりを集めたような髪は、見ているだけで心が温かくなる。
彼に触れようとして、自分の手にまだコードが繋がれていた事に気付き、仕方なくベッドの上に手を下ろす。
彼に触れられる程、コードは長くはない。
(寝ているのかな。)
彼が計測中に寝たのはこれが初めてだ。
その新鮮さに小さく笑う。
なんだか得した気分だ。
画面をみると、計測は終了しているらしい。
私はそっと体を起こす。
コードの長さに限界があるから、私には身体を起こしてベッドに座るのが精一杯だ。
数値を見る限り、霊力は以前の3分の2くらいになっている。
喜助さんの説明によると、初めは義骸の霊力の分解の効果が大きいから、減りが早いらしい。
喜助さんが言うのだから間違いないのだろうが、減りが早いと少し、どきりとしてしまう。
(自分で選んだ事なのに、呆れた。)
自嘲的に笑う。
残り時間に脅かされるのが嫌で、日にちを数えることはやめた。
今、この瞬間を大切にしたいと思ったから。
なのに喜助さんが昨日、私たちが出会って10万日だなんて言うから、残り時間のことを思い出してしまった。
全くもって、気が滅入る。
私の残された霊力が、刻刻と減ってきていることは、私自身感じていた。
虚の気配に疎くなり、瞬歩が遅くなり、斬魂刀を開放するとすぐ疲れるようになった。
私は画面から目を背ける。
10万日は、約273年287日。
長い長い時間であるはずなのに、不安になる。
本当にこの人と、あと10万日を過ごせるのだろうかと。
(なんて欲張りなんだろう。)
今は彼も義骸に入っているから、私は喜助さんの存在を見ることも触れることもできる。
だがいつの日か、義骸から抜け出た彼本来の姿を、見ることさえ叶わなくなるのだ。
今はこれほど間近にいて、温もりさえ空気を介して感じるのに。
膝の上に祈るように組まれた節張った手が見えた。
大きくて温かい手は、いつも愛を囁くかのように、優しく私に触れる。
昔からそうだった。
縋りつく私の小さな手を、包み込んでくれた優しい手。
擦りむいた膝を、鬼道で治療してくれた優しい手。
私を褒めるために頭をなでてくれた、優しい手。
(大好きな、
大好きな、
大好きな人の、
大好きな手。)
その手は自由にものを作り、自由にものに触れる。
触れる先は、私だけではない。
多くの人に触れ、彼の才能により未来を創る手だ。
それに対し、コードにつながれて行動を制限された自分の手。
終末を迎えるために用意された、この義骸 。
(これが、違い・・・なのかな。)
どうしようもなく胸の奥が疼いた。
気付かないふりをしていたのに、一度その蓋を開けてしまうと、思いは溢れるばかりで留め様がない。
全ては大好きな人達のため。
力を持たない自分が、やっと見つけた生きる 理由。
彼らに並ぶことはできない私が、彼らと限られた時であっても彼らと共に過ごすために選んだ。
全ては自分で決めたこと。
それは十分すぎるほどわかっている。
分かっているのに、胸の痛みを堪 え切れない。
(喜助さんと夜一さんのためにも、絶対に泣かないと、そう心に誓ったはずなのに。)
不甲斐ない自分にも涙が溢れる。
その涙を拭おうにも、コードが邪魔をして己の顔にさえ手が届かない。
その些細な事実がまた、涙を誘った。
ボクはその隣に立ち、彼女の
彼女がこの義骸に入ってからのこの100年ほどの間、毎日繰り返している事だ。
魂魄と崩玉の融合状況、義骸の動作確認、霊圧の減少量の計測・・・
彼女はこの間、ボクの"研究対象"に徹する。
話すこともなく、ただ穏やかに眠るようにしている。
呼吸による胸の動きと計測データの変動が無ければ、死んでいるのではないかと錯覚する程だ。
だからボクは出来る限り彼女に優しく触れる。
まるで彼女を起こさぬように。
ボクは彼女を"たったひとりの香織サン"だと思っていると言うことを、精一杯伝える為に。
(言葉なんかでは通じないことは沢山ある。)
そっと、暖かな中指の指先に計測装置を挟み、ベッドの上に置く。
ボクの指とは違う、細く丸みのある、柔らかな指。
(だからといって、優しく触れたところでボクの自己満足でしかない。)
桜色の爪まで全て、ボクが作った義骸という"研究対象"に間違いはない。
その性能を検査し、必要とあれば手を加える。
実際過去に彼女の身体には幾度となくメスを入れてきた。
だがその中に通う暖かな霊力は間違いなく彼女そのものだ。
(その霊力を、ボクが作ったこの義骸は、吸い尽くす。
そしてその全てを吸い尽くした時、この義骸は彼女自身となる。)
装置のボタンを押せば、データの計測が始まる。
今日も、ボクの開発した義骸は正しく動作しているようだ。
彼女はボクから、ほんの少しずつ、でも確実に異なる存在へと変わりつつある。
(彼女の人生を奪ったのは他でもない。
ボクだ。)
平子さん達も確かに本来の死神そのものとは変わってはしまったが、全てが解決しさえすればまた尸魂界に戻るという未来もあり得る。
だが彼女にはその未来は永劫、訪れることはない。
己の科学者としての
だがその能力が、平子さん達の命を救った。
そしてボク達を藍染サンから隠し、生かす。
(一方で彼女を殺すのに。)
目の前の眠るような穏やかな姿。
彼女の苦しみを作ったのが己だという事実に、胸が握り潰されるような痛みを覚える。
(愛おしい、
愛おしい、
愛おしい。
これ程までに愛おしいのにーー。)
他の言葉は出てこない。
それが妹への気持ちなのか、1人の女性に向けるものなのか、逃げ隠れする生活の中で生じた吊り橋効果なのか、罪意識の影響によるのか、いつしか分からなくなってしまった。
否、もしかしたらその全てなのかもしれない。
あと10万日、この想いに心臓を捻り潰されないよう抗って生きていけるだろうか。
(そんな事は出来る気がしない。)
計測が終わるまで、ボクは彼女の枕元で手を祈るように組んでそこに額を乗せ、目を閉じた。
いつものように。
ふっと顔に何か触れた気がして、目を開ける。
(くすぐったい・・・)
横に顔を向けると、金髪が鼻をくすぐった。
(喜助さん・・・)
気づけば彼の体温が空気を介してじんわり伝わってくる気がした。
陽だまりを集めたような髪は、見ているだけで心が温かくなる。
彼に触れようとして、自分の手にまだコードが繋がれていた事に気付き、仕方なくベッドの上に手を下ろす。
彼に触れられる程、コードは長くはない。
(寝ているのかな。)
彼が計測中に寝たのはこれが初めてだ。
その新鮮さに小さく笑う。
なんだか得した気分だ。
画面をみると、計測は終了しているらしい。
私はそっと体を起こす。
コードの長さに限界があるから、私には身体を起こしてベッドに座るのが精一杯だ。
数値を見る限り、霊力は以前の3分の2くらいになっている。
喜助さんの説明によると、初めは義骸の霊力の分解の効果が大きいから、減りが早いらしい。
喜助さんが言うのだから間違いないのだろうが、減りが早いと少し、どきりとしてしまう。
(自分で選んだ事なのに、呆れた。)
自嘲的に笑う。
残り時間に脅かされるのが嫌で、日にちを数えることはやめた。
今、この瞬間を大切にしたいと思ったから。
なのに喜助さんが昨日、私たちが出会って10万日だなんて言うから、残り時間のことを思い出してしまった。
全くもって、気が滅入る。
私の残された霊力が、刻刻と減ってきていることは、私自身感じていた。
虚の気配に疎くなり、瞬歩が遅くなり、斬魂刀を開放するとすぐ疲れるようになった。
私は画面から目を背ける。
10万日は、約273年287日。
長い長い時間であるはずなのに、不安になる。
本当にこの人と、あと10万日を過ごせるのだろうかと。
(なんて欲張りなんだろう。)
今は彼も義骸に入っているから、私は喜助さんの存在を見ることも触れることもできる。
だがいつの日か、義骸から抜け出た彼本来の姿を、見ることさえ叶わなくなるのだ。
今はこれほど間近にいて、温もりさえ空気を介して感じるのに。
膝の上に祈るように組まれた節張った手が見えた。
大きくて温かい手は、いつも愛を囁くかのように、優しく私に触れる。
昔からそうだった。
縋りつく私の小さな手を、包み込んでくれた優しい手。
擦りむいた膝を、鬼道で治療してくれた優しい手。
私を褒めるために頭をなでてくれた、優しい手。
(大好きな、
大好きな、
大好きな人の、
大好きな手。)
その手は自由にものを作り、自由にものに触れる。
触れる先は、私だけではない。
多くの人に触れ、彼の才能により未来を創る手だ。
それに対し、コードにつながれて行動を制限された自分の手。
終末を迎えるために用意された、この
(これが、違い・・・なのかな。)
どうしようもなく胸の奥が疼いた。
気付かないふりをしていたのに、一度その蓋を開けてしまうと、思いは溢れるばかりで留め様がない。
全ては大好きな人達のため。
力を持たない自分が、やっと見つけた
彼らに並ぶことはできない私が、彼らと限られた時であっても彼らと共に過ごすために選んだ。
全ては自分で決めたこと。
それは十分すぎるほどわかっている。
分かっているのに、胸の痛みを
(喜助さんと夜一さんのためにも、絶対に泣かないと、そう心に誓ったはずなのに。)
不甲斐ない自分にも涙が溢れる。
その涙を拭おうにも、コードが邪魔をして己の顔にさえ手が届かない。
その些細な事実がまた、涙を誘った。