本編 ーsecondー
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「そろそろ本当にまずいよ・・・。」
郁もそわそわとし始めた時、咲が動いた。
立ち上がったのだ。
「うん、やっぱりひどいよね。」
ぽつり、こぼした言葉は、なぜだか心に響き、子ども達は水を打ったように静かになった。
「そもそもおじいさんたちが何をしたっていうの。
頑張って畑仕事をしているのに、悪ふざけにも程がある。
何でそんなことするの、信じられない。」
咲が言うにつれて、子ども達の表情が変化する。
悲しそうな顔の子もいれば、拗ねたような顔の子も。
「そうだよね?」
同意を求めるように咲は呼びかけた。
「・・・たぬきは、遊びたかったのかもしれない。」
不意に小さな声が上がる。
男の子だ。
今まで座っていたのに、立ち上がって、咲の足元まで行く。
精一杯背を伸ばして、咲を睨みつけた。
「たぬきは、おじいさんと遊びたかったかもしれない。」
「なんで?」
咲はしゃがまない。
子どもの目線、と柴崎に学んだばかりの手塚にしたら、座れよ!とどついてやりたくなったくらい、しゃがむ気配もない。
「僕もするもん。
小さい弟ができて、お母さんが弟ばかりかまうから、僕、弟のこと叩いたりするもん。」
「私もする。
幼稚園で仲間外れにされたら、怒って、積み木とか、こわしちゃう。」
子ども達が咲の足元に寄ってくる。
そして、ぐいぐいと、咲を座らせようと手や服を引っ張るのだ。
それでも咲は座らず、抵抗する。
「でも、悪いことは悪いことでしょ?
植えた種やお芋食べて、その後おじいさんたち食べるものなくなっちゃうよ。」
「お腹すいてたんだよ!」
「ぺこぺこだったら、私、みちこちゃんのおやつも食べちゃったもの!」
「自分のご飯は、自分であつめなきゃだめでしょ?
おやつなら良いかもしれないけど、お野菜やお米が取れなかったら、ご飯食べられないんだよ?」
「集め方を知らなかったんだよ!」
「どうやって野菜を作ればいいのか、分からなかったんだよ!」
口論はどんどん激しくなっていく。
咲を座らせようと引っ張りながら、子ども達は必死だ。
ずるずるとソファの方に引っ張っていく。
その様子を、堂上班も、試験官も、呆気にとられて見ている。
山本も仕事に戻るのを忘れているようだ。
「分からないなら聞けばいいのに。」
「聞きかたが分からないんだよ!」
「なんで?
食べ物の作り方を教えてくださいってくらい、小さい子でも知ってるよ?」
「それが、言えないんだよ!」
ついに咲はひっくり返るようにして座らされた。
もちろん、ちゃんとソファの上にだ。
子ども達は、ソファに群がるようにして咲を取り巻く。
「もやもやして、言えないんだ。」
「そうそう!
簡単なことも、もやもやすると言えないの。」
「おれもそう!」
いつの間にか団結している子ども達。
そして。
「お姉さんは?」
小さな女の子が尋ねる。
「お姉さんは、もやもやして言えないとき、ないの?」
小さな目が咲を見つめた。
「・・・あるよ。」
咲が、お話し会が始まってから、初めて笑った。
「いーっぱいある。
みんなくらいの時もそうだったけど、大きくなった今も。」
「今も?」
「そうだよ。」
そして本を再び開いた。
「言えなまま大きくなると、どんどん自分が分からなくなる。
どんどん苦しくなって、周りの人も助けられなくなっちゃう。
嫌なことされ続けると、仕返しだって止まらなくなっちゃう。」
子ども達は静かに聞いている。
静かに聞いているのは、子どもだけではない。
試験官も、郁達見学者も、咲の言葉に心を掴まれていた。
それぞれの、立場に重ね合わせながら。
「これから先はちょっと悲しいお話。
でも、聞いてほしいな。」
ウサギに、たぬきを懲らしめたいと相談する翁。
たぬきはその後、ウサギによって火をつけられてやけどをし、その傷にトウガラシ入りの味噌をぬって苦しみ、
泥の船に乗って漁にでて、ウサギに助けを求めたが、逆に艪で海に沈められてしまった。
物語が終わっても、子ども達はじっとしていた。
「お話はこれでおしまい。」
咲が改めて言うと、子ども達はそわそわとする。
「お姉さん、私、いやよ。
もやもやした時は、どうしたらいいの?」
女の子が尋ねた。
「どうしたらいいんだろうね。
私も知りたいなぁ。」
咲は優しく微笑んだ。
「もやもやしてる!って、言う。」
男の子が提案する。
「もやもやしそうになったら、考えるのをやめる。」
またべつの子が提案する。
「怒る!
お前がこうしたからもやもやなんだぞ!って。
で、すっきりする。」
笑いが起きた。
「どれもなかなかいいね。
私もそうすればよかったかな。」
小さなつぶやきに、子どもたちが反応する。
この前までの落ち込みの話だろうか、と郁達も気になった。
「お姉さん、誰かとけんかしているの?」
「悲しいの?」
咲は小さく微笑んだ。
それだけが答えで、具体的なことは何も分からないけれど、彼女が深く傷ついていることはよくわかった。
郁と山本以外は思い当たる節でもあるのか、手塚は無意識に視線をそらし、堂上、小牧、柴崎はむしろ視線を鋭くした。
「お家に帰ってからもいろんな人とお話しして、どうしたらいいか考えてみて。
で、もしいいのが浮かんだら、図書館に教えにきてよ。」
子ども達は、元気に頷く。
「それじゃあ、今日のお話し会はここまで。」
子ども達は何人かでまとまって部屋から出ていく。
どうやらお友達になったらしい。
「またねー!」
元気に帰っていく子どもと、それを見送る咲。
試験官や郁たちもようやく我に帰り、山本はあわてて業務に駆けていった。
実技試験これにて終了