本編 ーsecondー
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頼まれて書類を総務部に届け、執務室に戻りドアを開けると突然視界が暗くなった。
「……え?」
それを認識する間もなく、咲は何かに押しつぶされ、受け身はとれたものの倒れてしまう。
咄嗟に体勢を取り直し、自分を押しつぶした相手を取り押さえようと腕をつかむが、振り払われ、逆に押し倒されてしまう。
ガンッ!
身体を床に打ちつけられ火花が散る。
くらくらとした頭で、どこか覚えのある重み。
これはどこかで組み手をした相手だ。
(だから、押さえこまれる、前に、かわさないと、いけない、と言わ、れ、て……)
「空太刀!?
すまん、思わず……」
「何やってるんですか教官、早くどいてあげてください!」
「何って、もとはと言えばお前が……いや、それより、医務室だ」
聞き覚えのある声にいろいろ言いたいこともあったけれど、咲の意識は遠のいてしまった。
「要は、笠原が落とした見られたくない手紙を拾おうとした堂上教官を、あんたが投げ飛ばしちゃって、
それがたまたま部屋に入ってきた咲にぶつかって、
たぶん不審者かなにかだと思った咲が今度は堂上教官を押さえにかかって、
反射的に応戦した教官が咲を脳震盪に追いやったってことかしら?」
「その通りです」
「間違いない」
医務室でベットに横たわる咲の前、堂上と笠原を椅子に座らせ、その前で柴崎が腕を組んでため息をついた。
「試験前だっていうのに。
職業病って、嫌ね」
「面目ない」
「試験前の大切な時に、大事に至らなくて本当によかったわ」
「おっしゃる通りで」
「……あの」
ふいに聞こえた声に、3人はベッドの方を見る。
「咲!
良かった、どこか痛む?」
飛びつく笠原に、咲は笑いかける。
「大丈夫です。
今、ぼんやり話の概要は聞こえました。
申し訳ありません、タイミング悪くて」
「いや、悪かったのは俺達だ。
すまない」
申し訳なさそうな堂上は首の後ろを掻く。
咲は微かに嬉しそうに笑った。
「押さえ込まれる前にかわさないといけないと教えていただいたのに、まだまだです」
堂上は弱ったな、と嬉しそうに笑う。
いつの間にやら親しくなった2人の様子に、笠原と柴崎は顔を見合わせた。
「それより、逆にお邪魔してしまったみたいで申し訳ありません」
「ううん!全然邪魔じゃない!」
妙にそわそわしている笠原に首を傾げたくなるものの、堂上の溜息に触れるべきことではないのだろうと、見て見ぬ振りを決め込む。
どうやら2人の間に何があったらしい。
2人のこととなるとどうしても慧が頭を掠めがちになるが、まさかあれだけのトラブルを引き起こしておいて接触してくる事はなかろうと頭を振る。
それを具合が悪いと勘違いしたのだろ。
「今佐々木先生席外してるけど、しばらくしたらまた戻ってくるって言ってたから、私達はこの辺でお暇するわ。
ゆっくり休んで」
柴崎の言葉に2人も立ち上がる。
「無理するな」
「具合悪かったらちゃんと先生にいうんだよ」
「はい、お騒がせしました」
騒がせたのはお前のせいだとか、いや教官が悪いとか、静かにしろとか、そんなことを言いながら3人は遠ざかって行った。
戻ってきた日常に、自分だけどこか異質なままな気がする。
みんなは前に進んでいる。
自分も前に進めているだろうか。
堂上は咲に謝罪を求めなかった。
おそらく笠原は謝れば許してしまうことを見越していたし、それで気持ちを楽にするのが烏滸がましいと思う捻くれた咲の性格まで見通していたに違いない。
だからそもそもの罪悪感を消そうとしてくれたのだ。
ーだからこそ手塚慧と惹かれあったんだろう。
それは罪じゃないー
だが、笠原が苦しんでいるのに手をこまねいていたことを非難する自分もいる。
偶然与えられたこの眩しい程の優しさに溺れてよいものか、とーー咲はじっと自分の手を見下ろしていた。