本編 ーsecondー
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笠原の査問が突然終わり、図書隊内の異様な雰囲気もあっという間に元に戻った。
咲が首からいつもかけていたカミツレのペンダントがなくなったことに、山本は訓練中に気づいた。
どうしたのかと問えば、失くしたのだと言われた。
いつもと変わらない顔をしているけれど、何かが確実に違う。
空気が、違う。
いつものような凛とした強さではなく、脆く崩れてしまいそうな、それでいて重荷から解き放たれたような。
いったい何があったのだろう。
射撃の練習に打ち込むのも、それを忘れるためなのだろうか。
今まで考えたこともなかったが、あのカミツレのペンダントは、男からの贈り物だったんじゃないかとふと思った。
それを失くしたからだろうか。
それともーー贈り主と別れたから、だろうか。
どちらにせよ、過去の話になったのだ、あのペンダントは。
「咲」
「なに、山本」
弾が中央からぶれている。
初めのころこそ見た景色だが、今になって中央からぶれることなど彼女にはありえない。
「俺が、買ってやるよ。
来週休み被ってるだろ、空けとけよな」
咲が驚いたように顔を上げた。
今日、やっと悲しそうじゃない顔をしたと思う。
ニヤリと、口の端が上がるのを隠しきれない。
その顔を見た彼女が首を傾げるから、なおのことむずむずする。
ようやく、俺が彼女の瞳に映った、と。
「約束だぞ」
「うん……?」
のんびりと街中を歩く。
咲とこうしてお買い物に出るなんて、鞠江は久しぶりだった。
気に入ったワンピースをみかけて、咲の手を引いてお店のウインドウに駆け寄る。
ウインドウに映る、ぼうっとした顔。
久しぶりにメイクしてあげたというのに、全く締りがない。
いや、締りがないというよりは生気が抜けたよう、というか。
かわいいね。
ガラスに書いて見せれば、咲は思い出したように頷いて笑った。
そんな顔をしてほしくて言ったんじゃないのに、と胸が力と痛む。
なんだか咲の調子がおかしいから、連れ出してほしいという連絡は、小牧からだった。
咲に限ってそんなはずは、と思いつつも、会ってみれば確かにおかしい。
いつも自分と小牧を応援してくれた、あの大人っぽい咲は、どこかに消えていて、今は迷子の子どものよう。
卒業式の日に背中を押してくれた細い手を、今度は自分が引く番なのだ。
店に入る。
小牧薄々今回の査問と彼女の変化に関連があるのではと気づいている。
鞠江であれば聞き出去るのではという考えもあってのことだ。
かっこいいけどずるい大人の顔をちらりと覗かせた彼に、鞠江は素知らぬふりをするつもりだった。
何があろうと、咲は親友であり、彼女の傷を抉るなど以ての外。
咲に店頭にあったワンピースを指さして、試着がしたい旨を伝える。
ぼんやりしていてもそれは分かってくれて、店員さんに頼んでくれた。
鞠江はそのワンピースと一緒に、戸惑う咲をカーテンの中に押し込む。
しばらくしてカーテンが開いた。
淡いグリーンのワンピースに身を包んだ咲は、困ったような笑みを浮かべていた。
「毬江の方が似合うのに……」
そう口が動いた。
やっと名前を呼んでくれたと、自然と笑顔になる。
会ってから彼女は一度も鞠江の名前呼んでなかったのだ。
(私たちはあなたのそばにいるじゃない。
あなたの居場所はあの人のそばだけ?)
にっこり笑って、咲の手を取った。