本編 ーsecondー
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笠原が図書館から出ていく姿を、仕事あがりの咲は見かけた。
固い決意をした横顔は、しっかりとした足取りで、門を出ると左に曲がって消えた。
心臓が激しく脈打った。
取り急ぎ寮にもどり、隊服から着替えると部屋を駆け出す。
彼女の行き先など知るはずもないが、同じ門を出て、同じく左に曲がり、走る。
ハズレならハズレで構わなかった。
兎に角、今追いかけなければ必ず後悔すると、妙な胸騒ぎがあった。
笠原を探して走っていたはずなのに、辿り着いたのは慧と以前待ち合わせた駅前だった。
駅前のビルの一角にあるレストランは雰囲気も落ち着いていて、また来ようと、そう約束した店だった。
何より向かいには大きな本屋がある。
彼とあれこれ言いながら本を見た記憶が頭を掠め、その本屋の軒に背を向けてビルを見上げる。
その3階に、目を惹きつける横顔があった。
メガネを押し上げる仕草さえ懐かしい。
アイロンが綺麗にかかった、淡いサックスブルーのシャツから出る節張った手は、いつも優しく本に触れていた。
これほど離れているのに、その優しささえ見い出す自分に唇を噛む。
そしてその向かいに真剣な表情の郁が見えた。
(ーー当たりだ)
複雑な思いを抱えながらも、迷う暇などない。
相手に気づかれる前にビルには入り、大きな音をたてる心臓を無視してエスカレーターを駆け上り、店に入る。
各テーブルがカーテンで仕切られた店内は、彼らのすぐ横を通らない限り気づかれることはない。
カーテンを挟んだ手前の席に腰掛け、あの時も頼んだーーカモミールティーを頼んだ。
話は途中からではあったが、彼の進もうとする道の事、慧の狙いが光である事は概ね聞こえた。
自分の知る声が、自分の知らないトーンで語る話は全て、想定内だった。
彼の口から、弟の話も聞いた事があるし、情報として未来企画のことも知っていたから、全てを繋げれば、色んなことが推測できた。
想定外だったのは、話の内容ではなかった。
否、想定していなかったわけではない。
きっと恐れて、その可能性に気付かぬふりをしていたのだ。
けたたましくドアベルが鳴り、慌てた、どこか怒りすら感じる足音が近づいてきた。
その足音と憔悴した自分の心臓の鼓動に、最早その他の音など全てかき消され、眩暈がする。
早足に順にテーブルを見て周る姿に逃げることさえできない。
そして遂に彼の目が咲を捕え、それを認識すると溢れんばかりに見開かれた。
全ては終わったーー王子様の登場だ。
笠原を心配する柴崎の気持ちも、兄への葛藤を抱える手塚の気持ちも、堂上はよく理解できた。
そして誰より、苦しみながらも馬鹿正直に耐える笠原を思うと、居ても立っても居られなくなった。
彼女を探して一席ずつ覗いた矢先、予想外の知った顔。
「お前なんでッ……!」
なぜここにいるのか、なぜ笠原を助けないのか、なぜ何もせず悠長に茶など飲んでいるのか、なぜ誰かに連絡をしなかったのか、まさか、
ーーまさか、手塚慧に通じていたのか?
溢れる思いに言葉が続かず、乾いた震える唇を舐める。
途切れはしたが、耳に聞こえた自分の声は、相手を激しく攻め立てていた。
この査問の件に、彼女は絡んでいなかったはずだ。
笠原と共に過ごしてくれてあるという話は聞いており、自分の中ではまだ幼いままの彼女であるのに勇気があると微笑ましく思っていたくらいだった。
彼女は堂上の登場に驚き、身体をびくつかせ、その際マグカップを倒してしまったが、それに対応さえできずに、溢れそうなほど目を見開いて固まっている。
立ち昇る香りはあまり嗅ぎなれないものだが、不思議と思考をクリアにした。
よく見れば彼女は酷い顔色だ。
体を動かすことさえできず、怯えて今にも泣き出しそうにしている。
あの、いつも無表情の、彼女が。
しまったーー一瞬で頭が冷えた。
そしてこの時、多くの事が頭を巡った。
まだ学生服に身を包んだ少女だった頃。
入隊した時、手塚に見せたはにかんだ姿。
足を撃たれ病室で稲嶺に諭されたこと。
彼女の行動に感じていた、微かな違和感。
慧の今回のやり口をみるだけでも、彼女が完全に彼側で、笠原を傷つけようとしたとは考え難い。
たとえ通じていたとしても、情状酌量の余地はあるだろう。
彼女に怯えさせるほどの恐怖を与えるのは、やりすぎだ。
「どうして……」
ため息混じりの声のその先に何と言うべきか、迷ったが言葉は出てこなかった。
今ここに時間をかけてはいられない。
守るべき相手は、別にいる。
見開かれた目からこぼれた涙に痛む胸を無視して、隣のテーブルへむかう。
ようやく探し出した笠原の手を掴み立ち上がらせた。
「俺の部下だ、返してもらう」
幸い、笠原は堂上に気を取られて咲を振り返る余裕はなかった。
彼女の手を引きながら、ふと、ここに来る前、手塚が何かいいたげな顔をしていたことを思い出す。
彼に不思議と懐いていた咲を思うと、彼と慧と咲に何らかの関係があったのではないかという予想が立った。
本人を詳しく問いただす前に、手塚に確認をとったほうがよかろう。
ビルを出て、最後にレストランの窓をふり仰ぐ。
遠目で見えにくいが、スーツの男が窓辺で小さくうずくまる女の肩に手を添えようとして躊躇っている。
女は頭を振り、彼の手を払った。
男は目の前の女に手一杯で、外から見る堂上のことなんてまるで気付いてはいないようだった。
それが全てを物語っていた。
覗き見るにはそこまでで充分だった。
「堂上教官?」
小さな声に安堵のため息をつく。
「行くぞ」
そして彼女が上を見上げる前に歩き出した。
固い決意をした横顔は、しっかりとした足取りで、門を出ると左に曲がって消えた。
心臓が激しく脈打った。
取り急ぎ寮にもどり、隊服から着替えると部屋を駆け出す。
彼女の行き先など知るはずもないが、同じ門を出て、同じく左に曲がり、走る。
ハズレならハズレで構わなかった。
兎に角、今追いかけなければ必ず後悔すると、妙な胸騒ぎがあった。
笠原を探して走っていたはずなのに、辿り着いたのは慧と以前待ち合わせた駅前だった。
駅前のビルの一角にあるレストランは雰囲気も落ち着いていて、また来ようと、そう約束した店だった。
何より向かいには大きな本屋がある。
彼とあれこれ言いながら本を見た記憶が頭を掠め、その本屋の軒に背を向けてビルを見上げる。
その3階に、目を惹きつける横顔があった。
メガネを押し上げる仕草さえ懐かしい。
アイロンが綺麗にかかった、淡いサックスブルーのシャツから出る節張った手は、いつも優しく本に触れていた。
これほど離れているのに、その優しささえ見い出す自分に唇を噛む。
そしてその向かいに真剣な表情の郁が見えた。
(ーー当たりだ)
複雑な思いを抱えながらも、迷う暇などない。
相手に気づかれる前にビルには入り、大きな音をたてる心臓を無視してエスカレーターを駆け上り、店に入る。
各テーブルがカーテンで仕切られた店内は、彼らのすぐ横を通らない限り気づかれることはない。
カーテンを挟んだ手前の席に腰掛け、あの時も頼んだーーカモミールティーを頼んだ。
話は途中からではあったが、彼の進もうとする道の事、慧の狙いが光である事は概ね聞こえた。
自分の知る声が、自分の知らないトーンで語る話は全て、想定内だった。
彼の口から、弟の話も聞いた事があるし、情報として未来企画のことも知っていたから、全てを繋げれば、色んなことが推測できた。
想定外だったのは、話の内容ではなかった。
否、想定していなかったわけではない。
きっと恐れて、その可能性に気付かぬふりをしていたのだ。
けたたましくドアベルが鳴り、慌てた、どこか怒りすら感じる足音が近づいてきた。
その足音と憔悴した自分の心臓の鼓動に、最早その他の音など全てかき消され、眩暈がする。
早足に順にテーブルを見て周る姿に逃げることさえできない。
そして遂に彼の目が咲を捕え、それを認識すると溢れんばかりに見開かれた。
全ては終わったーー王子様の登場だ。
笠原を心配する柴崎の気持ちも、兄への葛藤を抱える手塚の気持ちも、堂上はよく理解できた。
そして誰より、苦しみながらも馬鹿正直に耐える笠原を思うと、居ても立っても居られなくなった。
彼女を探して一席ずつ覗いた矢先、予想外の知った顔。
「お前なんでッ……!」
なぜここにいるのか、なぜ笠原を助けないのか、なぜ何もせず悠長に茶など飲んでいるのか、なぜ誰かに連絡をしなかったのか、まさか、
ーーまさか、手塚慧に通じていたのか?
溢れる思いに言葉が続かず、乾いた震える唇を舐める。
途切れはしたが、耳に聞こえた自分の声は、相手を激しく攻め立てていた。
この査問の件に、彼女は絡んでいなかったはずだ。
笠原と共に過ごしてくれてあるという話は聞いており、自分の中ではまだ幼いままの彼女であるのに勇気があると微笑ましく思っていたくらいだった。
彼女は堂上の登場に驚き、身体をびくつかせ、その際マグカップを倒してしまったが、それに対応さえできずに、溢れそうなほど目を見開いて固まっている。
立ち昇る香りはあまり嗅ぎなれないものだが、不思議と思考をクリアにした。
よく見れば彼女は酷い顔色だ。
体を動かすことさえできず、怯えて今にも泣き出しそうにしている。
あの、いつも無表情の、彼女が。
しまったーー一瞬で頭が冷えた。
そしてこの時、多くの事が頭を巡った。
まだ学生服に身を包んだ少女だった頃。
入隊した時、手塚に見せたはにかんだ姿。
足を撃たれ病室で稲嶺に諭されたこと。
彼女の行動に感じていた、微かな違和感。
慧の今回のやり口をみるだけでも、彼女が完全に彼側で、笠原を傷つけようとしたとは考え難い。
たとえ通じていたとしても、情状酌量の余地はあるだろう。
彼女に怯えさせるほどの恐怖を与えるのは、やりすぎだ。
「どうして……」
ため息混じりの声のその先に何と言うべきか、迷ったが言葉は出てこなかった。
今ここに時間をかけてはいられない。
守るべき相手は、別にいる。
見開かれた目からこぼれた涙に痛む胸を無視して、隣のテーブルへむかう。
ようやく探し出した笠原の手を掴み立ち上がらせた。
「俺の部下だ、返してもらう」
幸い、笠原は堂上に気を取られて咲を振り返る余裕はなかった。
彼女の手を引きながら、ふと、ここに来る前、手塚が何かいいたげな顔をしていたことを思い出す。
彼に不思議と懐いていた咲を思うと、彼と慧と咲に何らかの関係があったのではないかという予想が立った。
本人を詳しく問いただす前に、手塚に確認をとったほうがよかろう。
ビルを出て、最後にレストランの窓をふり仰ぐ。
遠目で見えにくいが、スーツの男が窓辺で小さくうずくまる女の肩に手を添えようとして躊躇っている。
女は頭を振り、彼の手を払った。
男は目の前の女に手一杯で、外から見る堂上のことなんてまるで気付いてはいないようだった。
それが全てを物語っていた。
覗き見るにはそこまでで充分だった。
「堂上教官?」
小さな声に安堵のため息をつく。
「行くぞ」
そして彼女が上を見上げる前に歩き出した。