本編 ーsecondー
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笠原は疲れて眠っている。
深夜の笠原と柴崎の部屋に、咲はいた。
「手塚はお兄さんのことが嫌いなのよ」
柴崎の言葉に、咲は彼女をちらりと見る。
それはきっと、柴崎自身も含めた意見なのだろう。
「兄弟なのに不思議ね。
私のかわいい笠原をこんな目に合わせるなんて」
彼女にとって、手塚弟はどこか特別な存在だ。
図書館に通っていたころから、何となくそれは感じていた。
「たぶん私、一生許さないと思う」
ぽんっと投げられた言葉に、咲は一瞬どう反応すればいいのか迷う。
別れのメールは、まだ保存中だ。
できれば会って別れを告げたいが、感情的にならずに済ませることは難しいだろう。
それに会えば恐らく名残惜しくなる。
柴崎が一生許さないと言う彼が、咲自身もあまりに酷いと思う彼が、今なお恋しいのは事実だ。
だからきっと、感情的に問い詰めるだろう。
どれほど問い詰めようと、彼は自分のやり方を変えはしない。
変えないのが彼であり、自分は彼と相対する人の傍に居る事に決めた。
それは自分の信念、図書館の為、稲嶺の為に働きたいという強い思いのためでもある。
稲嶺の認めた笠原を守る事は、最優先すべき事項だ。
その笠原を傷つけ、利用しようとするその手法ーーいくらそれが彼の思い描く大切な未来の為でも、見過ごすことが出来ないほど、自分にとって笠原はとても大切な人なのだ。
稲嶺が見習えと言うほど、生きる覚悟を持つ、直視できないほど眩しすぎる彼女。
胸を締め付け、モヤモヤとした感情を呼び起こすのに、それでも笠原は、咲にとってかけがえのない人であった。
慧が、かけがえのない人であるようにーー
彼を恋慕う気持ちと、彼を責める気持ちが、自分の中で渦を巻く。
それは呼吸が苦しくなる程、咲を蝕む。
「……許せないです、私も」
紅茶を一口飲んでから、その水面を見つめてそう言った。
絞り出すような声だった。
もう切り取られた彼として見ることはできない。
全ては絡まり合い、繋がっている。
雁字搦めで窒息しそうだ。
もう、この繋がりを切る他ない。
その様子を柴崎はちらりとうかがう。
彼女は笠原から稲嶺が咲に生きる覚悟をするように話した件は聞いていた。
元々、笠原と咲の微妙な関係性を見抜いていた柴崎には、彼女が複雑な心境であることは想像に容易かった。
「あんた、普段はあまり動じないのにね」
苦しい胸の内に気づかれ、唇を噛む。
柴崎は手塚兄弟の差を不思議だと言った。
咲はその兄の方を愛し、その人の優しさと惨さに苛まれている。
慧とはそう言う人だと理解はしているが、感情がついていけない。
だから苦しい。
言葉を選びきれず膝を抱えて蹲る。
彼女は仲間だ。
だが彼女は自分を疑っている。
事実が明るみに出れば、彼女たち"仲間"から即刻切り離されるのは考えるまでもないーーと、咲は思っていた。
「そう落ち込まないの」
だから予想外の言葉と、その声色に目を見開く。
鎌をかけようとか、騙して近づこうとか、そう言ったものは感じられない、純粋な感情が滲み出ているような声色。
そう聞こえるのは愚かな自分のエゴだろうか。
「こんな時になるとやっとあんたの年齢を思い出すわ」
恐る恐る柴崎を見ると、呆れたような、それでいて暖かい眼差しが向けられている。
「いろいろ難はあるけど……でも、あんたも私のかわいい咲よ」
柴崎は咲の慧との繋がりも勘づいた上で言ってくれている。
その上で、笠原と同じく"かわいい"と評してくれる。
慧の自分と会う時の姿と思想に対する時の姿を切り分けていた頃の自分に、似ていると思った。
柴崎の優しさも、いつか終わりが来るかもしれない。
咲が別れを決意したように。
それは苦しいけれど、辛いけれど、でも、別れを決意した今は、救われた。
「すみません」
「何謝ってるの、こういう時はありがとうございますって言うって決まってるの」
ぽんぽん、と肩を叩かる。
慧のように大きくはなく、笠原のように元気が溢れる訳でもなく、毱江程柔らかくはない。
武器を握る自分達より弱くあるのに、その手は強く、頼もしさを感じた。
自分を認めてくれる。
守ってくれる。
必要としてくれるのだ、この仲間達はーー
だからもう別れを、躊躇わない。