本編 ーsecondー
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「空太刀、おい、空太刀」
かけられた声にはっとして振り返る。
山本が不安げに顔を覗き込んでいた。
「大丈夫か、顔色悪いぞ?」
見回りの途中だったのに、集中できていなかった。
原因なんてわかりきっていた。
互いに互いの道を進むと決めた。
それは違えることはない、強い信念。
だからこそその仕事における信念を見て見ぬ振りして、波長の合うオフの部分だけを見せ、そして互いに知ってきた。
切り分けてきたのは、自分たちだ。
仕事のことでは互いに干渉しない、暗黙の了解。
それがあるからこそ今まだの関係を築けてきていたのだ。
「大丈夫」
山本は何か言いかけて、口をつぐんだ。
それから、いつものようにまぶしいくらいの笑顔を向けてくれた。
いつも自分に寄り添ってくれる、優しい同期。
一緒に歩いていける、心強い友達。
「そうか。
無理はすんなよ」
「うん、ちょっと手を洗ってくる」
小走りで山本の側を離れる。
山本は心配そうな視線で彼女を見送る。
そんな自分に気付きさえしない事に、人知れず溜息をついた。
彼女は多くを無自覚に抱え込む。
純粋培養と謳われる先輩顔負けの純粋さで、哀しみを背負うのが生きる理由だと思っている。
その哀しみから解放されたら、生きていけないかのように。
その哀しい背中を見てきた山本は、いつからか思うようになった。
彼女にいつか生きる覚悟ができたとして、その時、隣にいるのは自分でありたい、とーー
ー被害者は笠原一士。
私は、むしろ加害者側ー
何度もそう言い聞かせて、感情を消してきた。
笠原への査問が始まってから1週間。
咲は慧に会っていなかった。
連絡もとってはいない。
元からそれほど会う仲ではなかった。
月に1度か2度会うだけの、背中を合わせて本を読むだけの、それだけの関係。
彼は、ただ、暖かい場所。
彼が自分の薄暗い過去を目を瞑ってくれるから、自分も彼のしようとすることに目を瞑る。
互いの情報はデータにすぎず、2人で過ごす時の互いとはまるで切り離されたものだった。
共に時を過ごすその一瞬の心地よさだけを追い求める、そんか刹那的な関係。
だがそれも、限界が近づいてきていた。
ーだが変わる事なく進みつづけることが、未来を変えるー
彼はそう言ったのだ。
自分が助けを求めようと応じる相手ではない。
いいように丸め込まれるのが落ちだろう。
自分は何をとっても、到底彼に追いつけやしないのだ。
ーその時が来たとしても、ご迷惑はかけません。
でも未来を変える為に、私はまず……自分を変えたいー
そう言い切ったのも自分だ。
この関係に甘え、彼の成そうとすることを妨げる事はしないと、そう誓った。
ー君は強くなったし、強くなる。
心配いらないー
はっと顔をあげる。
メガネの奥の穏やかに弧を描く瞳を思い出す。
「大丈夫、君なら前に進める」
囁くように、彼の言葉をなぞる。
前に進むしかない。
それが彼の望みならば、それが自分の望みならば歩みを止めてはならない。
もしかしたら、もしかするかもしれないーー未来の為に。
未来の為に