本編 ーfirstー
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「ここ、ここ!」
郁と柴崎に誘われて駅前に来ていた。
2月に入り寒さも厳しい日が続いていたが、今日は日差しも暖かい。
2人の買い物と、本屋と行って、ランチは柴崎のオススメで、2人のいきつけなのだと言う。
おしゃれな暖簾をくぐると、なんとも胃袋をくすぐる香りが漂う。
釜焼きピザとパスタのお店で、スイーツも絶品なのだと聞かされた方が、これは期待できそうだ。
と咲の表情も緩む。
予約をしていたらしい。
郁がカウンターで話をして、2階に案内される。
わざわざ個室を予約してくれたようだ。
ひとつの扉に止まると店員はにこりと微笑んで下がっていった。
郁と柴崎が顔を見合わせる。
何事だろうかと不思議に思っていると、2人の前に押し出された。
郁が咲の頭越しにノックする。
3人で来たはずなのに、誰かいるのだろうか、そんな話は聞いていない、と振り返ろうとした時、ドアが内側から開けられた。
鳴り響くクラッカーの音に驚いて首をすくめる。
郁と柴崎が背中を押し、部屋に入れられた。
「お誕生日おめでとう!」
2人の声が背中から追いかけてくるが、頭が追いつかない。
飾り付けられた部屋に、中央にはケーキ。
ケーキの上のチョコレートには
咲お誕生日おめでとう!
の文字。
そしてその場にいる面々に戸惑う。
「どう、して……」
「どうしてって、お前誕生日だろう?」
手塚の言葉に、ゆっくりと彼を見上げる。
穏やかな、彼の兄によく似た瞳だが見下ろす。
「でもみなさんは」
「このメンバーで年齢的に君くらいでしょ、誕生日祝って楽しいのは」
苦笑する小牧。
「主役は、こっち!」
笠原が咲の手を引いてケーキの前に座らせる。
隣の毬絵が咲に抱きついた。
「でも、でもなんで堂上教官や小牧さんまで?」
「人数多い方が楽しいから、連れてきちゃった!」
笠原の言葉に少し照れた顔をする2人。
満面の笑顔の山本がろうそくに火をつけて。
「いいっすよ」
電気を消して。
「誕生日、おめでとう!」
みんなの声が重なった。
「吹き消してよ、食べられないじゃない?」
柴崎に急かされてろうそくに息を吹きかけた。
その息は、酷く震えていた。
うつむけばパラパラと涙が膝に落ちた。
郁が立ち上がる気配。
「電気は……」
「待て笠原」
堂上の静かな声がする。
「30秒、待ってやる。」
「は……い」
頬に触れたハンカチ。
温かな手が、優しく涙をぬぐう。
肩を抱き寄せてさすってくれる。
見えなくても、わかる。
毬絵だ。
良き上官を、良き先輩を、良き同僚を、良き友を持ったと、心から思った。
そして、生まれて初めて思った。
(生んでくれて、ありがとう ーー)
心の中で、何度も何度も繰り返す。
2人もこんな温もりの中に居たのだろうか。
自分の知らない両親も、図書館を通して多くの人とその温もりに出会ったのだろうかーーそうに違いない。
だからきっと、命を懸けて図書館を守った。
「ありがとう……ありがとうございます」
溢れるような言葉に、居合わせたそれぞれが、嬉しそうな、照れくさそうな、慈しみの籠った、笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。
大成功でした」
郁が堂上に小声で言った。
祝う側であったはずなのに、彼女はとても満たされた笑顔で、堂上も微笑む。
多くを我慢して生きて来たその姿を見て来たし、彼女の素直さも優しさも知っていた。
普段の様子も毬絵を通して小牧からも聞いていた。
だから彼女の入隊を知った時、部下になることがあれば、おめでとうの一言くらいは言ってやろうと思っていたが、こんな大掛かりなことになるとは思いもしなかった。
「クリスマスパーティーをした時にーー本当にささやかで当たり前のパーティーですよ、それなのにあの子、こんなの初めてって言ってたんです。
だから、こんな普通の誕生日パーティーをしてあげたくて。
お節介かなとか……直前まで悩んだんですけど、でも今日の姿見たらやってよかったなって」
前を歩く山本と咲。
恋人というには遠く、同期と言うには親しく見える。
何を話しているかまではわからないが、時折顔を見合わせて笑っているから、楽しい話なのだろう。
純粋培養で熱血バカな郁が咲には眩しすぎるかもしれないと言う話は、堂上は柴崎から聞いていた。
だが2人は、2人なりに互いの性格を踏まえて思いやっているらしい。
それに何より、自分と同じように彼女の誕生日を気にする者がいたと言うことが、堂上を安心させた。
「そうだな」
相槌を打つと郁は嬉しそうに笑った。