本編 ーfirstー
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注文を終えた慧に顔を上げる。
「新年の挨拶にはちょっと遅いか」
その言葉にくすりと笑いを洩らす。
「これだけ冷え込むとさすがに外じゃ無理ですね」
「本当に」
読書タイムが喫茶店に変わったのは12月ごろからだ。
11月ごろまでは大分粘ってはいたけれど、さすがに風邪をひくと言うことで、公園の近くの喫茶店になった。
「今年はどうかな?」
柔らかい瞳が、自分を見つめている。
「素敵な一年になりそうですよ。
慧さんは?」
「さぁ、どうだろうな。
でもおもしろいことは起こりそうだ」
「おもしろいこと?」
「ああ……様々なことは起こるだろうが、結果はきっと、君も気に入るだろう」
彼の目は遠くを見ていて、ふっと咲に戻された瞬間、それはほんの一瞬だけ暗い表情を浮かべた。
「慧さん?」
「君は今年も、自分の道を進むのだろう」
「それは、慧さんもじゃないですか。
……今までと何も変わりません」
「そうだな。
だが変わる事なく進みつづけることが、未来を変える」
「……何かありましたか」
「いや、おじさんの戯言だな」
「……そう、ですか」
大人の笑顔に咲は黙る。
彼が、ただの雑談というには深い2人の内面や未来の話をすることは極希だ。
決して言及することはなく、確実なことを言うこともない。
だから彼が話すということ自体、大きな意味を持つ。
おそらく今年、彼は何かを起こすつもりなのだろうと。
知らぬ存ぜぬでここまでかわして来たはずの2人の関係に影響せざるを得ないほどの何かを。
彼は、今まで通りの道を進むと言った。
かつ、咲の道を違えろと言うわけでもない。
自分たちの道が別の未来へつながることはよくわかっている。
ーーこれが最後の逢瀬なるかもしれない。
そう思うと胸の奥が締め付けられる様だ。
咲と慧は、本を愛し、図書館を守りたいという根底理念は一致する。
波長もよく合うし、一緒にいる時間を幸せに感じる。
だが2人の理想を叶えるその手段は、激しく対立する程に異なるのだ。
卒業式に手渡されたカミツレの花束。
花言葉は「苦難の中の力」。
彼に比べればまだ幼い自分に贈られた、大切な餞だったに違いない。
図書隊に入る時点で、彼と離れていく事は暗示されていたはずだ。
でも、この一年で自分はどれほど変われただろうか。
目の前の彼は、自分達の関係を破壊するほどの何かを成そうとしているし、その力があると言うのに。
両手でコーヒーカップを強く握る。
自分の不甲斐なさが恥ずかしい。
「その時が来たとしても、ご迷惑はかけません。
でも未来を変える為に、私はまず……自分を変えたい」
「君は強くなったし、強くなる。
心配いらない」
はっと顔をあげる。
メガネの奥で、穏やかに弧を描く瞳が咲を見つめる。
「大丈夫、君なら前に進める」
おそらくその時、彼は傍にはいないだろう。
それでも、それぞれの場所で進み続けるしかないのだ。
そう遠くない未来にやってくる”その時”は、彼の様に達観していない自分には、きっとどう足掻いても辛いだろうと、そう思った。
遠くない未来の話