本編 ーfirstー
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図書館から離れたとある町の公園。
そこが二人の待ち合わせ場所だった。
月に1度、一緒に本を読む。
それだけの時間。
「空太刀?」
不意にかけられたよく知る声に、咲ははっと本から顔を上げる。
そして思いあたった人物かを確認すべく振り返った。
「手塚一士……」
私服の手塚は、いつにも増して映える。
センスもいい服の選びだし、スタイルも容姿も文句なしだ。
しかしそんなものに見とれるような咲でもない。
ただ、まずい、と思った。
手塚兄弟の不仲は、堂上班と柴崎によって雰囲気で感じていた。
どの程度仲が悪いのかは分からないが、手塚は兄と未来企画を憎んでいる。
自分達のように己の属する全てに蓋をして、その時ばかりの空間で互いの存在だけを頼りに楽しむ刹那主義とはまるで違う。
光にとって慧は、家族という自分の根幹たる立ち位置に存在しするのだ。
それはどこか、羨ましい。
「本を読んでいたんです。
ここ、気持ちがいいから」
紅葉が美しい、隠れスポットだ。
いつも二人で本を読むための、図書館からも駅からも離れた小さな公園の休憩所。
「本当だな」
彼も紅葉に見とれたのか、自然と咲の隣に腰かけた。
まずい、ともう一度思う。
慧は飲み物を買いに行ってくれている。
帰ってくるのも時間の問題だ。
二人を会わせるのは非常にまずい。
「手塚一士はどうしてここへ?」
とりあえず相手の事情を聞く。
「買い物に行く途中なんだ。
一駅前で降りてしまって、たまには散歩もいいかと思ってそのまま歩いている」
紅葉を見上げる彼は優しい目をしている。
彼も仕事外だとこんなに穏やかな顔をするのかと、状況をころっと忘れてじっと彼を見る。
「何だ?」
その視線に気づいた手塚が咲を見る。
「手塚一士のオフの表情を見たのは初めてなので、思わず見惚れてしまいました」
咲のときどき出てくる無自覚の褒め言葉の話は他のメンバーからも聞いていたし、自身も何度か言われているが、面と向かって、ベンチの隣に座っている女の子から言われて、動じるなという方が無理だろう。
恋愛感情とか、手塚に好かれたいとか、そう言う思いがない純粋な言葉の分、正直照れる。
かぁっと頬が火照り、それが自分でもわかり、慌てて顔をそむけた。
そして、そむけた先に見えた姿に、顔色が一瞬で変わる。
「光、久しぶりだな」
「なんでここに……」
手塚ははっとして咲の方を見る。
「まさか空太刀お前、」
「咲は関係ない」
即刻打ち消す言葉に、未来企画との関係を打ち消す言葉に、手塚は兄を見上げる。
そして、彼女を咲と呼ぶことに。
「大切な、読書仲間だ。
無粋なことを言うな」
兄らしくない言葉に、手塚はたじろいだ。
慧はそれだけ言うと、不安げに見上げる咲に、
カフェオレのプルタブを開けて手渡す。
「これからも、彼女は俺の友人だ。
それ以外のしがらみは、存在しないし存在させるつもりはない」
卑怯な手であっても、使えるものは使ってきた彼の言葉とは思えなかった。
「貴重な休みを、ここで費やしていていいのか?
柴崎さんの誕生日も近いんだろう?」
その言葉に、手塚は焦ったように立ち上がる。
「し……柴崎は関係ないだろう!」
「柴崎さんのプレゼントって、選びにくそうですね」
相変わらずぽろっとこぼす本音に、手塚はため息をついた。
「咲、確かお前の言うことは正しいが、先輩の片思いの相手にそう言う言い方はいかがかな?」
手塚に向けたからかいの言葉であることは、本人にはすぐに分かった。
「っ死ねバカ兄貴!」
ざっざっと落ち葉を踏みしめて足早に去っていく手塚の耳に、
二人の幸せそうな笑い声が届き、また頬が熱くなった。
2人は互いの全てを知っているに違いない。
おそらく兄は咲の過去の全てをも知るだろうと思った。
その全てに蓋をして、2人は会っているというのだろうか。
(そんなことがあるわけ……)
ふと足が止まってしまった。
何がきっかけで、何を考えて2人が今の関係になったのか想像もつかない。
あんな穏やかな兄を見たのはいつぶりだろう。
今の彼に損得や利益を度外視したあんな温かな関係を築けるなんて思いもしなかった。
手塚は再び歩き出す。
あれ程幸せに見えた2人の行先だが、不幸な結末しかどうしても思い描けなかった。
散りゆく紅葉に隠して