本編 ーfirstー
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「わあっ」
思わず1人感嘆した。
(筆舌し難いとはこのこと)
目の前の湖、映り込む紅葉、その上に広がる青い空。
ふぅっと吹いた風に水面が揺れ、キラキラと光った。
空気は秋の香り、早朝でまだ人気はない。
この景色を独り占めできる幸福感。
(本に書いていた以上だ)
図書館にあるハイキングの本で見つけた紅葉の隠れた名所。
関東図書基地からもそれほど離れていないのに、こんなところがあったとは驚いてしまう。
カメラを取り出して何枚か写真を撮る。
そしてふと携帯を取り出して写真を撮った。
なんだか気に入らなくて何度かとり直す。
口の端に笑みを浮かべている事にふと気づき、それに気づいて仕舞えば、現実に引き戻された。
何を浮かれて、誰に送ろうとしたのだろう、と。
彼は忙しい。
自分の家族さえ、犠牲にするような人だ。
人生を懸ける何よりも大切な図書館のために、きっと今も働いているに違いない。
残念なことに自分はまだ何かをできるほどの力は無く、その分リフレッシュできるような余暇も持っている。
これが差なのだ。
そう思うと心臓が掴まれたような気がして、座り込む。
命を懸けてでも図書館の為に働きたいと思うのに、未だ実力が伴わない。
だがその一方で、稲嶺は自分に生きる覚悟を求めた。
郁の眩しい笑顔が過ぎる。
(あの人はあまりにも、眩しすぎるのにーー)
絶景の中で、己の小ささと無力さが、浮き彫りになった気がした。
(生きる覚悟なんてーー怖くてできない)
自分に価値がないことは、自分が一番わかっている。
あるとすれば、誰かの盾になるようなそんな価値しかないに違いないと。
そんな価値だけでも、自分が持てたならばと。
両親のように死ねたのならばーー
卑屈なんかではなく、心の底からそう願っていた。
首元のカミツレを握りしめる。
生きる覚悟ができたなら、もっと強くなれるかと思った。
でも生きる覚悟をすることこそ、何よりも勇気のいることだった。
きっとこのペンダントをくれた人は、生きる覚悟ができているだろう。
あの人自身が指針となり、多くの人の行く道を示す。
自分の価値の高さを充分に高め、そして、理解しているのだから。
それに比べて自分の、なんと非力で愚かなことか。
爪が手のひらに食い込んだ。
行楽の秋