本編 ーfirstー
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目を開けると白い天井が見えた。
(ここは……!!)
慌てて飛び上がると頭、背中、左足と次々に激痛が走り思わず蹲る。
辺りに人の姿はない。
『なら取引だ』
最後に聞いたのは電話に出ていた男のその言葉で、ダメだと分かっていたのに気を失ってしまった。
不思議と殺されたわけではなかったようだ。
(事件はあの後どうなったのだろう。
稲嶺さん、稲嶺さんは……)
ナースコールを押そうとしたところに、部屋のドアがあく。
「目が覚めたのか?
よかった」
ほっとした顔を見せる山本。
「司令は無事?」
「ああ、まぁな……
つーか、お前よく起きてすぐ司令の心配できるな。
自分の身に起きた事覚えてるか?」
式場を出た時点で、尾行されていることに気づいていた。
しかしそこで仲間にコンタクトを取れば情報を伝える前に相手につかまってしまう。
相手にばれずに伝えるため、咲は上司の村崎に電話をかけた。
村崎が出ると、トイレかな、とぼやきながらコツコツとモールス信号で伝えたのだ。
『クルマ マチブセ』
2回繰り返すと村崎は
「了解、戻ってこい」
と言った。
だがその指示に従う前に襲われた。
それから先は時間稼ぎのための演技だ。
山本はベットの傍に丸椅子を持ってきて静かに腰かけ、溜め息をつきながら咲を見た。
優しい瞳は、いつも咲を安心させてくれる。
「まったく、本当無茶するのな、お前」
大きな手が頭にそっと触れた。
その優しい触れかたは、きっと怪我を思ってのことだろう。
「しないでほしいけどな」
小さく呟かれた言葉は聞かなかったふりをする。
廊下の方から声がする。
それに気づいたのか、山本は頭の上から手をどけた。
あのにぎやかなやり取りは堂上と郁、それともう1人の声が微かに聞こえて扉を凝視する。
開かれた扉、郁に車椅子を押されて入ってきたその人はその視線を受けて目を見開き、それから優しく微笑んだ。
「目が覚めたんだね、咲さん。
良かった。
本当に、良かった」
忙しい身でありながら、狙われた身でありながらこうして病室に顔を出してくれることが堪らなく嬉しい。
穏やかな笑顔に、抱きつきたくなってしまうほどの懐かしさが溢れる。
「稲嶺さん……いえ、司令もよくご無事で」
「貴女のお陰でね。
彼らには道すがら私達が旧知であることは話したから、いつも通りで構わないよ」
咲は少しはにかんで俯いてから、郁と堂上を見上げた。
「お二人も、ご無事でよかったです」
「ありがとう」
「早く治せよ、今回1番重傷はお前だ」
「……良かった」
心底ほっとしたように呟かれた言葉に、郁は少し驚いた顔をし、山本は苦笑を浮かべ、堂上は稲嶺を見、稲嶺は表情を険しくした。
「さて本来お礼を言うべきなのだろうか……私は言いたくない。
分かるかな」
その厳しい声色に、咲は目を瞬かせ、そして小さくなった。
答えを促す瞳に、首を横に振る。
立ち入った話になる気配を感じ、部下を連れて部屋から出かけた堂上を、稲嶺は制止する。
「ここにいなさい。
君たちにも聞いてもらいたい話だ」
堂上は少し躊躇った後、元の位置に立ち、山本と郁もそれに倣った。
「いいかい咲さん。
私は、大切な君を傷つけてまで守らねばならぬこの命が憎らしいのだよ」
「どうして。
私の命なんて、稲嶺さんの命に比べたら軽いものです」
「そういうところだ、私が怒っているのは。
命の重さに差などありはしない」
「嘘言わないで、だって稲嶺さんが死んじゃったら」
「君を失いたくない」
その一言に、咲は言葉を失った。
稲嶺はやれやれ、と頭を振った。
「分かるかい、この老いぼれの頼みが。
私はもう失いたくないんだ、大切な人を失いたくないのだよ」
怒りが篭っているのに、その言わんとすることは咲がこれまでに告げられてきた言葉の中で最も温かい。
そして、咲の心からの願いをへし折るものだった。
だから、拳を握り締め、咲は唸るように言った。
「私、稲嶺さんの盾になれるのなら死んでもいい」
「咲さん」
薄暗くそれでいて意志の篭った鋭い目に、郁は空気に飲まれてしまったが、堂上はこの場に残された意味を噛み締めていた。
「死ぬ覚悟などいらない。
生き残る覚悟をしなさい」
静かな強い言葉に、咲は微かに目を見開き、そして手を握り締めた。
「笠原さんは生きる覚悟がお有りだ。
学ばせてもらいなさい」
郁が咲には眩しすぎることに気づいた上で、稲嶺は言った。
そしてそれを堂上も気付いた。
苦しげに俯く咲。
稲嶺の視線は、咲、山本、郁と動き、堂上に止まった。
その言外の命令を受けた方は微かに頷く。
「これは司令としての命令だ。
ーーいいね」
再び視線は咲へと戻される。
いつも優しさばかりを与えてくれた人の鋭さに、咲は震えるほどに手を握り締める。
自分の真の願いを曲げることなど、容易い事ではない。
これからも彼女は、幾度でも身を盾にするに違いない。
その度に、誰かが殴ってでもこの命令を思い出させてやらねばならないのだ。
だがいつも稲嶺が傍にいられるわけではない。
「……それが、司令のご命令であるならば」
苦しげなその呟きが、痛々しい。
図書館の為にしか生きられない彼女が生きる為にーー託された人達は微かに頷き合った。
生き残る覚悟
(ここは……!!)
慌てて飛び上がると頭、背中、左足と次々に激痛が走り思わず蹲る。
辺りに人の姿はない。
『なら取引だ』
最後に聞いたのは電話に出ていた男のその言葉で、ダメだと分かっていたのに気を失ってしまった。
不思議と殺されたわけではなかったようだ。
(事件はあの後どうなったのだろう。
稲嶺さん、稲嶺さんは……)
ナースコールを押そうとしたところに、部屋のドアがあく。
「目が覚めたのか?
よかった」
ほっとした顔を見せる山本。
「司令は無事?」
「ああ、まぁな……
つーか、お前よく起きてすぐ司令の心配できるな。
自分の身に起きた事覚えてるか?」
式場を出た時点で、尾行されていることに気づいていた。
しかしそこで仲間にコンタクトを取れば情報を伝える前に相手につかまってしまう。
相手にばれずに伝えるため、咲は上司の村崎に電話をかけた。
村崎が出ると、トイレかな、とぼやきながらコツコツとモールス信号で伝えたのだ。
『クルマ マチブセ』
2回繰り返すと村崎は
「了解、戻ってこい」
と言った。
だがその指示に従う前に襲われた。
それから先は時間稼ぎのための演技だ。
山本はベットの傍に丸椅子を持ってきて静かに腰かけ、溜め息をつきながら咲を見た。
優しい瞳は、いつも咲を安心させてくれる。
「まったく、本当無茶するのな、お前」
大きな手が頭にそっと触れた。
その優しい触れかたは、きっと怪我を思ってのことだろう。
「しないでほしいけどな」
小さく呟かれた言葉は聞かなかったふりをする。
廊下の方から声がする。
それに気づいたのか、山本は頭の上から手をどけた。
あのにぎやかなやり取りは堂上と郁、それともう1人の声が微かに聞こえて扉を凝視する。
開かれた扉、郁に車椅子を押されて入ってきたその人はその視線を受けて目を見開き、それから優しく微笑んだ。
「目が覚めたんだね、咲さん。
良かった。
本当に、良かった」
忙しい身でありながら、狙われた身でありながらこうして病室に顔を出してくれることが堪らなく嬉しい。
穏やかな笑顔に、抱きつきたくなってしまうほどの懐かしさが溢れる。
「稲嶺さん……いえ、司令もよくご無事で」
「貴女のお陰でね。
彼らには道すがら私達が旧知であることは話したから、いつも通りで構わないよ」
咲は少しはにかんで俯いてから、郁と堂上を見上げた。
「お二人も、ご無事でよかったです」
「ありがとう」
「早く治せよ、今回1番重傷はお前だ」
「……良かった」
心底ほっとしたように呟かれた言葉に、郁は少し驚いた顔をし、山本は苦笑を浮かべ、堂上は稲嶺を見、稲嶺は表情を険しくした。
「さて本来お礼を言うべきなのだろうか……私は言いたくない。
分かるかな」
その厳しい声色に、咲は目を瞬かせ、そして小さくなった。
答えを促す瞳に、首を横に振る。
立ち入った話になる気配を感じ、部下を連れて部屋から出かけた堂上を、稲嶺は制止する。
「ここにいなさい。
君たちにも聞いてもらいたい話だ」
堂上は少し躊躇った後、元の位置に立ち、山本と郁もそれに倣った。
「いいかい咲さん。
私は、大切な君を傷つけてまで守らねばならぬこの命が憎らしいのだよ」
「どうして。
私の命なんて、稲嶺さんの命に比べたら軽いものです」
「そういうところだ、私が怒っているのは。
命の重さに差などありはしない」
「嘘言わないで、だって稲嶺さんが死んじゃったら」
「君を失いたくない」
その一言に、咲は言葉を失った。
稲嶺はやれやれ、と頭を振った。
「分かるかい、この老いぼれの頼みが。
私はもう失いたくないんだ、大切な人を失いたくないのだよ」
怒りが篭っているのに、その言わんとすることは咲がこれまでに告げられてきた言葉の中で最も温かい。
そして、咲の心からの願いをへし折るものだった。
だから、拳を握り締め、咲は唸るように言った。
「私、稲嶺さんの盾になれるのなら死んでもいい」
「咲さん」
薄暗くそれでいて意志の篭った鋭い目に、郁は空気に飲まれてしまったが、堂上はこの場に残された意味を噛み締めていた。
「死ぬ覚悟などいらない。
生き残る覚悟をしなさい」
静かな強い言葉に、咲は微かに目を見開き、そして手を握り締めた。
「笠原さんは生きる覚悟がお有りだ。
学ばせてもらいなさい」
郁が咲には眩しすぎることに気づいた上で、稲嶺は言った。
そしてそれを堂上も気付いた。
苦しげに俯く咲。
稲嶺の視線は、咲、山本、郁と動き、堂上に止まった。
その言外の命令を受けた方は微かに頷く。
「これは司令としての命令だ。
ーーいいね」
再び視線は咲へと戻される。
いつも優しさばかりを与えてくれた人の鋭さに、咲は震えるほどに手を握り締める。
自分の真の願いを曲げることなど、容易い事ではない。
これからも彼女は、幾度でも身を盾にするに違いない。
その度に、誰かが殴ってでもこの命令を思い出させてやらねばならないのだ。
だがいつも稲嶺が傍にいられるわけではない。
「……それが、司令のご命令であるならば」
苦しげなその呟きが、痛々しい。
図書館の為にしか生きられない彼女が生きる為にーー託された人達は微かに頷き合った。
生き残る覚悟